1話 予感
窓から昼の光が差し込む城の広い廊下を、一人の青年が歩いていた。
彼はリト・シェーンハイト。亜麻色の髪に、金色の目をしたこの国の第二王子。
鼻歌を歌いながら、彼は今日の予定に胸を躍らせていた。何かおもしろいことが起こる予感がしたから。
彼は神殿に到着すると、神殿の中を一望できる位置にある兄の隣の椅子に腰を下ろした。
長い赤髪を後ろの低い位置で一つにまとめている彼は、リトの兄。アルバート・シェーンハイト、この国の第一王子だ。
「…遅い。お前抜きで始まるところだったぞ。」
リトと同じ金色の瞳が、不機嫌そうにリトを見た。
「そんなに怒らないでよ、アル兄さん。準備がそろそろ終わるかなと思って来たんだよ。こんな面白そうな行事、見逃すなんてもったいないことしない。」
アルがため息をついたのを見て、リトはいたずらっぽく笑う。アルははじめからリトが準備を手伝うつもりがないことを知っていた。リトの笑顔が余計癪に障ったようだが、言い返してもキリがないと口を閉じた。
「アルバート殿下、用意が整いました。」
「そうか、では始めろ。」
合図とともに、数名の神官が魔法陣に魔力を注ぎ始める。
ほどなくして、召喚の儀が始まった。
異世界から一人の聖女、もしくは聖者を呼び出す儀式だ。
神官たちが魔力を注いでいる魔法陣から現れた影は二つだった。
少年と少女が一人ずつ。合わせて二人が召喚される。誰も予想していなかったその光景に、神官たちは騒然とした。
「な、ふ、二人だと?一度の召喚で二人も召喚されるなんて…」
「どちらが本物なんだ?どちらも?それとも一人が??おい、だれか、魔力測定器を!」
神官たちがあわただしく動き出すのを、リトは壇上から眺めていた。陣のなかに立ったまま戸惑う二人のあどけない異世界人に、人懐こい笑みで軽く手を振った。その様子を横目で見てアルが低い声で言う。
「おい、勝手なことはするな。」
「いいじゃん、ちょっとくらい。あの二人、すごく動揺してるみたいだけど放っておいていいの?」
リトの軽薄な態度に渋い顔をしたが、それもそうだと思ったのか、アルは立ち上がって少年と少女の前に歩を進めた。アルはこの状況を二人に丁寧に説明しているようだ。
黒髪の少年は胸の前で手を合わせておびえた様子で、茶髪の少女は顔を強張らせてスカートを軽く握りながらも、必死にアルの言葉を咀嚼していた。
「この国では、国が危機に瀕したときに召喚の儀が行われる。男性であれば聖者、女性であれば聖女と呼ばれる。だが、二人も召喚されるのは初めてで、これから測定を受けてもらいたいのだが・・・」
息を切らせた神官たちが、魔力測定用の水晶を持ってきた。
「魔力測定の準備、整いました!お二人とも、これに手をかざしてください!」
二人が順に手をかざす様子を、リトは後ろから腕を組んで眺めていた。
最初に手をかざしたのは少女。水晶に触れると、まばゆい白い光が広がった。
「おお!この光は!」
「聖女様だ!聖女様に違いない!」
周囲の反応に、少女は戸惑っているようだったが、悪い反応ではなかったことはわかるようで、安心したようにほっと息をついた。
次に手をかざしたのは少年。一瞬だけ、水晶が煌めいたように見えたが、それ以降光を灯さなくなった。少年の瞳が不安げに周りの様子をうかがった。
「これは…」
「反応が消えた?」
「魔力がない、ということか……?」
「しかし、今、一瞬だけ……」
「測定器の不具合でしょう。もう一度試しますか?」
「いや、もういい。聖女様の測定結果は出ている」
神官たちは少し残念そうに肩を落とした。もしかしたら二人とも本物であるかもしれないという期待を抱いていた者も居たのだろう。
少年は水晶から手を離すと、居心地が悪そうにうつむいた。
少女が本物の聖女で、少年はなんの能力もない一般人。
この場にいる人々は誰もがそう思った。
アルは一瞬、床を見つめる少年に目を向けたが、今は本物の聖女の対応をすることを優先にしたようだ。
少女の前に跪いて少女を見上げる。
「聖女様、今この国は危機に瀕しております。どうかそのお力で我らをお救いください。」
神殿内の視線が一気に二人に集まり、静まり返った。
「あ、えっと、はい…!私にできることなら。」
茶髪の少女は顔を赤らめながら、アルの差し出した手に自分の手を重ねた。
周囲から歓声があがる。
まるで物語の一節のような風景。
二人を尻目に、少年は気まずそうに神殿の隅に移動した。
状況についていけていない彼に声をかけるものはこの場にはいなかった。少年が場内を見渡すと、座ったまま無表情で会場を眺めるリトと目が合う。
リトは少年の視線に気が付くと、いつもの笑顔で手を振った。少年はおそるおそる手を振り返したが、リトはいつもの笑みを浮かべるだけで、それ以上何もしなかった。
聖女を案内する兄や神官たちを見てから、リトはアルに見つからないうちにその場を離れた。
その日の城は聖女を歓迎するムードに包まれていた。夜には宴会が開かれ、豪華な食事も振舞われる。緩やかな音楽が流れる立食形式のその会場で、リトは二人きりになれるタイミングを見計らって少女に声をかけた。
少女は城の人たちに白いドレスを着せられ、初めて会った時より華やかな姿になっていた。
慣れないようでぎこちない動きをしている。
「こんにちは。聖女様、君の名前は?まだ聞いてなかったよね。」
「えっと、キラリです。宮川星星璃。高校二年生…あ、えっと、16歳です。」
キラリは名を名乗ると、リトを見上げてはにかむような笑みを浮かべた。耳元のダイヤのイヤリングが揺れる。
「へえ、かわいい名前だね。僕はリト。よろしくね。」
観察するような笑顔でキラリに手を差し出す。戸惑いながらも彼女はリトの手を握った。
「そういえば、一緒に召喚された男の子はどうしたの?あれから姿を見かけていないけど。」
「それが…、アルさんが、お金だけ持たせてお城から追い出したそうです。」
少女は手をぐっと握った。同じ召喚された者同士で思うところがあるのだろうか。
そんな少女の様子を一瞥してから、リトは顎に手を当てて首を傾げた。
「へえ、兄様が。ふーん、…そっか。ま、そんな顔しなくても大丈夫だよ。聖女様は追い出されたりしないだろうからさ。」
何かを思いついたように目を細めると、軽く手を振ってその場を後にする。
「じゃあ、頑張ってね、聖女様。何かあったら僕のこと頼っていいからね。」
キラリが小さくうなずいたのをみて視線をそらした。リトはいつもの笑みを浮かべていたが、瞳の奥には計算するような光が走っていた。
普段は真面目で優秀な兄が、あの少年を城から追い出すなんて、珍しく冷たい処分だとリトは感じた。まだ成人もしていない少年を一人捨てるなんて、兄らしくない 。
そこで、リトはひらめいた。もし、兄が追い出した人間が、有能だったら。兄が判断を見誤ったことになる。
少なくとも異世界から来た人物だ。なにかしらの役には立つだろう。
自分が追い出したことを後悔するアルの顔を想像する。
会場を後にしたリトの口角がにやっと上がった。




