小夜子たちのガールズトーク
遅くなりました。
体育館でしめやかに行われた表彰式。
小夜子は【一番強かったで賞】のトロフィーを貰うことになった。
世の中にはトロフィー屋というものがあって、意外にリーズナブルな値段で本格的なトロフィーを買える。
退魔師的なことは秘匿されるため、トロフィーには本当に【一番強かったで賞】と明朝体で大きく記載されていた。
聖蓮尼は満面の笑みでトロフィーを渡してくる。
何かのおふざけかと疑った小夜子だが、どうにも皆さん大真面目だ。
聖蓮尼がマイクを小夜子に向けた。
「さあ、何か言って下さい」
にこやかに言う聖蓮尼の肩に、小さな蜘蛛が乗っているのを確認して、上手くやれているのだなと思う小夜子である。
「皆の者、今日はなかなか良い戦いであったぞ」
小夜子はそこでいったん言葉を止めた。
聴衆を見渡せば、それぞれに何かを抱えた顔である。
向けられているのは尊敬だけではなく、敵意や憎悪もある。様々なものを感じ取れた。
小夜子が花のような笑みを浮かべた。
「これで東日本の退魔師最強が誰か分かったであろう。皆に言いたいことがある。……わらわが最強じゃ!!」
突然の宣言に誰もが言葉を失った。
「異論あらば、アポを取って参れ。相手をしてやるからの。以上じゃ」
ざわめきは唸りにも似ていた。
これで、退魔師は小夜子に与するか否か、その二択しか選択肢はなくなった。
パチパチと拍手しているのは、若松と道反一族、そして、小夜子に肩入れしようと決めた連中だ。
全体の、およそ二割程度か。
聖蓮尼はニヤリと笑んで、小夜子からマイクを離した。
「流石は間宮さんです。良い挨拶でした。近年の退魔師共の弱体化は目に余っていましたが、本年度の決勝戦で私は安心しましたよ。退魔十家、並びにここにおる貴様ら、弱いと死ぬということを若手には教えろ。……では、これで閉会式を締めさせて頂きます。お食事を用意してあります。ご歓談をお楽しみください」
聖蓮尼は言いたい放題だ。しかし、彼女の言葉に異を唱えられる者がどれだけいるだろうか。
不穏な空気を孕んだまま、トーナメントは終わった。
返矢左京は頭を抱えており、聖蓮尼と道反竹一郎は小夜子側のために笑っている。それ以外は、どうするか検討中だろう。
大人たちの思惑は別として、子供たちはそれなりに盛り上がっていた。
味気ない仕出し弁当を食べながら、他愛もないことを話す。
一回戦で小夜子と当たった雨宮月夫に、約束通り髪を結ってもらって写真を撮ったり、鳴髪くるみを強引に連れてきたりと、そこそこの盛り上がりだ。
冷めたグリルなどをパクついて、連絡先を交換してお開きとなった。
退魔師業界のことはさておき、日常は続く。
六日が経過した。
時刻は19時。
小夜子とギャル谷と鳴髪くるみは、駅前の老舗喫茶店である喫茶ポエムのボックス席に同席していた。
小夜子はいつもの和装で、バイト帰りのギャル谷はツナギ、鳴髪くるみは制服のブレザー姿だ。
「おっつかれー、んでサヨちゃんどうしたの。相談あるなんて珍しい。あと、そこのちっちゃい金髪の子は?」
「誰がちっちゃいよ。鳴髪くるみ、適当に呼んで」
くるみは憮然とした表情だ。懐かない小動物みたいだな、とギャル谷は思う。
「ギャル谷よ、来てもらってありがたい限りじゃ。好きなものを頼んでよいぞ」
「ありがと。えっとねぇ、ハンバーグ定食」
喫茶ポエムの店主は関西出身である。
関西の喫茶店は食事処を兼ねていることが多い。
純粋なお茶のみという店も最近は増えているのだが、見た目に味のある店というのは、鍋焼きうどんを取り扱って当たり前だ。
「マスター、皆にミックスジュース。それから、ハンバーグ定食じゃ。わらわはカツ丼と出汁巻き卵。くるみも遠慮せんでよいぞ」
「あ、え、ええと、お、オムライス」
突然ふられて、反射的に好物を言ったくるみである。
「あいよ」
瘦せ型のマスターから短い返事がある。
