桜舞う混色の空で
何かと広げてみると、そこには金平糖が三粒。
「金平糖?」
「私が幼少より後生大事にしてきた菓子です。残り少ないと気づいて五粒を残し大事に取っておきました」
「二粒なくなっておりますよ?」
松緒も和紙の中をのぞき込み、咲夜もそれに次いで覗いた。
星の装いをした赤・紅・桃色の紅葉した砂糖菓子の色を見ると、すぐに思い起こす。『紅葉山』が何度か咲夜に与えてくれた金平糖だ。
「一粒は茂野様への弟子入りが適ったお祝いに。もう一粒は時雨様の侍従になった際に祝いに食べました」
「おい……? 私の祝いにとっておこうとしたのではないのか?」
「いやー誘惑には適いません。私の大好物でございますので」
「……まぁそれほどまでに大事なものを残り全部私にというお前の気持ちは、確かに」
茂野は丁寧に金平糖を包み直して懐へしまった。
「『葵山』も金平糖はお好きですか」
村上の問いかけには、どこか深く深く意味がある気がした。
「私も大好きでございます。中々忘れられる甘さではありません。茂野様も多分この甘さの中の真の味に舌鼓を打って下さるに違い在りません」
咲夜は瞼の裏に真っ赤に紅葉する山を思い浮かべながらゆっくりと頷き、茂野がすげてくれた草履に足を通すと立ち上がった。
麓から山の尾根までを領域する葵山の一帯は、麓から『下千咲』、『中千咲』、『上千咲』と三つに山を区切り構え、『奥千咲』と呼ばれる最奥の山頂に『葵山』の社殿が構えられている。
かつて櫻花は咲夜の一ノ侍従として『葵山上千咲』を預かっており、吉水は『葵山中千咲』を守っていた。
『葵山下千咲』は空席であったが実質的には松緒が管理を預かっていた。
今回咲夜が新しく迎える侍従は茂野だけで、誰もが『葵山上千咲』だけを預かり、中・下の侍従は空席・補充を待つことになると考えていた。
茂野自身もそう思っていただろうが咲夜の考えは全く違っていた。
豊山を離れ、葵山の領域に達すると咲夜は本殿にたった一振りだけ取り残されていた脇差『葵山下千咲』を取り本意を告げた。
口にしてそれを求めたのではなく、豊山時代も後生大事に抱えていた双刀『葵山上千咲』『葵山中千咲』をも添えて、三振りを茂野へ差し出したのである。
「貴方は櫻花、吉水と松緒からお墨付きをもらったのです。この葵山の全ての区分を司る侍従として役目を果たしてもらいます」
「そんなことが可能なのですか?」
不安を孕んだ疑問を投げたのは茂野ではなく村上と松緒だった。
「茂野様の負担になるのでは……」
「侍従位を空座にしておけば、山の守りが手薄になり望まぬ問題が起きるでしょう。それを防ぐためにも侍従を置かねばなりません。ですが私は茂野以上の侍従を置くつもりはありません。そうなればこの三振りを茂野に預ける他はないのです。茂野、分かってくれますか?」
「櫻花様であればその広い懐で余裕でその役目こなされることでしょう。吉水様であれば『葵山』を守るお役目を一手に引き受けること、両手を上げて喜ばれるでしょう」
茂野はにっこりと微笑み咲夜の信頼に応えてみせた。
「よく言ってくれました」
咲夜は意を決して、奉納剱『葵山上千咲』を手にして鞘を抜いた。
「お前はただひとつでありながら、千本の桜になるのです」
白刃から放たれる曇りなき輝きに、一同目が眩む。
そして長く待ち続けた『葵山』侍従の継承と──
長く分け与えられることのなかった『葵山事変』の真実の共有を目前にして息を飲む。
どうか、どうか最後のこの大きな秘密を、茂野様が受け入れてくれますように。
村上は光放つつ白刃に願いを込めた。
その願いは、誰よりも同じ願いを持つ咲夜の心に響いたのだろう。
今まで一度も心通わす言葉など持たなかった咲夜と村上は、初めてそこで視線をじっくりと交わした。




