黒から桜色へ
状況としては吉水は後退を続け、支倉の攻めを受けていた。
支倉からの切っ先を右へ左へと躱しながらながらも、表情は焦ったものはない。
「お前随分と剣筋早いな、白雪は武官ではなかったと思うが」
褒める余裕がある吉水に向かう支倉は真剣そのものだった。
「舐めてかかると軽い傷では済まされませんよ」
慣れぬ間合いの槍を躱していた吉水の肩口を、切っ先が掠める。
白絹の着物の肩を破ると、吉水はぽんと跳ねて大きく間合いを取った。
「こわっ……で、お前女はいるか」
「はぁ?」
「将来を約束したおなごはいるかと聞いている」
「……まだおりませんが、それが何です。精神攻撃のおつもりですか」
「女のあるなしを聞いただけで攻撃って……。余裕のないやつに女は寄りつかんぞ」
「だから何のお話ですか」
駆け寄り突き放たれた槍を吉水は躱すと、吸い付くように槍の柄を掴み、身動きの取れなくなった支倉の顔面を裏拳で殴打する。
ぎりぎりのところを躱したが、体制を崩して互いに距離が生まれる。
吉水は支倉からもぎ取った槍を勢い三回転させると、深く地につき刺した。
接近戦を続けていた二柱にやっと落ち着いた距離が保たれた。
茂野は次の自分の番が果たして回ってくるのかどうかを考えていた。
支倉の武芸の筋をこうして直接見たのは初めてのことだったが、『雪沙灘』侍従であった父を持つだけあって洗練された太刀筋でありながら勢いがある。迷いなく急所を狙う集中力、全ての剣筋を目で追うごと無駄のない動きを感じさせる。
もしかしたら支倉は、吉水を倒してしまうかもしれない。
「お前が仕える相手は、女稲荷なんだよ弊殿守。女ってもんが分からねぇと侍従を得られたとしてもすぐにうまくいかなくなるぞ」
「そ、そのような下非た目で主となる方を見るとは」
「あーお前は強いけど『葵山』侍従には向かないかもな。少なくとも俺の後がまにはなれねーだろうな。俺は情欲を持って咲夜を守ってきた。ひとつのおなごとしての咲夜を守りたいと思って生きてきた。この思いが分からないやつは、『葵山中千咲』吉水を継ぐのは難しいだろ」
ただ強いってだけじゃ意味がないんだよ。
吉水はそこまでいうのはやめておいた。
言わなくとも、すでに支倉の怒りは上限を達しているように見える。
「とにかくだめだなお前は。下がれ。相手にする必要もない」
「それは侮辱と受け取ります。貴方を倒せばお墨付きが頂けるのです。真剣にお立ち会い頂きたい!」
「俺は真剣だよ。それともお前死にたいのか? お前みたいな青二才に俺が借り物でも剱を抜くと? 槍との相性で抜かなかったんじゃないぞ。ばっからしい。やっぱり咲夜の侍従は俺だけだ」
「な、何、な」
わななく支倉の横を、茂野が駆け出した。
「神楽殿守茂野、参ります!」
玉砂利を駆け出した茂野は迷わず腰に穿いた白刃を抜いて、一直線吉水に飛び込んだ。
「待て、茂野まだ私は」
支倉が叫んだが、このまま支倉を出していては言葉で籠絡されて終わってしまう。
茂野は下段から吉水に切り上げて吉水の饒舌な口を封じた。
当然のように茂野の一閃は空を切るだけで、高く飛び上がった吉水はくるりと数回転すると茂野から離れた玉砂利に足をつけた。
「役者交代か。だとしても神楽殿守、お前もばかだな。なんで松緒を嫁にしようとしたんだか。褒美がもらえるのなら『大豊山』に侍従位を願えばよかっただろうが。相手にする気にもなりやしない」
「『大豊山』の詔だけで、信頼を得る侍従位が戴けると思ってはおりません」
「ふぅん? なるほど? それで松緒か。まぁ咲夜を説得するなりするなら松緒を攻略するのもひとつの手だが」
「私は松緒様から『葵山』に口添え戴こうとも思っておりません」
「じゃあ松緒から咲夜の攻略法でも聞くつもりだったのか」