喫茶店には似つかわしくないように思えるが、関西ではよくある風景だ。駅前のリトルオーサカ、それが喫茶ポエム。
「それでさあ、突然どうしたの?」
「んんん、実はのう。明日、その、デートなんじゃ」
お冷を口にしていたギャル谷は、むせた。水が逆流して鼻から出る。
「そ、そんな驚かんでよいじゃろ」
「驚くってば! なんで、トロフィー持ってた謎写真の関係?」
小夜子は「うむ」とうなずく。
「説明すると長いんじゃが、めちゃくちゃ強そうなヤツがおってなあ。腹が減るというので食事くらいは馳走してやると言うただけなんじゃが」
「はいダメー。男の子にはもうデートです」
ギャル谷に言われて、ぐぬぬと小夜子が唸る。
その時、喫茶店の店主がミックスジュースを持ってきた。
関西名物のミックスジュースとは、簡単に言うとバナナと牛乳をベースとして、みかんなどのフルーツを足してジューサーにかけたものだ。
小夜子はストローからちゅるちゅるとミックスジュースをすする。
「甘さ控えめで上品じゃなあ。大阪のはもっと甘かったんじゃが」
「すっきりして美味しいよ」
ギャル谷は気に入ったようだ。くるみも美味しそうに飲んでいる。
「あたしもこれ好きだけど」
「わらわ、もっと甘いのが好きじゃの。……そういえば、ギャル谷とくるみは初対面であったか。くるみは鳴髪小夜子の妹じゃ」
小夜子が隣に座るくるみを指さす。
「ああ、妹さんだったんだ。よろしくね」
「姉の話はやめて。それから、改めてよろしく。ギャル谷さん?」
「なんかサヨちゃんが呼ぶから定着しちゃったし、それでいっか」
ミックスジュースで喉を潤した後、本題に戻る。
「それで、どんな相手なの!?」
ギャル谷はぐいぐい来る。
「花ケ崎レンジと言うてな、今風の小僧じゃ。……わらわはそこまで嫌いではない」
目を逸らしながら言う小夜子に、ギャル谷が食いつく。
くるみが口を挟んだ。
「アイツ、めちゃくちゃ強かったけど、デートデートって叫んでたし、サイテーじゃない?」
女の言う「最低」には多数の意味が含められている。そのため、どの最低かはニュアンスで推し測るしかない。
「気になるんだけど、どんな相手なの」
小夜子とくるみで、レンジがどんな人物か説明することになった。
同級生のくるみが詳しいため、多くは彼女の談だ。
一般人から退魔師になった少年で、成績はよくない。
顔は、まあ普通。オチコボレっていう評判だったけど、トーナメントで恐ろしい力を発揮して見直された。
それなりに友達は多いみたいだが、くるみは接点が無かったから詳しくは知らない。
そんなに悪い評判ではないようだ。
「トーナメントとかはどうでもいいってば。顔は普通って、それって悪くないってことだし、友達多いんだったら性格も悪くないってことでしょ」
「わらわも、別に嫌なヤツとは感じんかった。道反誠士みたいな爽やかすぎるのは苦手なんじゃが、あいつはそういうものではなかったしの」
「サヨちゃん、けっこう乗り気じゃない?」
「そ、そんなことはないわ。アレじゃ、みんなして囃し立てるからじゃ。若松まで変な勘繰りをしおる。だから、なんじゃ、明日はどういう感じにしたらいいか、ギャル谷に教えて欲しかったということよ」
ギャル谷がニタリと笑う。
「言ってることめちゃくちゃだよ。こうなったら、あーしも本気出しちゃうから」
「む、妙な気を起こすでない。わらわが言いたいのは、レンジが勘違いをしておるから、上手く納める方法じゃ」
「そういうのいいから。明日デートだし、ここはあーしが心得を教えてあげる」
そういう話になったところで、注文した料理が運ばれてきた。
喫茶店で食べるご飯というのは、ここ関東の田舎ではあまりない。関西では当たり前なのだが、文化の違いというやつだ。
「まずは食事じゃ。いただきます」
「ゴチでーす。いただきます」
ギャル谷に続いて、くるみも「いただきます」と続けた。
