魔力という言葉
突然だが、魔力という語の是非について考察したい。
「魔力」という言葉を字義通りに受け取ると、「魔」の「力」である。ここから、「魔法の及ぼす力」とも取れるし、「魔素」という魔法を媒介する物質を仮定すれば、「魔素の及ぼす力」と取ることもできる。
さて、ここで例文を読んでみよう。
例文1
「魔力に満ちている。」
例文2
「魔力を操作する。」
例文3
「魔力を消費する。」
(例文は僕が今まで読んだことがある小説の中で多く使われていた表現を持ってきた。)
例文1、3は、「魔力」をなんらかの物質、或いはエネルギーとして捉えているようだ。つまり、先程仮定した、「魔素」を「魔力」と捉えているか、「魔素」の持つ位置エネルギーを「魔力」と捉えている、ということで、すこし違和感がある。
例文2では「魔力」を物質として扱っているか、その物質の運動を示しているように見える。これも、上と同じような違和感がある。
こうしてみると、魔力という言葉から得られるイメージと一般の使われ方に若干のズレがあるようだが、どうしてこのようなズレが生まれたのだろうか?
ここから先は完全に僕の予想であり、もしかしたらとても的外れな意見かもしれないので、そこを考慮して読んでほしい。
まず、考えられるのが、「力」と「エネルギー」の違いが厳密にわかっていない人が多いのではないか、ということだ。「エネルギー」とは「仕事をする能力」のことで、「仕事」は物体の運動方向にかかる「力」を距離で積分したものだ。高校で物理を取っていない人にはなんのことかわからないと思うのでもうすこし大雑把に説明すると、「力」はベクトル量で「エネルギー」はスカラー量だからこの時点で両者は異なるものである。この違いがわかっていない人が誤用してそれが広まってしまった、というのが一つ
2つ目は「力尽きる」という言葉だ。ここから「魔法の力が尽きてしまう」というふうに変形して、「魔力が尽きてしまう」、というふうになったのではないだろうか。
もし仮に2つ目の理由が元になって「魔力」という言葉が使われているのであれば、これまで物理的に考えてズレている、としてきた用法は、実は間違っていないのかもしれない。結局のところ、物理用語としての「力」と日常で使われる「力」の違いがここに現れているのだろう。
では、結局「魔力」という言葉は妥当なのだろうか?これは設定による、としか言えなさそうだ。もしも、魔法が日常において手足のように自在に操れるような世界では、別にこのままでいいと思うし、魔法や魔術を教える学校がある世界では、体系的に学ぶ、という点で「魔力」の使い方は適していないように思える。「魔素」とか「エーテル」とか物質やエネルギーを連想させる言葉がいいと思う。
お読みいただき有難うございます




