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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第一章:始
3/159

 そして時間はあっという間に過ぎ去っていき、時刻は午前十時少し前。

 今、目の前に広がるのは巨大な城。入り口の前の庭園には、色取り取りの花々が咲き乱れていた。庭園には、国内からやってきた適合者候補が集まっていた。シエラはこの場にいる人全てが秀才に見えて仕方ない。

「シエラ、おはよう」 

 声をかけられた方を見れば、微笑みながらツヴァイが駆け寄ってきた。先日別れたときとは打って変わり、その表情は柔らかい。ツヴァイの水色のツインテールが、日差しに反射して瑞々しい。

「おはよ」

 自然と、シエラも笑顔で挨拶ができた。その事に内心で驚きつつも、安堵する。状況的には依然として笑っていられないのだが。

 暫くシエラはツヴァイの隣で呆けていたが、回りにいる人々を見てある事に気がつく。

「ねぇ、ツヴァイ。ここに集まってる人たち、みんな若いね」

 その言葉にツヴァイは候補者達を見回す。シエラとツヴァイの他にいる人々の中に、老人がいないのは明らかだった。

「本当だ。大人もいるけど……みんな若い」

 二人が首を傾げていると、足音がこちらに近づいてきた。眼鏡の奥に潜めた鋭い目つき、吸い込まれるような黒髪。凛とした空気に内包されている、気だるげさと剣呑さ。

 ツヴァイがその人物を見て息を呑む。

「知らないのか?」

 しかしシエラは鳥肌がたった。この、嫌味な声。普段から一番会いたくない人物のものだ。

「ランティア先輩っ!」

 ツヴァイは嬉しそうに声をあげる。それと同時に、シエラは頭痛がした気がした。何故こいつと顔をあわせなければならないんだ、と後悔したところでもう遅いが。

「……宝玉は二十五歳以下の人間しか選ばないんだよ」

 自慢げにシエラを見下した態度で、ランティアはそう告げてきた。シエラは引きつった顔でランティアを見る。

「へぇ~。そーですか。さっすがランティア先輩ですねー」

 全く抑揚も感情も篭っていない乾いた声で、適当に相槌を打つ。

 と、見事に舌打ちされた。その音と共に、シエラは自分の血管も切れたような気がした。

「相変わらずの生意気な態度だな。改めたらどうだ」

 ランティアはくい、と眼鏡を中指で押し上げる。シエラは引きつった笑顔を一度収めると、にっこりと笑った。

「先輩こそ、その陰険な眼鏡と態度を改めた方がいいですよ」

 満面の笑みで言うと、更に睨まれた。しかし、負けじとシエラも笑う。二人の間に火花が散り、段々と険悪なムードが広がっていく。一歩でも引いたら負けだ。シエラに謎の対抗心が湧き上がる。

「はぁ」

 ツヴァイが困ったように溜め息を吐いた時、

「――皆さん、おはようございます」

凛とした声が庭園に響いた。睨み合っていた二人も、その場の全員が声の主を見る。

 シエラは目を剥く。目の前に現れた美女は、やわらかく微笑んでいる。ふわふわとした腰まである茶髪に、愛らしい大きな瞳。そして何より、身に纏っている雰囲気が尋常ではない。気高さというものを体現しているかのようだ。

