主役は遅れてやってくる
「あああっ――! 霖也くん!! 来た来た! でも、すぐ集まったね!!」
「はい。状況は、どうなってるんですか?」
「うわっ、か、柏葉さん……!」
通話を終えてすぐ協会に着いたとき、3班のオフィスはいつにも増して慌ただしかった。
少し緊張した様子で震えている結城の後ろ。
同じく社宅から急いで駆けつけたらしく、少し服装の乱れた二人の先任が、せわしなく持ち物をまとめていた。
「観測班が測定した2級災害のエネルギー値が急変動。現在、スタンピード寸前です」
「ということは……」
「はい。今すぐ出発しなければなりません」
「はぁ、こんな時間にいったい何の騒ぎなの~。こうなるってわかってたら、前もって準備しとけばよかった~!」
もともと静かなほうではなかったが、まさにいつもとは比べものにならないほど落ち着かない雰囲気だ。
ろくに準備する暇もなく呼び出されて、髪も服も乱れているのは、俺と結城のほうも同じ。
(なぜ、スタンピードが早まったんだ? 記録にも確か、こんな話はなかったはずなのに)
落ち着いて状況を把握しようと努めながら、俺は周りに気づかれないよう、眉をひそめた。
単に前任が記録を書き漏らしたか、あるいは、本当に何かイレギュラーが起きたか。
もちろん今はちょうど0時前後だから、そもそも『予定より早く事故が起きる展開』だった可能性もある。
9日の夜11時にスタンピードの兆候が現れ、本格的なエピソードは日付が変わった10日に開始。まあ、そういうパターンとか。
(とりあえず……。今は、どうにか無事に仕事を終えるのが先だろうな)
厄介な状況だったが、こうして悩んだところで答えの出ない問題だ。
ため息をつきながらこちらへ近づいてきた天道が、むすっとした顔でやれやれと首を振った。
「二人とも、状況はざっと聞いたよね? 今は長々と説明してる時間がないから、すぐ出発するんだけど……。はぁぁ~~。せっかくゆっくり休んでたのに、いきなりとんだ災難だよ、ほんと~」
服装を整えながらスーツのポケットをいじる天道は、見たことのない小さな黒い機械を手にしていた。
「それは……?」
「あ、これ? なんせ2級災害だから、このあたりからは、それなりに準備が必要なんだよね。まあ、一種の保険ってとこかな」
どうりでいつもより慌ただしいと思ったら、等級の高い災害だけあって、入る前にあれこれ用意するものがあるようだった。
そして天道が持っているのは、耳に着けるタイプの、小さなイヤホンのような何か。
それをひょいと放り上げて受け止めた天道が、小さく肩をすくめた。
「大したものじゃなくて、ただの翻訳機だよ」
「翻訳機……?」
その言葉を聞いて、俺はなんとも言えない顔になった。
超常災害と翻訳機に、何の関係があるんだ。
まさか、ここに外国人の隊員でもいるのか。
「うん。詳しいことはあとで説明するとして、とりあえず――」
「たった今、ほかの班はすべて到着したそうです。場所は武蔵小杉なので、今すぐ出発すれば、ぎりぎり間に合いそうですね」
「うわああ――あっ! よりによって距離も中途半端! なんで瞬間移動できる神器とかないのよ~!」
天道が言い終わるより先に、ブースの中が一気に騒がしくなった。
「さあさあ、早く出よう! みんな、時間ないんだから!」
「は、はい!」
俺と結城の背中を押した天道が翻訳機をポケットにしまい、俺たちはすぐさま車に乗り込んで現場へ出発した。
――キキーッ――!
「遅れて申し訳ありません。神器回収3班、ただいま到着しました」
「なんだよ。やっと来たな。あんまり遅いから、来る途中で死んだかと思ったじゃん」
現場に着いて車を降りた途端、先に到着していた者たちの間から、嫌味な声が飛んできた。
(あっちが、アルファチームか)
2級災害に派遣されるのは、戦闘班が一つと回収班が二つ。
そして今回割り当てられた回収班は、俺たちと11班だ。
声のしたほうにちらりと目を向けると、黒い戦闘服姿で、ほかの者たちと距離を取って集まっている四人が見えた。
そして、あっちは……。
「ずいぶん余裕だな。ただでさえクソ忙しいってのに、イラつくほど待たせやがってさ。なあ?」
(あのとき大型ビジョンに映っていた、あの男か)
西園寺麗司という名前だったか。
目を引く青い髪に、モデルだと言われても違和感のなさそうな長身。
(そして確かに、感じが悪いな)
協会の最精鋭という言葉どおり、ひときわ傲慢な顔をした男が、こちらを見ながら露骨に舌打ちしていた。
ただ、その隣にいるはずの一人が見当たらなかった。
「副班長。アルファチームの隊長は?」
「ああ、ちょっと遅れるって。やっぱ主役は遅れてやってくる~、ってやつかな~」
(なるほど)
実際にこの世界の主人公なんだし、劇的な演出でも入るのか。
頷いたそのとき、後ろから聞き覚えのある声がした。
「……あれ? あの、もしかして……」
「……?」
小さく控えめな、女性の声。
振り返った瞬間、予想したとおりの顔を見つけた俺は、少し目を見開いた。
