十
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「きゅーん!!」
「イヴ、どうしたの?」
クラウドとウエーバーを待っていたシエラたち。しかし突然、先ほどまで大人しかったイヴが鳴きはじめたのだ。
何かを懸命に伝えようとしているが、よく分からない。
しかし、イヴも伝わらないことが分かったのか、シエラの服の裾を引っ張る。その方向はクラウドとウエーバーがいる方角だ。
「あっ」
イヴはシエラの裾を放すと、森の中に駆け出していってしまった。
「イヴ!!」
「……仕方ないわ、追いましょう」
ラミーナがイヴの後を追うと、シエラもそれに倣って走り出す。
普段大人しいイヴがこんな事をするなんてただ事ではない。
――もしかして二人に何かあった!?
そう想うと嫌な予感が止まらなくなってきた。この旅は誰一人として欠けることを許されない。
それは二人とて分かっている筈だ。上級の魔物を相手にするなど、きっと無謀だったのだ。
――あの時、一緒に逃げてれば……。
何か変わっただろうか。
シエラは自分の非力さが、無性に腹立たしかった。一緒に逃げたとしても、結局ウエーバーとクラウドは戦おうとするだろう。
――こんな魔力、無ければよかったのに。
ありあまる程の魔力など無ければ、きっと普通に魔法を操れていたのだろう。そう想うと、長所であった部分さえも全て短所に塗り潰されていく。
「きゅーん!」
その時、一際高いイヴの鳴き声が聞こえた。
すると、突然視界が開け、そこには真っ赤に染まり倒れているクラウドと、呆然とした表情のウエーバーがいた。
「クラウド!? ウエーバー!!」
シエラとラミーナが慌てて駆け寄るが、二人とも返事が無い。外傷は明らかにクラウドの方がひどい。出血が著しく、このままでは死んでしまう。
「ど、どうしたら……」
こんな状況に陥った事のないシエラはただ焦るばかり。一方、ラミーナはクラウドに近づくと、腹部に手を翳す。
「……シエラ、あんたの魔力貸しなさい」
「え?」
「いいから早く!! 死ぬわよ!!」
死ぬ。その言葉にシエラはすぐさま反応する。ラミーナの手に自分の手を重ね、クラウドの傷を見る。穏やかで淡い光が、二人の重なった手から溢れ出る。回復系の魔法だ。
本来、魔法は“生きる”ということに干渉できない。死人を生き返らせることは勿論、瀕死の状態から健康体へと治すことも出来ない。けれど、ある一定の領域でならば、魔法でも命が救える。
クラウドの場合、著しい出血さえ止まれば何とか命は助かる程度だ。そのような場合は、多少なり魔法で“生きる確率”を上げれる。
「……ラミーナ」
「大丈夫よ、きっと。この程度で死ぬほど柔じゃないはずよ」
シエラは温かなラミーナの魔法を感じながら、ぎゅっと手に力を込めた。この魔力で、救えるのなら。先ほどまで感じていた劣等感はどこかに消えていた。
「それよりも、問題なのはあっちよ」
ラミーナの言葉に、シエラは視線をウエーバーに向ける。確かに、目立った外傷こそないが何だか様子がおかしい。
「……とにかく、傷が塞がったら移動させるわよ」
「うん」
短く返事をすると、シエラはクラウドの顔を覗きこむ。青褪めていて、今にも命が消えてしまいそうだ。
――お願いだから、お願いだから……!
死なないで。
シエラがそう心の中で呟いた瞬間、突然シエラの身の内から光が溢れ出した。
「え!?」
「ッ!?」
それは焼き尽くされたこの辺り一帯を包み込み、全てが白い光に覆い尽くされた。
「……なんだったの?」
気がついた時には、そこは先ほどまでいたところと別の場所だった。否、そう感じた。
「あら、移動したのかしら」
ラミーナの漏らした言葉に、シエラは驚きのあまり反応できなかった。
――また、宝玉だ。
つい先日起こった現象と全く同じだ。枯れて死んでいた植物が全て瑞々しい姿に生き返った。今回もそうだ。焼かれた木々が元に戻った。だから、ここが違う場所だという錯覚を起こす。シエラは恐る恐る視線をクラウドに向ける。
「!!」
治っていた。腹部の出血は止まり、傷口も綺麗に消え去っている。恐らく、内臓の方も治っているだろう。
シエラは恐ろしさに身を震わせていた。
幾ら魔法の知識が人並み以下といえど、魔法が当たり前の世界に暮らすものとして、知っている。
――ありえない、ありえない! 宝玉ってこんな何でもありなものなの!?