「わたくし、ファウナ=ロベルティーナと申します」

「えっ!?」

 その場にいた全員が固まった。なんと目の前にいるのは、ロベルティーナ王国、第一王女その人。

 ――この人が王女様!? は、初めて生で見た……。

 新聞などで――シエラはほとんど読まないが――よく見かける、まさにその人が目の前にいる。そう思うだけでシエラの鼓動は加速した。

 王女は人の良い笑みを浮かべ、言葉を続ける。

「今日は、お集まり頂き、有り難うございます」

 お辞儀をし、ゆっくりとこちらを向く。そして王城内へと続く観音開きの扉をすっと示す。

「さぁ、どうぞ」

 お入り下さい。

 ゆっくりと王女は中に入っていき、その後を候補者達はおずおずと歩き出した。

「広過ぎ」

 入って間もなく、シエラは独り呟いた。

 想像以上に城内は広く、シャンデリアや絵画などが飾られている。豪華で煌びやか。そんな表現がぴったりだった。

「お城なんて、滅多な事じゃ入れないよね」

 ツヴァイも興奮気味に喋る。奥の方に通路を進んでいくと、段々薄暗くなり、大きな扉が見えてきた。

「ここは宝玉の収めてある場所です。今から候補者の方には、宝玉に触って頂きますが、くれぐれも慎重に願います」

 くるりと振り返った王女は神妙な顔つきで説明をし、扉に向き直る。

「……開けてください」

 声が僅かに震えていたのは気のせいだろうか。王女の言葉で、扉は音を立てて開く。

「暗いね」

 ツヴァイの小さな呟きに、シエラは頷く。今まで歩いてきた通路よりも暗く、不思議な空間であった。シエラは、部屋と呼ぶには広すぎる広間の奥に、白い玉が置いてあるのを見つける。吸い寄せられるように目線が釘付けにされ、微動だにできない。

「……宝玉か?」

 近くでランティアの呟きが聞こえた。おそらく、あの白い玉が宝玉なのだろう。

 候補者が全員広間に入ると、入り口の扉は閉められてしまう。その時の音を、シエラは不吉だと思い、背中を嫌な汗が濡らした。

「あそこに置かれている白い玉が見えますか? あれが宝玉です」

 ゆっくりと王女は宝玉に近づいていく。

「これから一人ずつ宝玉に触っていただきます」

 暗い広間の中、王女の声が木霊する。王女が手招きすると、何処からともなく兵士や侍女が現れた。

「……不正が起こらないように、魔法を抑える装置を着けさせて頂きます」

 候補者の手首に金色の腕輪が着けられる。シエラは腕輪を躊躇無くはめると、辺りを見回す。

「……徹底してるじゃねーか」

 笑いを含んだ誰かの呟きに、シエラは振り返った。しかし、誰の声かは分からなかった。首筋を鋭利な刃物で撫でられたかのような、得体の知れない悪寒が駆け抜ける。

「どうしたの?」

「なんでもない」

 ツヴァイの言葉に、シエラは首を横に振った。嫌な汗が噴出しているが、きっとなんでもない。ちらりと視線を移すと、ツヴァイの様子がおかしい事に気づく。今度はシエラが問いかける。

「……どうしたの?」

「別に」

 爪を噛んで、黙り込んでいる。ツヴァイの最も機嫌の悪いときの癖が出ている。一体なぜだろう。そう想ったが、彼女は時々感情が読めなくなる。だからシエラは放っておくにした。

「では皆さん、順番にどうぞ」

 兵士が守る警戒態勢の中、候補者は宝玉に触っていく。

 シエラの順番は大体列の真ん中だ。そしてツヴァイはシエラの前に並んでいる。ぴりぴりした空気が空間を満たし、宝玉と共鳴できなかった候補者は、次々に広間を後にする。

 そこでふと、シエラは違和感を感じた。

 ――何の音?

 シエラは後ろから微かにだが奇妙な音が聞こえているの気づき、首を傾げた。金属に金属をぶつける様な、そんな音だった。

「あの」

 思い切って後ろにいる少年に話しかけてみる。まだ十歳前後だろうか。小さくシエラよりも細い背中だ。

「何をしてるの?」

「な、なんでもないっ!!」

 声をかけられた少年は酷く焦り、シエラを睨んだ。深い濃紺のような黒い瞳が、肩で切りそろえられた黒髪から覗く。声も金属の音も小さいので、他の候補者は勿論、兵士達ですら気づいていない。

 シエラは少年に怪訝そうな顔し、そのまま口を噤んだ。少年もシエラから視線を外し、再び小さな金属音が鳴り始める。この時から、シエラの嫌な予感はより一層強くなっていた。しかしそれを無視し、自分の思い込みだと決めつけ、口を真一文字にして順番を待つ事を選んだ。

