表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第二章:対
20/159

***


「……ゲホッ、ゴホッ」

 先ほどの巨大な爆撃で起こった土煙に、クラウドは咳き込みながらも何とか立ち上がる。あまりにも突然で強力な魔法に、クラウドは貴族種もろとも吹き飛ばされてしまった。遠くなったウエーバーの姿を捉えようとして、視線を持ち上げたその瞬間。

「……あ?」

 そこには全身が真っ赤に染まったウエーバーが、生気のない凍て付いた表情で静かに佇んでいた。

 愛らしい顔からは想像もできないほどに、彼は凍り付いていた。白雪のような肌には、ウエーバーには不釣合いな赤黒い液体がドロドロと付着している。

 クラウドはその様子に眉を顰めた。爆発で相手を倒したのなら、あれほど返り血は浴びないはずだ。それなのに、ウエーバーはまるであえて血を浴びたかのような。

 ――んな馬鹿なことするはずねぇ。いや、それよりも……。

 問題はあの表情だ。一体何があったのか。僅かではあったが、ウエーバーと魔物の姿が完全に視界から消えた記憶はある。その僅かな時間で一体何をしたというのだろうか。

 ――ったく、とにかく俺は……!

 クラウドは鋭い視線を貴族種に向ける。今はウエーバーのことは後回しだ。とにかく自分の敵を討たなければ。召還鏡はまだ使えない。貴族種ともなればもっと弱らせなければ、召還鏡の魔力が負けてしまう。

 ――帰ったらもっと強力なやつ頼むか。

 口角を上げてほんの少しだけ笑みを作る。クラウド自身、貴族種との対峙はこれで二度目だ。

 土煙がもうすぐ晴れようとしていたが、クラウドはまだ動かない。最後の渾身の一撃で決めるには、まだ魔力が足りないのだ。

 ――……もっと、もっと、もっとだ。

 クラウドは精神を集中させていく。

 元々魔法は得意ではないクラウドは、大きな技を使うのに時間がかかる。だから気乗りはしないのだが、貴族種ともなればそうも言ってられない。

 巻き上げられた砂塵が完全に晴れていく。しかし、クラウドは貴族種の姿を捉えることができなかった。

「……!?」

 横っ腹に重い一撃を食らったと気づいたときには、大木の幹に背中から思いっきりぶつかっていた。口元からは深紅の液体が流れおちる。

 ――今、奴は何をした!?

 本当に、状況が飲み込めなかった。

 痛みと感触から蹴りをいれられたのだと分かった。しかし、姿が捉えられない。今までの攻撃パターンからなら、絶対に見切れたはずだ。それなのに、クラウドの目は残像すら映さなかったのである。

 ――くそったれ!!

 痛みに軋む身体に鞭を打ち、剣を杖代わりにして立ち上がる。すると、姿の分からなくなった敵の笑い声が木霊した。

「情けない、情けない、情けないねぇ! さっきまでの威勢の良さはどこにいったんだい?」

「……うっせぇよ! 戦闘中にべらべらと!」

 クラウドは空中に向かって叫ぶ。けれど笑い声が響くばかりで、相変わらず相手は姿を見せない。

「……うるさい」

 クラウドは目を見張った。今の声は想像だにしていなかった。あまりの変貌に言葉が出ない。

 オレンジ色の髪が揺れた。視界いっぱいに入り込んだそれは風のように速く、次の瞬間、轟音に飲み込まれていた。

「……お前」

「クラウドさん、すみません。暫くの間、視界を塞いでいてください」

「何を……」

「いいからっ!」

 普段のウエーバーからは想像もできない低い声と、切羽詰まった表情に、クラウドは思考が固まる。

 訳が分からない。この状況の起因はなんだ。何故こいつはここまで。そう思った瞬間、クラウドはウエーバーから放たれる殺気に気圧された。

「……クラウドさん」

「分かった」

 ここはおとなしく引き下がるしかない。クラウドは諦めたように踵を返し、目を瞑った。

「今度はあんたが相手かい?」

「えぇ、最初からそのつもりでした。……僕が、殺さなければいけないんです」

「おやおや、困ったガキだね」

「……知ってますか? ディアナの女王様は、魔物が大嫌いなんですよ」

 にこりと、いつもの笑みを浮かべ魔物と対峙するウエーバーは、先ほどの凍て付いた表情など微塵も感じさせない。

「そうかい、それは知らなかったよ。で、それがどうしたんだい?」

「分かりませんか? ここはディアナの領地です」

「一歩でも魔物が踏み込めば……抹殺ってことかい?」

 その貴族種の言葉に、ウエーバーは不適な笑みを浮かべる。貴族種も笑みを浮かべると、強く地面を蹴る。クラウドが姿を捉えられなくなった、その速すぎる動き。しかし、ウエーバーは意にも介さず、表情さえ崩さない。

「……それが、僕の役目ですから」

 呟きと共に大きな炎の渦を出現させる。それは無差別に全ての物を焼き尽くしてしまいそうなほどだ。

 あまりの熱気に、後ろを向いているクラウドも大量の汗を掻き始めている。

「魔物風情が、粋がるのも大概にして下さい。ここはディアナです。王こそが絶対の、魔物などに穢されてはならない――ディアナなんですよ!!」

 ウエーバーの怒りの咆哮と共に、巨大な炎が一直線に貴族種へと向かう。流石に高速移動ができるといえど、これは避けられない。貴族種もそう判断したのか、巨大な魔法陣を出現させ防御する。しかし、ウエーバーの魔力が強かったのか、段々魔物が押し負けてきた。

「燃え尽きろ――!!」

 更に追い打ちをかけるように、ウエーバーは詠唱を追加する。威力の上がった炎は魔物を確実に追い詰める。

「――ガァァッアッァァァッアアッ!!!!」

 ゴウッ。勢いよく炎が燃え盛る。焼け焦げた肉の匂いがあたりに充満した。

 ――終わった、か。

 その匂いで完全に相手が戦闘不能になったであろうと判断し、クラウドはゆっくりと身体の向きを戻す。

 辺りの木々は全て燃やし尽くされており、その中心にウエーバーが静かに佇んでいた。

「……魔物は?」

「肉片も残らなかったようですね」

 無機質な声でそれだけ言うと、ウエーバーはクラウドに背を向けてゆっくりと歩き出す。

 クラウドもそれに続こうとし――。

「危ねぇ――!!」

 ザシュッ。

「――かはっ」

 深紅の液体が、自分の口腔から飛び出た。視線を下に向ければ、腹部からは角が突き出ている。

「こ、の……」

 血塗れのクラウドは、渾身の力を振り絞り召還鏡を取り出した。そしてそれは貴族種に向ける。

 魔法が発動し、魔物を淡い光が包み込む。光の粒子となり、魔物は召還鏡に吸い込まれるようにして消えた。

「く……」

 ――油断、したな……。

 角が自分の腹部から消えていく感覚と、血液が出て行く感覚が合わさる。

 クラウドは朦朧とした意識のまま地面に倒れこんだ。その時、ウエーバーの真っ白な顔が見えて、クラウドは思わず眉間に皺を寄せる。

 ――……そんな顔、してんなよ。

 意識を失う直前に耳朶に届いたのは、耳をつんざくようなウエーバーの叫び声だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