第1章「隣という距離が、壊れ始める朝」 第1話 「その席は、最初から決まっていた」
朝の教室は、まだ少し眠っていた。
窓際から差し込む光が机の上を滑って、チョークの粉みたいに白く揺れている。
結城 湊は、欠伸を噛み殺しながら鞄を机の横に掛けた。
「……眠い」
「昨日遅くまで何してたんだよ」
後ろから軽い声。
振り返ると、机に肘をついてニヤニヤしている男がいる。
三浦 凌也だ。
「別に。普通に課題」
「嘘つけ。絶対ゲームだろ」
「うるさい」
そんな他愛ないやり取り。
昨日と同じ、今日も同じ。
そう思っていた。
その時までは。
ガラッ。
教室のドアが開く音。
空気が少しだけ変わる。
「転校生、今日から来るってさ」
誰かの声に、クラスがざわついた。
「また?この時期に?」
「どんな子だろ」
「可愛い系なら歓迎」
軽い笑いが流れる。
その中で、結城 湊は、なぜか胸の奥が小さく引っかかった。
(転校生……)
理由はない。
ただ、嫌な予感だけがあった。
「入って」
担任の声。
教室の空気が一段階、静かになる。
そして——
入ってきた。
その瞬間、音が少し遠のいた気がした。
黒髪。整った姿勢。
無駄のない歩き方。
まるで“最初からそこにいるべき人間”みたいに、違和感がない。
「神崎詩織です。よろしくお願いします」
神崎 詩織
短い自己紹介。
それだけなのに、教室の空気が変わる。
「……綺麗」
誰かが小さく呟いた。
でも結城 湊は、別のものを感じていた。
(なんだ、この違和感)
目が合ったわけじゃない。
なのに、視線が“こちらを探している”気がした。




