小夜子とレンジのデート
花ケ崎レンジと小夜子は上野駅で待ち合わせていた。
混雑する時間が嫌だということで、14時からの少し遅い昼食からデート開始である。
一時間以上待ち続けていたレンジは、一張羅のパーカーにジーンズ姿。傍目には全力の普段着であった。
レンジは足踏みしたり天を仰いだりと挙動不審で小夜子を待っている。
「待ったかや」
かけられた声に振り向くと、いつもの和装に身を包んだ小夜子がいた。
レンジは小夜子に見惚れる。
現実にはあり得ないような、異常な美少女だ。
「あ、今日はチャイナじゃないのか」
「アレは勝負服みたいなものよ。こっちが落ち着くからの。せっかくのデートじゃし、いつもの姿で来たんじゃ」
「ええー、どういうことか全く分からねえ」
「ほほほ、もう少し大人になれば分かるようになる。それより、どこへ連れていってくれるんじゃ? 期待しておるぞ」
小夜子が手を差し出すと、ごくりとレンジは息を呑み込む。
「お、おう。すんげえ頑張って調べたから、行こうぜ」
小夜子からレンジの手を握った。
小夜子の手はひんやりしている。そして、柔らかい。
「うわっ、ええ、手とか握っていいの」
「別によいぞ。デートっぽいではないか」
ギャル谷の教えを実践した小夜子であった。しかし、これは思っていた十倍は恥ずかしい。
顔が赤くなるのを身体操作で無理やり抑えた。妖力が漏れ出てしまったが、レンジなら平気だろう。
「それじゃあ、食べたいのがあったから行くか」
「うむ、何が出るか楽しみじゃ」
そういうことで、小夜子とレンジは物凄く目立ちながら、上野の街を往く。
レンジが知恵熱にうなされながら考案したデートコースとは、シチューの美味しい洋食屋で遅い昼食の後に、歩きながら食べられるものを買ってゲームセンターというクソつまんねえものであった。
目的の洋食屋へたどり着くと、『本日分、売り切れました』という看板がかかっている。
「ええ、なんでぇ」
「ほほほ、計画性が無いヤツじゃなァ。こういうこともあろうかと、わらわがオススメの店もあるし、そこで食べようぞ」
レンジの返答を聞く前に、小夜子が歩き出した。手を引っ張られたレンジは、ひきずられていく。
小夜子はすいすいと人の波間をすり抜けて、細い路地に入り込む。
いくつものビルの隙間を抜けてたどり着いたのは、路地裏のホルモン専門の焼肉屋であった。
年季の入ったスタンド看板には『ホルモンのガラッパ』と、渋い文字で店名が記されている。
見た目は非常に汚くて狭いようだが、小夜子は物怖じせずドアを開ける。
店内には昼日中からカップ酒を飲んでいる酔漢が数人だけいて、奥には歳のいったママと店主が待ち構えていた。
肉の並ぶカウンターには、昔懐かしい蠅捕り紙がぶら下がっていた。
「あっ、お嬢さん、お久しぶりですねぇ」
ママさんらしき、割烹着の婆さんが達者にそう言って出迎えてくれた。
「うむ、久しぶりの来店じゃ。今日はデートでの、なんぞ美味い肉でも出してくれたら嬉しいところじゃ」
「まあまあまあ、それは結構なことで。奥の席にどうぞ」
ママさんが指さすところは四人用のボックス席で、コンロがテーブルに二つあった。
年期が入りすぎてガムテープで補修された椅子が、いやに目立つ。ボロいが、しっかりと掃除はされていた。
「マミヤさん、すげえ趣味してんな」
「……小夜子でよいぞ」
「お、おう」
小夜子はママさんに向き直る。
「いつものようにしておくれ」
「はいよ」
ママさんの軽快な返事の後、間を置かずにホルモンが運ばれてくる。テーブルの小型コンロは二台とも点火だ。
「一枚はテッチャン専用じゃ。ゆったり焼くから、焼けるまで待つんじゃ。よいな」
まずは、テッチャンからだ。
この店のテッチャンは、唐辛子ベースの調味料で漬け込まれていて真っ赤だ。
まずはテッチャンをコンロに並べて、二十分程度かけてカリカリになるまで焼くことから始まる。
煎餅くらいになるまで焼き続けて、ようやく食べごろだ。
「へえ、時間がかかるんだな」
「うむ、ここの店の漬け込みが特別での」
言っていると、センマイ湯引きとゴマ油に塩のタレが流れるように運ばれてくる。
