八
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「……ゲホッ、ゴホッ」
先ほどの巨大な爆撃で起こった土煙に、クラウドは咳き込みながらも何とか立ち上がる。あまりにも突然で強力な魔法に、クラウドは貴族種もろとも吹き飛ばされてしまった。遠くなったウエーバーの姿を捉えようとして、視線を持ち上げたその瞬間。
「……あ?」
そこには全身が真っ赤に染まったウエーバーが、生気のない凍て付いた表情で静かに佇んでいた。
愛らしい顔からは想像もできないほどに、彼は凍り付いていた。白雪のような肌には、ウエーバーには不釣合いな赤黒い液体がドロドロと付着している。
クラウドはその様子に眉を顰めた。爆発で相手を倒したのなら、あれほど返り血は浴びないはずだ。それなのに、ウエーバーはまるであえて血を浴びたかのような。
――んな馬鹿なことするはずねぇ。いや、それよりも……。
問題はあの表情だ。一体何があったのか。僅かではあったが、ウエーバーと魔物の姿が完全に視界から消えた記憶はある。その僅かな時間で一体何をしたというのだろうか。
――ったく、とにかく俺は……!
クラウドは鋭い視線を貴族種に向ける。今はウエーバーのことは後回しだ。とにかく自分の敵を討たなければ。召還鏡はまだ使えない。貴族種ともなればもっと弱らせなければ、召還鏡の魔力が負けてしまう。
――帰ったらもっと強力なやつ頼むか。
口角を上げてほんの少しだけ笑みを作る。クラウド自身、貴族種との対峙はこれで二度目だ。
土煙がもうすぐ晴れようとしていたが、クラウドはまだ動かない。最後の渾身の一撃で決めるには、まだ魔力が足りないのだ。
――……もっと、もっと、もっとだ。
クラウドは精神を集中させていく。
元々魔法は得意ではないクラウドは、大きな技を使うのに時間がかかる。だから気乗りはしないのだが、貴族種ともなればそうも言ってられない。
巻き上げられた砂塵が完全に晴れていく。しかし、クラウドは貴族種の姿を捉えることができなかった。
「……!?」
横っ腹に重い一撃を食らったと気づいたときには、大木の幹に背中から思いっきりぶつかっていた。口元からは深紅の液体が流れおちる。
――今、奴は何をした!?
本当に、状況が飲み込めなかった。
痛みと感触から蹴りをいれられたのだと分かった。しかし、姿が捉えられない。今までの攻撃パターンからなら、絶対に見切れたはずだ。それなのに、クラウドの目は残像すら映さなかったのである。
――くそったれ!!
痛みに軋む身体に鞭を打ち、剣を杖代わりにして立ち上がる。すると、姿の分からなくなった敵の笑い声が木霊した。
「情けない、情けない、情けないねぇ! さっきまでの威勢の良さはどこにいったんだい?」
「……うっせぇよ! 戦闘中にべらべらと!」
クラウドは空中に向かって叫ぶ。けれど笑い声が響くばかりで、相変わらず相手は姿を見せない。
「……うるさい」
クラウドは目を見張った。今の声は想像だにしていなかった。あまりの変貌に言葉が出ない。
オレンジ色の髪が揺れた。視界いっぱいに入り込んだそれは風のように速く、次の瞬間、轟音に飲み込まれていた。
「……お前」
「クラウドさん、すみません。暫くの間、視界を塞いでいてください」
「何を……」
「いいからっ!」
普段のウエーバーからは想像もできない低い声と、切羽詰まった表情に、クラウドは思考が固まる。
訳が分からない。この状況の起因はなんだ。何故こいつはここまで。そう思った瞬間、クラウドはウエーバーから放たれる殺気に気圧された。
「……クラウドさん」
「分かった」
ここはおとなしく引き下がるしかない。クラウドは諦めたように踵を返し、目を瞑った。
「今度はあんたが相手かい?」
「えぇ、最初からそのつもりでした。……僕が、殺さなければいけないんです」
「おやおや、困ったガキだね」
「……知ってますか? ディアナの女王様は、魔物が大嫌いなんですよ」
にこりと、いつもの笑みを浮かべ魔物と対峙するウエーバーは、先ほどの凍て付いた表情など微塵も感じさせない。
「そうかい、それは知らなかったよ。で、それがどうしたんだい?」
「分かりませんか? ここはディアナの領地です」
「一歩でも魔物が踏み込めば……抹殺ってことかい?」
その貴族種の言葉に、ウエーバーは不適な笑みを浮かべる。貴族種も笑みを浮かべると、強く地面を蹴る。クラウドが姿を捉えられなくなった、その速すぎる動き。しかし、ウエーバーは意にも介さず、表情さえ崩さない。
「……それが、僕の役目ですから」
呟きと共に大きな炎の渦を出現させる。それは無差別に全ての物を焼き尽くしてしまいそうなほどだ。
あまりの熱気に、後ろを向いているクラウドも大量の汗を掻き始めている。
「魔物風情が、粋がるのも大概にして下さい。ここはディアナです。王こそが絶対の、魔物などに穢されてはならない――ディアナなんですよ!!」
ウエーバーの怒りの咆哮と共に、巨大な炎が一直線に貴族種へと向かう。流石に高速移動ができるといえど、これは避けられない。貴族種もそう判断したのか、巨大な魔法陣を出現させ防御する。しかし、ウエーバーの魔力が強かったのか、段々魔物が押し負けてきた。
「燃え尽きろ――!!」
更に追い打ちをかけるように、ウエーバーは詠唱を追加する。威力の上がった炎は魔物を確実に追い詰める。
「――ガァァッアッァァァッアアッ!!!!」
ゴウッ。勢いよく炎が燃え盛る。焼け焦げた肉の匂いがあたりに充満した。
――終わった、か。
その匂いで完全に相手が戦闘不能になったであろうと判断し、クラウドはゆっくりと身体の向きを戻す。
辺りの木々は全て燃やし尽くされており、その中心にウエーバーが静かに佇んでいた。
「……魔物は?」
「肉片も残らなかったようですね」
無機質な声でそれだけ言うと、ウエーバーはクラウドに背を向けてゆっくりと歩き出す。
クラウドもそれに続こうとし――。
「危ねぇ――!!」
ザシュッ。
「――かはっ」
深紅の液体が、自分の口腔から飛び出た。視線を下に向ければ、腹部からは角が突き出ている。
「こ、の……」
血塗れのクラウドは、渾身の力を振り絞り召還鏡を取り出した。そしてそれは貴族種に向ける。
魔法が発動し、魔物を淡い光が包み込む。光の粒子となり、魔物は召還鏡に吸い込まれるようにして消えた。
「く……」
――油断、したな……。
角が自分の腹部から消えていく感覚と、血液が出て行く感覚が合わさる。
クラウドは朦朧とした意識のまま地面に倒れこんだ。その時、ウエーバーの真っ白な顔が見えて、クラウドは思わず眉間に皺を寄せる。
――……そんな顔、してんなよ。
意識を失う直前に耳朶に届いたのは、耳をつんざくようなウエーバーの叫び声だった。