 それから十分程経った頃、

「ランティア先輩」

ツヴァイの小さな呟きに、顔を上げた。

「共鳴、できなかったんですか?」

 ツヴァイの瞳が僅かに潤んでいる。先ほどの不機嫌は何処へ言ったのか。シエラは肩を竦めた。

 ランティアはツヴァイを一瞥すると、「あぁ」と短く頷く。

「ただ、ここまで来たんだ。誰が適合者になるか、見届けてやる」

 ランティアはくい、と右手の中指で眼鏡を押し上げる。

 しかしシエラはただ、黙っている。ツヴァイとランティアの会話さえ、耳から耳へ出て行ってしまう。

「シエラ?」

 ツヴァイがふと、こちらを向いた。しかし、シエラの顔を見るなり、すぐにランティアと会話を続ける。

 気がつけば、さっきまで鳴っていた金属音は消えていた。列は段々短くなり、シエラの順番も迫っている。その時、シエラの中にある疑問が生まれた。

「ねぇ、ツヴァイ。ランティア先輩」

「何だ?」

 二人とも急に声を掛けられ、少し驚いている様子だった。しかし、シエラは構わず話しを続ける。

「候補者って全部でどれぐらいいた?」

「えぇ? わかんない」

 ツヴァイはランティアを見る。ランティアも肩を竦めてみせた。二人ともいきなり何を言い出すんだろう、という目でシエラを見ている。

「……ただ、俺の前に出て行った人数は、約五十名ってところだな」

 君達の前には後三十人ぐらいか、と呟いた声はもう耳に入っていなかった。シエラは自分でも、どうしてこんな事を疑問に思ったのか分からない。

「おい、聞いているのか」

 苛ついたランティアの声が耳朶に響き、現実に引き戻される。シエラは引っ掛かっていたものをゆっくり解こうと、慎重に言葉を選ぶ。

「おかしくない?」

「何がだ」

 ランティアもツヴァイも、訳が分からない、といった顔でこちらを見ている。

「……だから、候補者の人数ですよ」

「意味が分からないな」

「欠片とはいえ、そんなに共鳴できる人がいると思いますか?」

 シエラのその言葉に、何故か二人とも口を閉ざした。纏う空気も、僅かにだが剣呑としている。しかし、シエラはそれに気づかずに言葉を発する。

「それに、私達の学校で五人。なら、もっと候補者は多くてもいいはずなのに……」

 ツヴァイとランティアからの返事はない。

 正確な人数は分からないが、退場した人数も含め、城に来た候補者は大体二百人ほどだった。ロベルティーナの総人口は約五億人。二十五歳以下とはいえ、少ないとも考えられるし、多いともいえる。そもそも、共鳴という括りが悪い。一体どんな事象を共鳴と言うのだろうか。

 ――ていうか、もっとちゃんとはっきりしてたら、私がこんな面倒くさい事に巻き込まれなかったかもなのに!!

 溜め息を吐き、前を見る。まだ順番は回ってこない。

「ランティア先輩」

 シエラはそういえば、と気になることをもう一つ見つけ、声をかけるが返事が無い。不思議に思い顔を覗うと、ランティアもツヴァイも顔色が悪かった。

「どうしたの?」

 シエラの声に反応しない、二人の虚ろな瞳が怪しく光るのが分かった。

「……ッ!!」

 シエラの頬に、冷たい雫が通った。今まで以上に、大量の汗が背中を滴ったのを感じる。

「……シエラ」

 小さなツヴァイの声。弱弱しい声では無いのに、そこに感情が感じられない。悪寒が走った。本能の様なものが、危険だと知らせ、胸の鼓動が早くなるのを感じる。何か互いに言葉を発しようと口を開くが、声が出ない。

