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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第一章:始
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9/159

六

****

 クラウドとウエーバーが揉めている頃、ロベルティーナ王城では朝だというのに兵士たちが城内を走り回っていた。

「第三班と四班は城内をくまなく探せ!! そう遠くへは行っていない筈だ」

「第五班と六班、七班、八班は庭園だ。急げ!! あそこにはいくらでも隠れる場所がある」

 剣や槍を携え、城内を隊になって動く様はそれだけで異常事態だと判断できるだろう。廊下から聞こえる兵士たちの足音や声に、ファウナ=ロベルティーナ王女は溜め息を吐く。

「まさか、逃げられるとは」

 ロベルティーナの適合者選出の時に宝玉を奪おうとした少年が、つい半刻ほど前に牢から脱走したのだ。よくよく調べてみると、少年はロベルティーナの人間では無く、国籍も無い。そんな人間が普通に生活し、国にいられるとすれば、考えれらる事は一つ。

「ブラドワールの孤児、かしら」

 いまやブラドワールの内政は最悪と言っていいほど。同じ八大国ではあるが、その内情は一切掴めない。混乱している、という何とも不安定な状態だという情報しか流れてこない。

 ふと、自室の窓の外に人影が見えた気がし、視線を向けるがそこには誰もいない。不審に想い首を傾げるが、部屋のノック音へと意識は移り、窓の外で木々が静かに揺れていた。

「――はぁ、はぁ」

 その生い茂る木々の中に、隠れる様に一人の少年が座っていた。荒い呼吸に、ボロボロの衣服。

「……クソったれっ」

 小さな声で悪態を吐くと、流石に王城の敷地内は危険だと判断し、何事かを呟くとその場から少年は消えた。王城を見下ろせる丘に辿り着くと、少年は風に吹かれながら寝そべる。もう体力の限界だった。

 八大国の中で一番甘い国だと言われているロベルティーナ。しかし、流石に宝玉泥棒にまで優しくは無かった。

「あの女さえ、いなければ!!」

 まさかあんな女が適合者になるとは想わなかった。自分の過ちに舌打ちをすると、そのまま目を閉じる。

 その時、一陣の風が吹き少年に影が差す。人の気配に身体を起こすと、目の前には柔らかく微笑む灰色の髪をした青年が立っていた。

「此処にいたんだね」

「グ、グレイ様っ!!」

 少年はグレイという青年の顔を見るやいなや、すぐさま居住まいを正す。その様子を愉快そうに見つめ、青年は口を開く。

「どうだった? 君にしては帰りが遅いから心配したんだけど……宝玉奪取は失敗したって事かな?」

「も、申し訳ありません!!」

 少年は青年の言葉に深く頭を下げる。すると、青年はまたも愉快そうに笑う。

「怒ってないよ。顔を上げて、アレン」

「グレイ……様」

 明らかに落ち込んでいる少年――アレンに向けて、青年――グレイはゆっくりと語りかける。

「宝玉は適合者が持ってこその物。無理に奪おうとすれば失敗するのは当然だったのかもね」

 ごめんね、お疲れ様。

 グレイのその言葉にアレンは一瞬自分の耳を疑った。しかしすぐさま「いえ、俺の力不足です……」と頭を垂れた。

 その言葉を聞いたグレイは真っ青に澄んだ空を見上げ、口元を歪ませた。灰色の髪が風にさらわれる。その表情は獲物を見つけた獣の様に光っている。

「……暁の空に望めばそれは咆哮、か」

「は?」

 いきなり訳の分からない言葉を発するグレイにアレンは首を傾げた。

 そして、微笑みを浮かべている主に、アレンは何故か自分が震えているのだと気づく。

「それじゃ、アレン。一つお願いをしてもいいかな?」

 お願い。それは自分に課せられた新たなる任務だ。アレンは目の前の主である青年に跪いた。

「これを見れば大よそは分かると想うんだけど……」

 そう言ってグレイはアレンにメモ用紙の様なものを渡す。

 そこに書かれている文面を見た途端、アレンの顔が曇る。

「では、マーゼとフランズへ?」

「あぁ、そうだよ。君には中継になってもらいたいんだ」

「……分かりました」

 マーゼとは八大国ブラドワールの首都であり、フランズはディアナの首都である。

 アレンは事務的な会話を終えると、そのまま風に包まれて消えてしまった。

 一人残されたグレイは、眼下に見える城を眺める。そして、歪んだ微笑を湛えたまま嬉しそうに呟いた。

「……精々偽りの平和でも満喫していろ。腐った国に、俺は興味など無いのだからね」

 貼り付けられた笑顔のせいなのか、その言葉はおぞましく、獣の瞳は輝き続ける。その真意を計り知れる者は一体どのくらい居るだろうか。グレイは心のどこかに寂しさと、満たされない何かを感じながら空を仰ぐ。

「俺は……もう玉を砕くヘマはしないさ」

 それは自分への戒めのようで、誰かに語りかけているようでもある。

 丘にまた風が吹き抜ける。そして、次の瞬間には誰もいない。聞こえてくるのは、草の音と、そして穏やかな街の喧騒のみとなった。



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