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青い嘘  作者: しいな けい
【漆】
45/68

榛色から黒へ

 総本山清滝殿。

 支倉は幼い頃に何度か足を運んだその場所で、櫻花と吉水を待っていた。

 『雪沙灘』に縁を持つもの同士、わかり合えることもあると思いながらも、やはり長兄にも同席してもらえばよかったかと不安を感じはじめた頃、鶯色の袴が擦れ座敷に大柄で朝黒の肌の男が顔を見せた。

 髪はすでに短く、稲穂のように跳ねた髪。榛色の目は松緒と同じだった。

「おぉ、待たせた。白雪のところの三男坊が蟄居身分の私に何用か」

「櫻花様お久しゅうございます。『雪沙灘』侍従白雪三子『豊山一ノ輪』弊殿守支倉でございます」

「ぬしもお役目持ちになったか。白雪のところはたしか五子あったが、総領たる長子は息災か」

 元『葵山』侍従櫻花は、ゆっくりと一言一言を噛みしめながら、下座の支倉へ声をかける。

 記憶の中の支倉はまだ幼いままであったが、随分と大きく成長したものだと思う。

「『雪沙灘』様亡き後は『大豊山』の元で皆功徳を積んでおります」

「『豊山』へ行ったは先見の目があったかもしれんな。『葵山』へおったら……」

 にやりと、支倉の心を探るように櫻花がけしかけるので、支倉は顔を上げてそれを遮ぎり本題に入った。

「櫻花様、私は今『豊山』に勧請の儀式を遂行させるために滞在中の『葵山』清祥咲夜姫付きに命じられております。そしてお二方が返上した侍従位を頂く候補になっております」

 櫻花はその言葉に少しだけ眉を跳ねて、居を正した。

「『大豊山』らしい配慮であるな。『葵山』は『雪沙灘』様血統。近いものを添えて下さったのだろう」

「どうか櫻花様からも私を推挙頂けないでしょうか……!」

「すでに侍従位返上し、私はただの蟄居身分の処分待ちであるのだから、ぬしの後見をしても害にしかならんぞ」

「それでも『葵山』は今もお二方に信頼を寄せておいでです。櫻花様からお墨付きを頂ければ『葵山』も何の心配もないと」

 櫻花はそこまで支倉の言葉を聞き届けると、榛色の目を伏せた。

「咲夜様は『豊山』で息災でおられるか」

「はい。物思いにふけることが多いようですが、着実に回復されてきているようです」

 支倉の言葉に櫻花は違和感を感じ、しばし黙し──顔を上げた。

 真っ直ぐ見つめられて、支倉は会話を切った。

「何人か侍従候補がいるということか──」

 ぎくりとした支倉の顔色を櫻花は逃がさずに苦笑した。

「支倉、侍従というものはそのようにしてなるものではないぞ。ぬしは咲夜様の信頼を得られておらんのだな」

 言葉に詰まるが、支倉はすぐに切り返す。

「『葵山』は頑なで私を受け入れては下さりません。全ては櫻花様や吉水様を思うゆえであると思いますが、このまま侍従なしで山に戻る訳にもいきますまい」

「処断をされるだろうと思ったのにこんなに評定が長引き生きながらえているのは、そういうことか……」

 どこか皮肉めいて笑う櫻花に、支倉は話が進まないと思ってか奥の障子の方へ視線をやった。

「吉水様おられますね。吉水様にもどうか『葵山』に進言を」

 暫く無音であったが、障子を白い手が引いて、もう一柱座敷に上がってきた。

 櫻花と共に『葵山』侍従であった吉水である。長い白銀の髪を高くひとつに結わえていて、桜色の袴姿は一見派手で目を引くがそれが吉水の容姿と相まって一層似合い輝いて見えた。

 体躯立派な櫻花と対極で細い体つきであるが、かつては守夏に並ぶ武官であった。

「隠れていたのにばれていたとは。俺もどんどん弱ってきてるな。もしやこうして評定が長引くのはじわじわと弱体化させて苦しませようとしてのことかと思うくらいだったが──咲夜が俺を思うゆえか。悩ましいな」

 礼儀正しい佇まいの櫻花とは違い、適当にあぐらをかくと、吉水は乱暴に着席して腰にさした扇を膝に置いた。

「『豊山一ノ輪』弊殿守、大体お前が咲夜の信頼を得られているなら、わざわざお墨付きなんか必要ねーだろ」

「ですが私が侍従位を預からねば、総本山にも『葵山』にも何の縁もないものが侍従位を預かることになります。それに『葵山』が侍従を定めなければ、松緒様の身の上も不安定なままです。三ノ輪で謹慎処分を受けております」

「松緒は侍従ではない。侍女に何の咎があろうか」

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