 その時、宝玉の台座の方から悲鳴が聞こえた。

「ほ、宝玉がっ!!」

 一斉に視線が一箇所に集まり、目の色を変える。シエラも目も見開く。そこにあるべき存在が、いつの間にか失せているのだ。

「……嘘」

「宝玉が無いっ!!」

「誰か共鳴したかっ!?」

「違うでしょ!」

 候補者は声を荒げ、それぞれ口を開く。その時、ふいに足音が聞こえた。

 シエラは直感的に悟った。誰かが、宝玉を――。

「盗んだ?」

 咄嗟にシエラの口からは言葉が出てきていた。

 兵士達はシエラの言葉に酷く焦り、そして小さく口を動かす。すると、それと同時にガラスが割れるような音がした。恐らく、魔法を弾き返したのだろう。

「……そこかっ!!」

 その音で盗んだ者の場所を把握したのか、兵士達が一斉に動き出す。今の音で位置を把握できるなど、流石としかいいようがない。

 シエラはじっと様子を見守る。

「……俺達も加勢をっ!!」

 そして気づけば、共鳴できなかった候補者達も、兵士に続いていた。いつの間にか、彼らの装置は外されていたらしい。

「これが外れてればなぁ」

 ツヴァイは呟き、じっと自分の手首にある腕輪を見つめる。

 いつの間にか広間で、戦闘が始まってしまった。一斉に魔法を発動したため、広間は光の波紋に覆い尽くされた。

「くそっ!!」

 声に弾かれ、シエラはある一点を見つめる。広間の扉の前に、一人の少年が宝玉を抱え、立っていた。

「あ!」

 その少年は、さっきシエラの後ろにいた少年だった。瞬間、シエラの中で一つ話がつながる。先ほどの金属音は、装置を壊す作業の音で、少年は装置を壊してから宝玉を盗んだのだ。

「捕らえろっ!!」

 指示と共に一斉に兵士が少年に魔法を向ける。それを軽々しく避けながら、少年はこちらに向かってきた。少年はある一点を見ている。シエラがもしかして、と思った頃にはもう遅く。

「っ!?」

 シエラは鳩尾に何かめり込むのが分かった。それが少年の拳だと分かったときには、吐血していた。一体この細い少年のどこに、そんな力があるというのだろうか。しかし、シエラはそんな事を悠長に考えていられなくなった。

「……そこを退けよ」

 少年はシエラを抱きかかえ、喉元にナイフを突きつけ笑った。冷たい刃がすぐ傍にあるという事に、シエラは命の危険を強く感じる。

 兵士たちはシエラに突きつけられたナイフを見た瞬間、僅かにだが怯んだ。それが分かった少年は、にやりと笑みを浮かべて叫ぶ。

「大事な候補者だろ。死なれたくなかったら、そこを退け」

「人質なんて……」

「うっせーよっ!! もし、こいつが適合者だったら……」

 その言葉に、空気が凍る。もしここでシエラが死に、適合者が現れなければ、世界は確実に崩壊するだろう。

「……王女」

 兵士の隊長らしき男性が、王女に判断を煽る。王女は下唇を噛んだ。

「……彼女は候補者以前に、国民ですっ!! 民を死なせるわけには参りませんっ!!」

「ふーん。じゃ、道を開けろよ。そしたら、開放してやるからさ」

 王女の真っ直ぐな言葉を、少年は嘲る。気味の悪い笑みを浮かべ、ナイフをシエラの喉元に当てる。

 シエラは、このまま死ぬのだろうかなどと、心が渋れたような感覚に陥り、少年の手に抱かれる宝玉を見た。真っ白で、何の色も無い玉。見ていると、自分でもバカだと思う考えが浮かんだ。

 自分が、今の隙に宝玉に触ればいい。共鳴しなければ、足手まといにならない。その考えは段々と脳内を支配し、シエラの意志は固まってしまった。少年を横目で盗み見ると、兵士に気を取られており、シエラへの注意は逸れている。

 小さく息を吐く。やるしかない、そう心に決める。

「早くしろ」

 少年の冷ややかな声が兵士に向けられ、兵士は一人、また一人と道を開ける。シエラは少年が一歩進もうとするのと同時に、宝玉に手を伸ばす。がっしりと掴む寸前に、少年に気づかれてしまった。

