桜舞う混色の空で
進んで奥の院から出るのは初めてのこと。
守夏はすれ違い様に思わず咲夜の顔を確認してしまった。
守夏がその反応であるから、当然本殿中央で座を構える『豊山』はより驚いた。
何事かと立ち上がると、咲夜はそれをそっと手で押さえた。
「お側にいたいと思いましたので参りました。邪魔はいたしません」
今までにない行動に『豊山』も思うところはあるのか、政務の手を止めて脇息に寄せていた体重を自身へ戻した。
「処断のしらせで思うところがあるというところか? 聞くだけなら聞いてやるが」
「葵山の全ての潔白のために命すら投げた、妾には過ぎた侍従でありました。お兄様の決定に物申すことは、もうありません」
てっきり一言くらいは恨み事を言われるだろうと思った『豊山』は拍子抜けだった。
だが顔には出さずにそうかと一言だけ返した。侍従の件で文句を言うなと言ったは自分自身だ。
「兄様」
「なんだ?」
「もっと近くまで行ってもよろしゅうございますか」
『豊山』は咲夜の異変にさすがに政務に向けていた手を止めた。執務を担当していたものたちを下がらせ、守夏だけ残す。
咲夜の隣についていた支倉も合わせて下がらせた。
大きな本堂で天井から簪のように垂れ下がる伽藍の元、黄金の細工に二柱は包まれている。
「何か話があるのなら奥で聞いたが、火急か」
「妾は櫻花と吉水を失ってやっと、お兄様の言っていた年長の責任というものを理解しました。侍従はいらないと泣きましたがそれでは役目を果たせません。妾はやっとお兄様のお心を理解できたように思います」
用意した言葉をできるだけ心を込めて紡ぎながら、咲夜は膝と膝がつくほどに側についた『豊山』へ手を置いた。
「長く悩んで参りましたが茂野を頂いて参りたく思います」
「茂野の子はな──あれは、久照の目もかかっているし出来はよいものだ」
『豊山』は『豊山』なりの強い愛情で咲夜を思っている。
咲夜もそれを心の底から理解し、感謝しているつもりだった。
と──そうして俯瞰でそれを捕らえ冷静に思う時点で、それはどこか政治的な山の主としての自分が思う心なのだと思うが、これから咲夜にとって表向き必要なものはそういった『葵山』としての自分なのだ。
「茂野一門はお兄様の山の名門です。一族ごと妾の山へ頂くことはできません。そうなれば茂野は一門のものたちと別れることになりましょう。二親も健在と聞きます。妾の侍従以外での名誉も多くあったでしょう。それを捨てさせてでも茂野は妾の侍従にするのです。孝行をしてあげたく思います」
少し吊り目がかった顔を見れば、思い出すものがもう一柱いる。
咲夜はその思いをぎゅっと封じながら兄の思案を見守った。
『豊山』は咲夜の言葉に視線を本殿の柱と柱の奥。守夏へ投げた。
守夏も視線を投げられ、顔を動かすことなく視線だけ『豊山』へ投げた。
「私も少し──守夏や久照の事を考えてやらねばならないな。特に守夏はそなたをここへ連れて来てから治療を施し──侍従に据えてから、休む暇も与えなかった。あとで膝を貸して、撫でてやろう」
その言葉に咲夜は『豊山』に寄り添う身を引き、守夏に譲ってやろうとしたが、それは遮られた。
「だがその前に、やっと前を向くようになった咲夜を褒めてやらねばならないな」
『豊山』の手が伸びて、咲夜の前髪を撫で頬を滑る。
そっと引き寄せられて咲夜は『豊山』の鼓動に耳を添えた。
「最期の始末である櫻花らの処断も終え、これで一応は一段落であるな……」
隔靴掻痒の感を含んだ独り言は、咲夜の耳には届いていた。
「『大紅葉山』の処断はどのように?」
「朱秦は……そなたが奥で泣いてばかりの頃に何度か評定を行ったがな、総本山はあくまで両成敗という沙汰だ。総本山は朱秦までも失いたくないのだろう。朱雀のことがある」
「『大紅葉山』が身罷れば、三朱は『豊山』のお兄様だけになってしまいますものね」
咲夜は黙って『豊山』が己の髪を撫でるままを受け入れ、控えめに続けた。
「『大紅葉山』自身は評定で何か説明は?」
『豊山』の手が止まり赤い目にあきらかな苛立ちが滲み出る。
ぎゅっと口をつぐんでしまったので、咲夜は不安に掻き立てられる。
「お聞かせ下さい」




