01❊誓の間
十歳の生誕を迎えたサバトルド王国の第二王子であるレヴィン・バルトベナーク・サバトルドは、疎ましい己の身体を恨みながら、皆に作り笑いを披露した。
王妃譲りのプラチナブロンドが美しく、さらには所作も見事で、王族としての品位を兼ね備えていると皆が褒めたたえたが、レヴィンからすれば、あまり嬉しいことでは無かった。
その理由は簡単で〝美〟とは人々の気を引くだけのつまらない装飾であり、自分を守れる物ではないからだ。
とはいえ、オメガとして生まれたこと以外は何の障害もないのだから感謝すべきことなのかも知れない。
「御覧なさい、レヴィン王子。あなたの婚約者に相応しい令息と令嬢達が集まってくれましたよ」
穏やかな声と美麗な微笑みを浮かべた王妃は、「さあ、好きなアルファを選びなさい」そう言いながらレヴィンの背中を押した。
王室の中でも、もっとも格式の高いと言われる〝誓の間〟にズラリと並んだアルファ属性の令息と令嬢が、片膝を付きながら選ばれるのを待っている。
奇妙な物だな……、男を選んでも女を選んでも婚姻が成立するなんて――、と皆を眺めながらレヴィンは軽く微笑した。
――誰を選ぶかは、もう決まっている……。
皆の姿を見下ろしながら、固い決意を胸に抱いたレヴィンは皆の前をゆっくりと歩いた。
両端には大勢の職人が数年かけて仕上げた神話のメビウス像が建っており、十二体の像が互いを見つめ合うように配置されている。
その神々が見守る中、一人目、二人目、三人目――、と確かめるように歩き、途中で足を止めると、くるりと踵を返して王妃である母の元へ向かった。
「どうしました? 誰にするか決めたのですか?」
「ええ、母上、この人と結婚したいです」
そう言って王妃の右斜め後ろで控えるセルジュ・ブラハーンの前に立った。
「……この人を婚約者として選んではいけませんか?」
レヴィンの言葉に驚いた王妃だったが、選ばれたセルジュは方眉を僅かに動かしただけで、微動だにしなかった。
〝氷狼の騎士〟という二つ名を持つ彼が、子供の戯言に動揺などするはずもなく、レヴィンを一度も見ないまま、じっと正面を見つめていた。
骨ばった骨格に精悍な顔立ち、青みがかった癖のない艶髪に加え、唇の左上にある黒子が色香を放っている。
もう少し柔らかい雰囲気を持っていれば、令嬢達が放っておかないと思うが、当人にその気が無いのだろう。いつも無表情で愛想笑いすら出来ない男だった――。
とにかくレヴィンは形式に従い、自ら結婚相手を選んだが、『これは問題だ』と周りがざわついたのは言うまでもない。伯爵位のある令息や令嬢から選ぶのではなく、王妃の側近を選んだため、しばらくの猶予が設けられることになった。
当然と言えば当然で、セルジュ・ブラハーンと言えば、エリートアルファで見目は良いが、男爵家の嫡子で広間にいる令息達より身分は低い、更にはレヴィンよりも十四歳年上だ。
実力で選ばれて王妃の側近を務めているが、王子の婚姻相手としては不十分だった。
レヴィンの成人式まで八年という月日があることを考えると、その間に新しい側近を用意させ、任務を引継ぎさせることは簡単であり、爵位の底上げも特に問題は無いとは思うが、王家との繋がりを持ちたい貴族にとっては、簡単に引き下がるわけにはいかなかったのだ。
とはいえ、王子本人が望んでいることに反対も出来ず、結局、その宣言の八年後、レヴィンの成人式を終えると同時にセルジュと婚姻した――――。
王都から随分と離れた領地に建てられた屋敷は、少数の使用人がいれば十分なほど小さく落ち着ける空間だった。
レヴィンが敷地内にある小さな湖を眺めていると、背後に立ったセルジュが声を掛けて来る。
「王子をこのような屋敷に住まわせることをお許し下さい」
深々と頭を下げるセルジュに、「王子ではなくレヴィンだ」と告げる。
「はい、レヴィン様」
「……自分の伴侶に向かって『様』など付けなくていい」
「分かりました」
レヴィンは今年十八歳、セルジュは三十二歳、身分差も考えれば、これほど奇妙な夫婦もいないだろう。
元々、王妃の従順な側近だったセルジュが、王子だった自分に対して夫らしく傲慢に振る舞えるわけもなく、終始こんな調子で手綱を握っているのはレヴィンだった。
それでも結婚して数ヶ月が経った頃には、セルジュも『レヴィン』と敬称を付けずに名を呼ぶことに躊躇いを見せなくなっていた――――。