「あっ、やっぱり! うわあ、柏葉さん!! お久しぶりです! 私のこと、覚えてますよね? お元気でしたか?」
「佐伯さん?」
採用試験の会場で会ったボブヘアの女、佐伯千穂が、俺の顔を確かめてぱっと明るい笑みを浮かべた。
そういえば、あのときああして別れてから、すっかり忘れていたんだが。
「お久しぶりです。ここでこうしてお会いするとは思いませんでしたが、11班に配属されていたんですね」
「はい! あれ以来、初めてですね! 柏葉さんは3班に配属されたって聞いてたので、今日会えるんじゃないかと思ってたんです! あ、お隣の方は……」
「はじめまして! 回収3班の新人、結城玲央です!」
「私は11班の佐伯千穂です。じゃあ、三人とも同期ですね! 会ってすぐ現場入りですけど……。今日はどうぞよろしくお願いします!」
二人が明るく挨拶を交わしている間に、俺はさりげなく後ろへ視線を移した。
回収班から距離を置いて集まった戦闘班の隊員たちが、仲間内で何やら言葉を交わしていた。
「チッ、サポートに3班とか、これじゃ格好つかねえだろ。いっそ4班が代わりに来たほうがまだマシだったのに。何であっちは自分たちで来ねえで、こんな奴らを指名したんだか……」
こちらを見た青髪野郎……いや、西園寺麗司が、虫でも追い払うように、しっしっと手を振った。
「しかもあいつら、入って一週間の新人が半分だし。おい、お前らは後ろにでもすっこんでろ。大して役にも立たなそうだから」
(前任が管理者記録でウザいって文句言ってた理由がわかるな)
主人公だけじゃなく、どうやらチーム全体にああいう空気があるらしかった。
さっき天道が言っていた翻訳機というのがいったい何なのか気になっていたが、どうも今は聞ける状況じゃないな。
「……うわ、テレビで見たときは、絶対あんなイメージじゃなかったのに……。これが有名人のイメージ管理ってやつなのかな……。すごいっちゃすごいですね」
「テレビ? そんなに有名なんですか?」
「え? そりゃもちろんですよ! 久世隊長に次ぐ有名人じゃないですか!」
「ああ」
いつの間にか俺の隣に来ていた結城が、少しうんざりしたような顔でつぶやいた。
確かに。あんな大型ビジョンの広告にメインで出るほどなら、かなり影響力のある人物なんだろう。
「超常戦闘要員として初めてメディアに出たときから、あからさまにインフルエンサー路線を取ったことで有名だったんです。……でも、テレビじゃ寄付もけっこうして、ボランティアにもよく行くイメージだったのに。やっぱり人って、見かけによらないんだなあ……」
(なるほど)
再びそちらへ視線を戻すと、その中で輪に入れず、一人おどおどと立っている者が見えた。
(紅一点か?)
紫色の髪に、小柄な体。低めのお団子ツイン。
アルファチームで唯一の女性隊員らしい彼女は、大柄な三人の男の横で身を縮こまらせたまま、気後れした表情で周りの顔色をうかがっていた。
(あっちも、そう仲がいいわけじゃないのかもしれないな)
何にせよ、俺が首を突っ込むようなことじゃない。
適当なところで視線を外し、顔をそらした。
(それより、主人公のほうはいつ……)
――と思った、まさにその瞬間だった。
――コツ。
静寂を破り、背後から近づいてくる足音が聞こえた。
――コツ。
――コツ……。
その場に集まっていた者たちの顔が、一斉に俺のいるほうを向いた。
俺ではなく、俺をそのまま通り越して、背後へ向かう視線。
(……ああ)
一瞬で空気の流れが変わり、背後から伝わってくる存在感を、振り返らずとも感じた。
「――全員、揃ったか」
静寂の中にはっきりと響く、低く無感情な声。
(……『闇落ちし始めた』ってのがどういうことかと思ったら)
ゆっくりと振り返った瞬間、俺は自分の予測が当たっていたことを確信した。
1メートルにも満たない距離。街灯の明かりを背に、すっくと立つシルエットが見えた。
濃紺に近い黒髪。すり減りきったような、感情も、考えも読み取れない、無表情な顔。
アルファチームの隊長であり、俺が無事に退職するための、たった一つの鍵。
(――お前だな。『主人公』は)
闇落ちしつつある、この世界の主人公。
久世凌雅が、俺の背後に立って、俺を見下ろしていた。
「……初めまして。本日の任務に割り当てられた、回収3班の柏葉霖也です」
「……」
その瞬間、闇の中で、真正面から視線が交わった。
微動だにせず俺を見下ろす相手の視線から目をそらさないまま、俺は落ち着いて握手を求め、手を差し出した。
そして、『主人公』との正式な初対面の感想をまとめるなら、こうだ。
「どうか本日は、よろしくお願いしま――……」
「すぐに超常災害へ進入する。全員、準備しろ」
「はい!」
「なんだよ、凌雅――。何やってて遅れたんだよ。散々待たされたじゃねえか。俺の時間を勝手に使うんじゃねえよ」
「うるさい。西園寺。黙って準備しろ」
「……」
そのまま俺を無視して通り過ぎていく主人公の背後で、俺は宙に浮いた自分の手を見下ろしながら、結論づけた。
そうだ。
前任の言葉どおり、主人公は、実に礼儀というものを知らない野郎だった。
……くそ。