魔法は万能ではないこと、限度があること、禁忌とされるものがあること。それはこの世界の誰もが知っていることだ。
けれど、この宝玉はその常識さえも一瞬にして覆してしまう。
「……ちょ、何よこれ」
ラミーナもどうやらクラウドの傷が治っていることに気づいたらしく、険しい表情をしている。
「あんた、何かした?」
「し、してない!」
思わず強く否定してしまった。この宝玉の秘密は、きっと触れてはいけないものなのだ。そう、直感的に悟った。
シエラはただじっとクラウドの顔を見つめ、渦巻く感情全てを押さえ込もうとする。
「……シエラ」
「ウエーバー!?」
後ろから控えめに声を掛けられ、シエラは振り返る。そこには虚ろな表情のウエーバーが、虚空を見据えていた。どこかやつれたような、疲れきったような顔には、いつもの明るい面影が無い。
「……僕が、いけないんです」
「ウエーバー……?」
「僕が弱いから、僕が未熟だから……! 僕が最後油断さえしなければ、クラウドさんが傷つくことなんてなかったんです!!」
自分を責めるように叫ぶ彼は、とても痛々しかった。悲痛な面持ちで、ウエーバーは今にも泣き出しそうだ。
「……僕が、いけないんです」
それだけ言うと、ウエーバーは今度は黙りこくってしまう。どうやら、余程取り乱しているらしい。普段の余裕は何処へやら、ウエーバーは情緒不安定に陥っている。
シエラはウエーバーに何と言ってあげれば良いか分からず、ただ言葉を聞くことしか出来ない。沈黙が重苦しい空気となり、余計言葉が見つからない。すると、ラミーナが軽くため息を吐いた。
「なーに言ってんのよ! こんなの誰のせいでもないわ。原因が何であれ、今生きてるでしょ。それで十分じゃない。それにそんな暗い顔してるぐらいなら、運ぶの手伝いなさいよ!」
そう言うと、ラミーナは堂々と胸を張る。潔い。シエラはラミーナのその立ち振る舞いを、純粋にかっこいいと想った。
ウエーバーも、ラミーナの言葉に驚いているのか口をぽかんと開けたまま瞠目している。そして緩やかな動きではあるが、クラウドに近づき様子を窺う。
「……う、ぁ」
そして小さく嗚咽を漏らすと、泣くのを堪えようと必死に歯を食いしばる。
これはきっと、ウエーバー自身で乗り越えなければいけない問題なのだろう。シエラやラミーナが幾らなんと言おうと、ウエーバーの心には届かない。
「……シ、エラ。ラミーナ、さん」
少しばかり瞳を濡らしたウエーバーが、淡く微笑みを向けてきた。その表情は、そこらへんの少女以上に可愛らしい。ラミーナは堪えかねて、ウエーバーをその腕に抱き締める。
「ちょ!? ラ、ラミーナさんっ!!」
あまりにも強く抱き締められたウエーバーは、息が出来ないのか苦しそうだ。しかし、そんなことお構いなしに更にラミーナは腕に力を込める。
「いやん、何この可愛い生物~!!」
「あの、は、離して下さい……!」
「あぁあぁぁ!! ねぇ、あんたって本当は女の子でしょ!? 女の子よねぇ!!」
「ラ、ラミーナ……!?」
突然訳の分からないことを言い出したラミーナには、もう手がつけられなくなっていた。
シエラもウエーバーを最初見たとき女の子かと想ったから、理解できなくもないのだが。しかし、この状況でクラウドを放置して抱きつくのは如何なものかと想うのだ。
「く、苦しいで……す」
「ウ、ウエーバー!? ラミーナ、ウエーバー死んじゃうから!!」
「えぇ~。こんな素敵なお姉さんに抱かれて死ぬなら本望でしょ?」
「……あぁ、もうダメだこれ」
収拾のつかなくなった現状を、シエラだけではどうすることもできない。諦めたようにため息を吐いたシエラを、哀れみの目でイヴが見つめていた。