嫁いで半年が経ち、小さな屋敷で過ごすことに喜びを噛みしめながら、レヴィンは自室から外の景色を眺めた。
あの日、婚約者を決めた時から、この平凡で穏やかな生活を夢みて来た。なぜなら、死に戻る前の自分が選んだ結婚相手は、どれもこれも間違った相手だったからだ。
十歳の誕生日をこれまで何度迎えたかは重要では無く、何度、結婚する相手を間違えて来たかが問題だった。
一人目の男は、ブライト伯爵家の長男で、容姿、頭脳、ともに秀でており、周りの評価も高かった。だから、この男なら申し分ないと選んだが、実際は酷い物だった。
いくらレヴィンが王子だとはいえ、嫁いでしまえば相手の付属にしかならない。ましてやオメガの男など情夫と同じであり、彼らにして見れば尊厳など与えるような存在では無かったのだ。
毎日のように犯され続け、子を授かった時でさえ、構うことなく体を酷使され続けた身体は、自分でもどうしようもないほどに淫らで、その辺りにいる生活の為に身体を差し出す男娼や娼婦と同じだった。
――まあ、体裁だけは気にする男だったおかげで、屋敷の外へ出かける時だけは楽しかった気がする。
別に懐かしむようなことでもないし、思い出したくもないが、〝刻まれた記憶〟は消す方法がないのだと、過去の記憶が蘇るたびに思い知る。
頭を振りながらレヴィンは、すっと大きく息を吸い込み呼吸を整えてから扉へ向かった。
ドアノブに手をかけ部屋を出ようとした瞬間、コツコツっと規則正しいセルジュの足音が聞こえてくる。
――タイミングが悪いな……。
足音が自分の部屋の前で一瞬止まるが、それも数秒で足音に変わり、レヴィンはほっとした。
彼は自分に干渉をして来ない。口数も少なく真面目で、いい意味で良い夫だった。
それにしても、自分は何度、結婚すれば良いのだろう? 終わりの見えない世界に閉じ込められたまま、何度も何度も同じ場面に巻き戻る。
そう、何故か〝死ぬ〟と必ずあの婚約者を選ぶ瞬間に戻るのだ。最初は夢なのだと思っていたがそうではないと気が付いたのは、ニ度目の夫と劇場へ足を運んだ時大きな火事が起きた。
そう、それは一度目の結婚相手の時も起きた大きな火事で、しばらくの間、遊街は復興のために閉鎖することになったため良く覚えていた。
もちろん三度目の結婚相手の時も、四度目の時も同じ火事が起きた。違うのは自分の隣にいる伴侶だけだった。
――その度にセルジュに殺されて……。
レヴィンはいつも彼に殺され、あの婚約者を選ぶ場面に巻き戻る。セルジュに殺される運命から逃れられないならば、彼と結婚するのが正しい気がして、彼との結婚を選んだが、彼を知れば知るほど不思議に思うことがある。
――どの過去も彼との接点は無いのに……。
それなのに、何故かセルジュに殺されるのだ。
頭を悩ませながら自室を出て下へと降りると、その途中で玄関ホールにいるセルジュと目が合い、咄嗟に言葉が出た。
「出かけるのか?」
我ながら可愛げのない問いだと思うが、そんなことを気にすることなく彼から返事が返って来る。
「はい、領地の視察です。なるべく早く帰って来ます」
「気を遣わなくてもいい」
セルジュは無表情な顔のままレヴィンの前で跪き、「気を遣っているのではなく、俺が早く帰って来たいからです」と言い、こちらの手を取ると甲へ唇を落とした。
「それでは」
「ああ……」
初夜も迎えず、レヴィンのことを宝物のように扱う。不器用ながらに優しく、忠誠を誓った相手にはとことん尽くし誠意を見せる。
そんなセルジュに、なぜ殺されなくてはいけなかったのか、その理由が分からない。
――どうしてなのか……。
死を迎える瞬間、彼が構えた銃から弾が飛んできて胸を貫通して死んだことは鮮明に覚えているし、殺される場面を思い出す度に、恐怖で身体が縮みあがり、呼吸が出来なくなることがある。
それなりの覚悟をもってセルジュとの結婚を決めたにも関わらず、その記憶のせいで彼の前では身体が強張ることも多かった。
どちらにせよ、今世は彼と結婚したのだから恨みを買うことは無いだろう。
人という生き物は何処で恨みを買うか分からないが、今の彼を見る限り〝妻〟を殺そうとはしないはずだ。
レヴィンは小さく溜息を吐くと、玄関の横にある小窓の隙間からセルジュの出発を見送った――――。




