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劇場内殺人事件前編

 入道雲が立ち昇る初夏の昼下がり。私は友人の吉沢翔子(よしざわしょうこ)と映画を観に来ておりました。

杏子(きょうこ)はどれ見たい」

「私は、そうね。その恋愛物が観たいな」

「いいね。じゃあこれにしよう」

 そう言うと翔子は販売スタッフの許へと駆けて行き、チケット二枚を握り締め、仔犬のような屈託のない笑顔で戻ってきました。

「さぁ行こう! 我々のラブロマンス劇場へ!」

 彼女のはしゃぎ様は、見ているこちら側を愉快にしてくれます。彼女は私の心の支えです。私唯一の希望です。彼女が私を救ってくれたあの時から。

 劇場へ入ると、建設会社の広告が流れており、それを眺める一人の背広を着たサラリーマンと、明らかに水商売を営んでいる女性に、その客であろう40代程のアロハに短パン、サンダルを履いた男性の計3名がおりました。

「人少ないね。こう少ないとワクワクするよね」

「そうね、普段と違った風景でワクワクするわね」

 そんな会話をしつつ、後ろの方の席へと歩いておりますと、水商売様と浮かれポンチ様の会話が聞こえてまいりました。

「ちょっと、御悪戯(おいた)が過ぎますよ。うちの店はそういった事は禁止されております」

「ええやないですか、ちょっとくらい。ほれ、本当はそこまで嫌やないんでしょう」

 なんと陵辱的な輩でしょうか。嫌だと言っておりますのに、それを逆言葉だと一蹴し、行為を続行するとは。

「少し宜しいでしょうか」

 私が声を掛けますと、浮かれポンチ様はそれはそれは怪訝な顔をされました。

「あ? なんや嬢ちゃん。なんか用かい」

「そちらの方、嫌がっておられるではありませんか。ですのに何故、その手をお止めにならないのです」

 浮かれポンチ様は鼻で息を吹き、こう宣いました。

「あんな、嬢ちゃん。この女はな、これが仕事なんじゃ、これが、喜びなんじゃ。それを俺は分かっとる。せやから止めへんのじゃ。分かった? おん?」

 浮かれポンチ様から微かにお酒の香りが漂ってきまして、思わず鼻を袖で覆ってしまいました。それはとても失礼なことなのですが、私は下戸ですので、そうせざるを得ませんでした。

「ですが先程そちらの方は、店では禁止されている、とおっしゃっていたではありませんか。職を失うリスクがあるのです。ならばそれを気遣って大人しく引いてあげますのが、粋な男というものではございませんか。そちらの方が、彼女の喜びに繋がるのではございませんか」

 浮かれポンチ様は呆気に取られており、何も返答なさいませんでした。

「お止めいただけますね」

「あ、ああ分かった。分かったよ」

 一礼し、振り向き去ろうとしますと、腕を腰に当て、こちらをムスッと見つめている翔子がおりました。

「ご、ごめんなさい」

「別に何も言ってないけど」

 頬が更に膨らみ、彼女の目はより細身になっていきます。

「後でアイスを奢りますから。機嫌を直してください」

「私はそんなに安い女じゃありません!それに」

 彼女はぐっと耳元まで近づき、囁きました。

「もっと自分を大切にして」

 私は目を見開き、彼女の瞳を見つめ直します。

「本当にごめんなさい」

 彼女は身体を引き、後ろ向きになるとあざとく顔だけをこちらへ向け、微笑み、続けました。

「分かってくれたならそれで良し。あと、アイスは奢ってね」

 私も釣られて、笑みになり『勿論です』と答え、後方の席へと移動しました。

 暫くしますと人も程々に増えてきまして、映画の上映が開始されました。

 配給会社のロゴが一通り映し出された後、物語は本編へと入りました。話は主人公が病院から退院し、家族と食事するシーンから始まりました。そこから家へと帰り、病院で出会った女の子を思い出し、翌日会いに行き、というありきたりなお話です。

 そんなお話も佳境へと迫り、主人公とヒロインがキスをする瞬間、突如女性の悲鳴が劇場中に響き渡りました。

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