「てめぇ!! 何してやがるっ?」

 しかし、その言葉も向けられたナイフも無視した。そのまま宝玉を掴む。

 不思議と、今は何も怖くない。

「やめっ……!!」

 少年の制止も虚しく、シエラは宝玉を掴んだ。そして。

「っ!?」

 宝玉が眩い光を放ち、空間は白に染まった。

「あ、あれは……」

 王女の声を最後に、空間は静寂に満たされる。

 シエラは反射的に目を瞑っていた為、一瞬何が起きたが分からなかった。

「……え?」

 目を開くと、掴んでいたはずの宝玉が消えてしまっていた。

「……シエラ?」

 ツヴァイの恐怖した声が聞こえ、視線を動かすと少年がすぐ傍で怒りに震えている。

「てめぇ!! 宝玉、どこに隠したんだっ!?」

「か、隠してなんか無いっ!!」

 シエラは走って少年から距離を置きながら叫ぶ。少年は息を荒くし、瞳を充血させていた。

 一気に、シエラの中に恐怖が舞い戻ってくる。

「……殺してでも、その宝玉は頂く」

 ゆらりと少年が動くと、それと同時に兵士がシエラと少年の間に入る。

「確保っ!!」

 声と共に、幾つモノ魔法陣が出現した。

「へっ!! そんなもんじゃ、俺は捕まえられないぜ」

 少年は広間の台座の方に飛ぶと同時に、両手を合わせ何かを呟く。兵士達も剣を構え、五人ほどが少年に飛び掛った。

「はぁっ!!」

 少年のナイフと、兵士の剣がぶつかり合う金属音が広間に響く。

 シエラは呆気に取られて、その様子をただ傍観する事しかできない。すると王女やメイドや他の兵士達が慌しく動き始める。

「みなさん、こちらへ!」

 王女の手招きで、兵士以外の人間は皆広間の出口に向かう。

「あの賊は兵士に任せ、皆さんは即刻退城して下さい」

 メイドと執事数名が扉を閉め、王女は上擦った声で言った。

 候補者だった人々は顔を見合わせて、メイド達に案内されて次々と城の出口へと戻っていく。シエラもその波に乗って帰ろうとし、

「……シエラ=ロベラッティ。あなたは残って下さい」

名前を呼ばれた。どきりと、心臓が跳ねる。

 シエラの横を通る候補者の視線が痛い。

「シエラ、私……先に帰ってるね」

 そう言うツヴァイの瞳はとても冷たく、不気味に口元を歪めている。一体この数十分の間に、彼女にどんな変化が起きたというのだろう。シエラは得体の知れない不気味さに、小さく後退りする。

「こちらへ」

 すると一人のメイドに声を掛けられ、そのまま奥へ案内された。

「あの……」

 案内された部屋は、広間の様な仰々しい雰囲気は無く、落ち着いた雰囲気の部屋だった。

「ご安心下さい」

 向かいに王女が腰を下ろし、にっこりと微笑む。シエラが言葉を捜していると、王女はまた微笑む。

「さっきの現象と、宝玉のありかですね?」

 シエラの心を読んだかの様に、王女はそう言う。シエラはただじっと彼女の事を見つめた。

「……あの光は、完全なる共鳴です。そして、その証拠に宝玉は消えた」

 驚きで、開いた口が塞がらない。完全なる共鳴。それが、先ほどシエラの身に起こったというのか。

「いずれ、ご説明いたします」

 紅茶を口に含むと、王女はもう一度微笑んだ。

 しかしシエラは、先ほどの少年のことで頭がいっぱいだった。彼は何故あんなことをしたのか。今はどうなっているのか。

 不安で押し潰されないようにするのが、精一杯だった。

 それから程なくして、シエラは王城を後にした。

 シエラは一人で家までの道のりを歩いている。先ほどから脳内にはグルグルと一つの事だけが渦巻いていた。何故、自分が適合者なのか。魔法が苦手で、落ち零れで、少し捻くれている、そんな自分が。それだけが、何度も何度も木霊している。

 あの後、結局王女からきちんとした話しはされなかった。ただ、近々もう一度話しをするとだけ言われ、家に帰されたのだ。

「……はぁ」

 溜め息を吐くと、空を見上げた。月は綺麗に見えるのに、星が見えない。暗くなり始めた道を照らすのは、仄かな街灯と月の光のみ。

「……はは」

 乾いた笑いしか出てこない。段々と、足取りが重くなる。家に着く頃には、疲労と睡魔が身体を支配していた。

「ただいま」

「おかえり。遅かったわね」

 リビングのいる母リアンの背中は、妙に寂しげだった。父の姿は見えない。

「……お母さん?」

 疲れていても、シエラには分かる。いつもと明らかに様子の違うリアンに首を傾げ、その背中を見つめた。

「……シエラ。お母さん、疲れたからちょっと先に休むね。ご飯、好きな時に食べて」

 そう言うと、顔を伏せたままシエラの横を過ぎ去る。シエラは無言のまま、リアンが自室に入るのを見つめた。

「……私も、疲れたよ」

 ぽつりと呟くと、シエラも自室に引っ込んだ。ベッドに倒れこむと、そのまま意識が朧になる。眠りにつく直前に、何故だかツヴァイの顔が思い浮かんだが、考える間も無く意識は切れてしまった。



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