榛色から黒へ
心底心配の声を上げてみせる櫻花に、支倉は身を乗り出した。
「謹慎だけでなく紅葉山で『葵山』を救い出した山ノ狐が、褒美に松緒様を嫁に欲しいと求める始末です」
「松緒を?」
吉水の方はとんでもない話とばかりに声を上げたが、それは妹の身を心配するものとは少し違った。
「莫迦なやつだな。松緒は咲夜の侍女で官位はないぞ。褒美にはならねぇよ。褒美が欲しいならそれこそ、お前のように侍従にしろと言う方がいいだろう」
呆れたとばかりに両手を肩まであげると吉水は髪を軽くかきむしり重心を後方にずらし天井を仰いだ。
「それとも昔っから松緒に恋慕でもしていたのか? そんなの守夏しかしらねーけどな。あぁ、守夏とはどうなった」
「吉水、悟れ」
櫻花に静かに差し込まれた言葉で吉水は膝を扇で打ち理解した。
「まぁ──そうだな。嫁入りの約束は白紙になったか。そうだろうな」
「だからと言って、山ノ狐の伴侶に身を落とすことが許されるご身分だとお思いですか」
「そやつが何を考えているかだ。松緒をもらおうとしているものの名は」
聞かれて支倉は口に出すか迷い、視線を下げたがどうせ言ったところで二柱とも知らない名前だと割りきった。
「当山の神楽殿守の茂野です」
「茂野──茂野か。兄者知っているか」
「知らない名だな。『豊山』由来の山ノ狐なのだろうな」
それみろ、お前など位高き稲荷の世では塵芥のような存在だと、支倉は心の中で茂野を罵倒して勢いを付けた。
「ご兄弟として松緒様のことを心配ではないのですか」
「松緒はできた妹だ。嫌なら策を練って回避するだろ。おなごは賢いものだぞ。特に婿選びになるとな」
吉水は今日まで手をつけてきたおなごたちの事を浮かべてか、やけにしんみりと答える。櫻花もそれに続いた。
「『葵山事変』においての『葵山』側の責任は我らが侍従位を返上することで十分に『豊山』へ謝罪の意思を表したつもりぞ。最終的な評定がどのようになろうと我らは受け入れるつもりでいる。松緒も紅葉山から咲夜様を救った恩有る相手ならば、それがたとえ山ノ狐であろうと受け入れるだろう」
「処断の決定が出ても受け入れるということですか」
「我らすでに位はお返ししたとしても『葵山』侍従であったことに変わりなし。それで咲夜様への疑いや山への責任全てが拭えるのならば、謹んでお受けしよう」
支倉は何か言わねばと声に出そうとするが、口が虚空を撫でるだけだ。
「まぁな、だけど俺は兄者ほど達観できてない。消えた後のことはお任せという気分にもなれない。もし位のない元侍従のお墨付きでもいいから欲しいというなら、やってやれないこともない」
「まことですか」
吉水は話が分かるとばかりに膝を揃えて吉水へ向けると、吉水は軽く片目を閉じ愛嬌よく振る舞うと笑みを投げた。
「咲夜の侍従候補とやらと勝負して勝ったやつにお墨付きというものをやろう」
「よ、吉水様と!?」
「そうさ。俺はもう侍従でないから山の宝刀もないし、山から離れて全く無力と言っていい。お前でもやろうと思えば処断できるくらい弱体化してるだろう──俺は自分より弱いやつが愛する咲夜を守れるとは到底思えない」
吉水の提案に櫻花はその意図を思いはかり──すぐ理解した。
支倉以外に候補となっているものたちを、その目で見て──その気になったら全て消してしまおうなどと考えているに違いない。
咲夜自身も『葵山事変』の真実を多い隠すために、侍従をつける気はないだろうが『豊山』が推挙しているというのが現状だろう。
ならば候補となっているもの達を、吉水の残された力で退けてしまえば咲夜も苦労しないだろう──とも思うが、『豊山』は今の候補が全滅しても次、次と息の掛かったものを宛がうに違いない。いたちごっこを続ける内にこちらの処断が決まるだろう。意味のないことだ。
「吉水──無駄な殺生はやめよ。咲夜様はそういった行いを最も嫌悪されておっただろう」
「元侍従身分でもいいからお墨付きが欲しいと求めてくるのだから、仕方あるまいよ。こちらが選定方法くらい選ぶ権利はあるだろ。それにな……兄者もしれっとしながら気になるだろう。俺達の次に咲夜の隣にはべる──かも、しれない──侍従のことが」
「未来のことは未来に任せるのがよい」
「では兄者は見ておられるといい」
吉水は改めて支倉に条件を告げると、ずかずかと座敷から消えて行った。
「支倉、吉水の言い分は聞かなかったことにしてもいいぞ。あれは今日髪を切るから気が立っておるのだ」
「いいえ。覚悟して望みます。誠意を見せ力を振るうことでお墨付きが頂けるならば、『葵山』も安心されるでしょう」
「ぬし以外の侍従候補は何名おるのか」
「私と──その、先ほど申し上げた山ノ狐茂野です」
「ふむ……まぁ児戯のような話だが『大豊山』にご進言した上で任せよう。私は児戯に興味はない」
「承知致しました、必ずお墨付きを頂くため精進いたします」