小夜子の頼んだカツ丼と出汁巻き玉子は、味が濃い労働者にウケる味付けだ。小夜子は毎日修行を欠かさないため、この味が効く。身体に染み渡るとはこのこと。
カツ丼の味付けは甘味が強めの甘辛。
薄めのカツはしっかりと柔らかく、単体のトンカツとしても美味しい。入っている青ネギの辛みが嬉しいアクセントだ。
「うんうん。この店は最近になって入ったんじゃが、いやに美味いんじゃ」
くるみもオムライスにスプーンを入れた。
昔ながらの、なんのてらいもないオムライス。
チキンライスを包み込む、通称皮の部分は、白身が混じったマーブル部分がある。それが良い。
チキンライスの味はどこか懐かしく、パラパラに炒められている。鶏肉の甘味が引き立つのは、青ネギが入っているからだろうか。滅茶苦茶に見えて、美味しい。
「あ、これ好きかも」
オムライスと言えば、とろとろ玉子だとか凝ったソースなんかが流行りだ。ここのオムライスはケチャップのかかった昔ながらのシンプルスタイル。
「サヨちゃんの選ぶ店ってシブいよね。美味しいけど」
ギャル谷のハンバーグ定食は普通に美味しそうだ。
手ごねのハンバークは自家製で、デミグラスソースは出来合いのものだ。そして、隣にはナポリタンが添えられている。こういうナポリタンは冷凍モノが多いのだが、ここでは出来立ての自家製である。
このアンバランスさがいい。定食と名が付くだけあって、茶碗に盛られたご飯にミニサラダと味噌汁という付け合わせも、関西の喫茶店スタイルと言えよう。
「うむ、やはりこの店は当たりじゃな。前に若松と来た時は焼きうどんを食べたんじゃが、それもまた美味しいものであった」
しょうゆ味を選べたのが実によかった。
柔いうどんがキャベツと共に炒められて、天かすと紅しょうが、花かつおを散らしたものだ。ハンバーグ用の鉄板でじゅうじゅうしながら出てくる。
ソース味がちょいとクドい時など、癒されるしゅうゆ味。
「間宮さん、いつも食べ物にこだわるよね」
くるみがオムライスを飲み込んでから言う。小さな口で食べていく姿は何とも愛らしい。
「食事は限界まで美味しいものを食べんと損じゃ。わらわは死ぬまで手を抜かんと決めておる」
ドヤ顔の小夜子に、ギャル谷が口を挟む。
「サヨちゃんはそういうとこ流石だから。気になってたんだけど、クルミンは、なんか気が合ったとかそういうの?」
「えっ、クルミン? あたしのこと?」
「うん、クルミンって感じだから。なんかサヨちゃんと友達になるタイプだと珍しいっしょ」
「ああ、ええっと」
歯切れの悪いくるみ。
「クルミンは家出してきたんじゃ。行くとこが無いと言うておったから、泊めてやることにしたのよ」
クルミンは語感がカワイイので採用。
「なんか普通の話だし。なんでっ!? いつもは妖怪とかそういうのなのに」
だいたい伝奇バトルなのは間違いない。
「わらわも女子高生じゃからの。青春の日々を過ごすこともあるんじゃ」
「家出は家出なんだけど……、原因を作ったの間宮さんだし」
「伊邪那美様じゃ。わらわではない」
「詳しいことまで聞かないけど、クルミンも大変そうだね」
「説明するよ。言わないとスッキリしないし」
くるみが事情を語るのは、自分自身も吐き出したかったからだ。
トーナメントで聖痕を得て、小夜子に雷神の術を封じられてしまったくるみは、現当主である鳴髪母から手ひどくお説教を受けたあげくに、廃嫡された。
雷神の術を遣えなくなった娘など、娘ではないと。
学校をすぐに辞めろと命令され、お見合い結婚して来年には子供を産めという話になってしまったのだからたまらない。
嫌すぎて逃げ出したはいいが、友達のいないくるみは誰にも頼れない。連絡先で頼れそうなのは、小夜子しかいなかったということだ。
「そっか、大変だったんだね。サヨちゃん、泊めてあげるんでしょ」
「わらわは別によいぞ。雷神の術も修行をつけてやろうと思っておったしな」