カウンターの奥では、店主が特上ロースの塊と格闘していた。
「なにこれ、なんかすげえ見た目だけど」
センマイといえば、見た目は非常に悪いものだ。灰色でブツブツのだらんとした皮みたいなものだが、これがごま油に塩のつけダレで食べると非常に美味い。
湯引きしていると生臭さが抜けて、センマイの味をすっきりと楽しめる。
「センマイと言うて、牛の胃袋じゃの。わらわを真似て食うてみるとよい。いただきます」
「いただきまーす」
小夜子は箸で豪快に取って口に運ぶ。
嚙み切りにくいセンマイをたくさん頬張るのは玄人食いなのだが、レンジも真似て、頬張って弾力の強いセンマイを強い歯で噛み切っていく。
「ンメー。なにこれ、ごま油がすんげえ美味い」
「ほほほ、男の子はそうでないとな。次は、ほれ、レバーなどを焼いてゆくぞ。わらわはレバーが大好きでな。レンジが好みでないなら、全部わらわが食べるからの」
「オレもレバーは好きだよ」
本来ならば生食用の特上レバーも、時代と共に焼かないと食べれなくなった。
特上レバーは、生食時代と同じ厚切りだ。マグロの厚切りくらいに分厚いレバーを、コンロに乗せる。
「よう焼いて焼いて、焼かんでよいんじゃが、焼いてから食べるんじゃ」※意味深。
「おう、レバーはよく焼かねえとな」※略
焼くと表面が引き締まるのがレバーの良いところだ。
特上というだけあって、レバーの苦味とは相反する甘くとろりとしたコクがある。
甘辛く、度合いで言うと辛い強めのタレも、実によく合う。
ここで、レンジは我慢できなくなった。
「ママさーん、ご飯もらえますか?」
レンジ、ここでまさかの初手ライスであった。
「はいよ。ライス!」
ママさんが出すのは、業務用ガス炊飯器で炊かれた硬めのご飯である。
米は明らかに安いもので、こだわりが一切感じられないものだ。しかし、釜底から取れた程よいキツネ色のおこげを入れて盛り付けられたご飯ともなれば、ごくりと息を呑もうというもの。
「ホルモン屋でご飯とは、なかなかの無法者ぶり。わらわ、この店にライスがあるの知らんかった」
そこで、ママさんが口を挟む。
「お嬢さんもライスどうですか?」
「うむ、わらわもご飯が欲しい」
「はいよ」
同じように盛られたご飯がやって来て、焼きレバーご飯と洒落込む。これがまた美味い。
ホルモン屋特有の辛めのタレが絡んだレバーが、ご飯によく合う。
小夜子とレンジの胃は異界に通じているところがあり、常人ではこれだけでお腹いっぱいというところも、まだまだ序の口である。
レバーの後、今度はロースがやって来る。
本来ホルモン屋では扱わないものだが、ホルモンのガラッパでは特上を取り扱っていた。厚切りを惜しげもなく焼いていくのだ。
「めちゃくちゃウメーな。すげえぜ、さ、小夜子ちゃん」
レンジと小夜子の速度だと、一度に皿の肉を全部焼くような有様になる。
「やはりここに来て正解であったな。わらわと対等に物を食えるというだけで、より美味くなろうというものよ」
あまりの食いっぷりに、店主がサービスでコーラを出してくれた。
昔懐かしい瓶コーラというのが、また良い。現在も流通しているのだが、なぜか洒落たショットバーなどでしか見かけられないのが瓶コーラである。
「いつもたくさん食べてくれて、ありがとうね」
ママさんは二人の食いっぷりにご満悦だ。
「おお、コーラとはありがたい」
「あざっス」
瓶コーラを、キリンビールロゴ入りのビールグラスに注ぐ。
しゅわしゅわの広がりが、ビールグラスによく映える。
何の変哲も無いコーラだというのに、ホルモンの途中に入ると爽やかで、山深くの清浄な湧き水のようにも感じさせてくれた。
「小夜子ちゃん、これもう食えるの?」
「よさそうじゃな」
ご飯がなくなったころ、じっくり焼いていたテッチャンが食べごろになっていた。
焼きすぎなほど焼いて、すっかり一口サイズまで小さくなった。
漬けこみのおかげで真っ赤なそれを、小夜子が口に運ぶ。はふはふと、あつあつカリカリを口の中で転がすように噛み締める。
香ばしさと共に甘辛い味。噛み締めれば、肉の甘味が溶けだして口の中に広がっていく。
