青から黒へ
咲夜がぎこちなく頷く様、その視線の先が眼帯にあるのに守夏は気づいたのか右手をそっと左目に当てた。
「この傷は『大紅葉山』から受けた傷。もはや光を見ることはできません」
その言葉に咲夜は口元に手を当てた。
「『葵山』を責めるつもりで申し上げたつもりはございません。これは私の愚かさの証、新しく『豊山一ノ輪麓』として生きるための楔です」
「侍従をそこまで、痛めつける……とは、そんな」
咲夜は手で押さえた口元から信じられないと声を漏らす。
『豊山』はその咲夜の表情を見てどこか納得した様子をみせた。
「そなたは私を冷淡だと思っているだろうが、その上を行くのがあれだということを忘れずに置くのだな」
『豊山』の言葉が咲夜の耳には入らなかった。
侍従とは簡単に手放せるものではない。
どれほど『紅葉山』が守夏を愛し慈しんでいたかを見てきたからこそ、守夏の受けた傷、守夏の纏う空気が一転してしまったことが苦しかった。
守夏はこれまでの全てを捨ててしまったのだ。
「泣くな咲夜。守夏はそなたを責めているわけではないのだぞ」
守夏は主の言葉が自分の心全てを汲んでいないことは分かっていたが、口を挟まなかった。
主がそういうのなら、咲夜を責めることはしない。
ただ心の底に封をするようにして、私怨として押し込んでおこうと思うのだ。
咲夜は守夏の前へ進むと、深く頭を垂れた。
「許して下さい」
その行為には守夏も『豊山』も驚き淡々としていた表情を崩した。
『葵山』である咲夜が許しを請い頭を垂れるべき相手ではないのだ。
「妾に力があればこんな思いをさせずに済みました。許して下さい」
「『葵山』」
「全て妾が悪いのです。何もできない弱い妾が悪い」
「それでもあなたは『葵山』です。面を上げて下さい。これでは私が『大豊山』に叱責を受けます」
守夏は咲夜の顔を上げさせて『豊山』へ視線を投げた。
『豊山』も話を切り替えた。
「それで、そなたの侍従のことであるが、どうだ?」
「え?」
「支倉、茂野──両方つけてやってもいいと言っただろう。そなたの元侍従は総本山での蟄居評定後に処断する。そこではっきりとそなたと元『葵山』侍従らの縁も切れる。そうなればすぐに侍従をつけねばなるまい」
咲夜は戸惑い視線を下げた。
「それともいっそ──『葵山』を誰ぞに任せそなたは私の摂社に入るか?」
「いいえ、いいえお兄様。それだけは」
咲夜は兄の着物の裾をたぐり、強い意志を込めて続けた。
「妾は『葵山』として、お兄様に認められ妹達に尊敬を受ける姉になります。お願いでございます」
「心構えは結構であるが、ならばなおさら侍従を選べ。のぅ──守夏そなたであればどちらを推す?」
「『紅葉山』の行いの卑劣さをよく知るものが相応しいかと存じます」
「ふむ。そうなると、そなたと共に咲夜を救いに向かいあの場を経験した茂野が良いか」
咲夜には自らの侍従を選ぶ権利すらないという様子だった。
押しつけられて決められた侍従に心を許すことなどできるわけがない。
咲夜は顔を上げた。
「お兄様、櫻花と吉水の命だけでも、生かしては下さいませんか」
『豊山』の耳には届いたはずだった。
だが、彼は視線を動かすこともしない。
それが答えだった。