「あたし、退魔師もうヤだ」
くるみは、オムライスの最後の一口を噛み締める。
「でも、雷バリバリってカッコイイんじゃないの。金髪でカワイイし、映画に出れるよ」
ギャル谷はめちゃくちゃな慰め方をする。
「お母さん、あたしのこと好きじゃなかったみたいだから」
重たいことを言う。
「人の家というのは色んなことがあるもんじゃな。湿っぽい話はもうよい。それより、わらわのデートじゃ」
無理矢理に話題を変えた小夜子である。
家族というものには、口を出せないものだ。
「そうだね。とりあえずさ、そのレンジくんだっけ? その子が意味わかんねえ場所、あ、エロいのじゃなくて、川とか連れていこうとしたら全部断って。それからね、無難なとこ誘ってきたら文句は言わないであげてもいいかな」
「ほう、ギャル谷に相談して正解じゃな。クルミンはモテそうなんじゃが、デートしたことは無いということでの」
「し、しかたないじゃない! あたしずっと退魔師してたもん」
「クルミンはカワイイのう」
「うん、カワイイよね」
「なによもうっ」
その後、ガールズトークを小一時間ほど繰り広げて、お開きとなった。
ギャル谷はいつものように原付で帰って行き、小夜子とくるみはバスに乗る。
バスの乗客はまばらで、二人で後ろの席に座る。この時間はいつもガラガラで、遠慮する必要が無い。
「ねえ」
くるみから声をかける。
「なんじゃ?」
「泊めてくれて、ありがとうね」
「伊邪那美様に振り回された仲じゃしの。気にせんでよい」
「気にするよ。いつか、なんかでお返しするから」
金髪で低身長のくるみが、さらに小さくなったように見えた。
「……クルミンよ、それをわらわに言うのはよくないぞ。言霊を用いて契約にすると、そうは思わんのかや」
「それでもいいよ。だって、もう雷神の術も使えないから。なんにも無いのと一緒だし」
若い時は、視野が狭いものだ。むしろ、広い視野を持つ若者が珍しい。
小夜子には前世があるから分かる。十代のこれしかないなんていうのは、思い込みだ。世の中には色んなものが転がっていて、どれを拾うか自分で決めるだけ。
何も拾わないまま年月が過ぎ去ってしまうことが、何も無いというものだ。
「クルミンよ、そのお返しは今ここで貰おうぞ」
小夜子の人差し指が、くるみの額に当てられた。
エリンギ様由来の菌糸を接続。
超次元菌糸ネットワークへの接続成功。情報量制限により最低速度から、0.00000001%まで速度制限。
断片的な未来の可能性を取得。データ破損率99.874%。
小夜子の鼻から血が垂れる。
超次元菌糸ネットワークへの接続は未だ制御できない。浸食により指先が菌類と化したため、浸食が広がる前に自ら人差し指を根元から切断した。
「な、なにしたの!?」
「大声を出すでない。大事ないわ」
小夜子は指を再生させて、鼻血を舐めとった。菌類と化した指は、念入りに掌中で焼き尽くす。
「無数の未来から、可能性を捜したんじゃ。わらわに任せておれ」
ハッピーエンドというのは難しいものだ。奇跡に奇跡を重ねて、ようやく手繰り寄せられる。
小夜子は甘くなったと自嘲した。
口元には悪鬼のごとき笑みが浮く。自らのやるべきことなど、それこそ何も無い。だから、自分で決める。
間宮屋敷に帰り着いて、皆でテレビを見た後に就寝する。
くるみは若松が用意した客間で休むことになっていた。
「さて、明日はデートか」
小夜子は自室でぼやく。
声に出していうと、顔が赤くなる。
どうにもいけない。
今まで人間の男にそんな気持ちを抱くことはなかったのだが、今回に限ってこれだ。理由など、小夜子自身が理解している。
自らと同じく数奇な生まれのレンジが相手であれば、子を孕むことができる。
精神は肉体のおもちゃだ。
小夜子とて、年相応の少女のような気持ちになってしまう。
体調不良はようやく回復傾向。
しばらく不定期です。