小夜子は言葉もない。しかし、顔は美味いものを食った時の幸せそうなものに変じている。
言葉がなくとも、美味いと分かる。
レンジも箸を伸ばして、よく焼けたテッチャンを選んで口に入れた。
ホルモンは美味い。感想はそれだけでいい。
その後も各種様々なホルモンを食べて、昼食が終わる。
小夜子は口元を上品に拭いて、ふうと息をついた。
「ごちそうさまでした」
レンジはおしぼりで口どころか顔まで拭う。男の子らしい無頓着さであった。
「ごっさんです」
さて、ここで会計となる。
レンジはマニュアル通りに伝票を掴むのだが、金額に目玉が飛び出しそうになった。
「えっ、そんなすんの」
「ほほほ、肉というのはの、安くて美味いというのも無いではないが、お値段と味が直結するものよ。トーナメントの約束じゃ」
伝票をさっと奪った小夜子が、レジで会計を済ませる。
レンジはバツの悪い顔になったが、小夜子に気分を害した様子はない。
「ありがたく頂くよ。ごちそうさま」
「よいよい、約束を守ったまでじゃ」
ママさんに見送られて店を出てから、何をするかということになって、アメ横などをぶらつくことにした。
特に何か買いたいものがある訳でもなく店を冷やかしそぞろ歩く。
途中、目についたタイ焼きやらフルーツ串などを買って食べる。甘いものは別腹というもの。
途中でゲームセンターを見つけて、プリクラを撮影する。
目が大きく加工されすぎていて、二人して笑うことになった。
撮影でポーズを取った時に、小夜子の目にレンジの耳朶の様子が飛び込んだ。
「ぬぬぬ、我慢しようかと思ったがわらわには無理じゃな。レンジよ、お前は耳掃除しておらんじゃろ?」
「えっ、そういや最近してねえ」
「さっきちらっと見えたが、汚いんじゃ。わらわ、こういうの我慢できん。ほれ、行くぞ。まずはコンビニじゃ。レンジは待っておれ」
小夜子はコンビニ入って買い物を済ませてくると、そのままレンジを引っ張って不忍池へ向かった。
「なんで公園なんだよ」
「なんでもいいんじゃ。ほれ、そこのベンチに座るぞ」
並んでベンチに座ると、午後の日差しが暖かい。
レンジはこんな時だというのに、少し眠くなった。
「ほれ、横になれ」
「えっ、なんで?」
「そんなことを言わすな。ここじゃ、ここ」
小夜子は自分の膝を指さしている。
「えっと、なに? 全然分かんねえんだけど」
「耳掃除してやるから、膝に頭を乗せろと言うとるんじゃ!」
小夜子は口を開けて固まったレンジの頭を引っ張って、無理矢理に膝に乗せてやる。
「いたっ、身体ひねる。ちょっと、待て、ちゃんと横になるから」
「早うせんか」
膝枕に頭を乗せたレンジに対して、小夜子は先ほど買って来た綿棒と耳かき、消毒液とティッシュを取り出して耳掃除を開始した。
「耳は清潔にせんといかんぞ。やり過ぎてもよくないんじゃが、お前は汚すぎる」
「あ、ええと、いい匂いが」
「鼓膜を破られたいんか!? 黙っとれ」
こういう時、すっと眠ってしまえるのは経験豊富な男だ。
レンジは目すら閉じられず固まっている。
頭の中には、「いい匂い」「柔らかい」がぐるぐるとループしていた。
「ほれ、もうよいぞ」
「ありがとう」
「礼はよい。そろそろ夕暮れじゃな。帰るとするか。いつまでそうしとる。ほら、頭を上げんか」
起き上がろうとしたレンジと小夜子の目が合う。
レンジはこの時になって、ようやく小夜子が恥ずかしそうにしているのが分かった。
「な、なんでそこで止まるんじゃ」
「ごめん、見惚れてた」
レンジは答えを待たずに「よっ」などと声を出して起き上がる。向き直ると、今度は小夜子が挙動不審になっていた。
「ほ、ほほほ、わらわは美少女じゃからの。見惚れて当然じゃな」
顔が赤いのは夕日に照らされているからだけではないだろう。
それから、普通に駅まで歩いて別れることとなった。
小夜子は仕事の関係で少し寄るところがあったが、レンジは退魔師専門学校の寮に帰る。
初デートはいい感じで終わった。
残り時間を自室でぼんやり過ごしたレンジは、眠る間際になって独り言をつぶやく。
「これもう、実質セックスだろ」
そんなことはない。




