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水野司の世界の声  作者: すずはるな
水野司と世界の声
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第70話 新たなる脅威

 ハインケルとその周辺にいた騎士たちは、異常事態に困惑していた。


 前列大盾隊小隊長キシリと、前列長槍隊小隊長ロイスの連絡が途絶えたのだ。


 さらに今、後列長槍隊より槍衾形成の報告が入った。


 たしかに前列が突破されることは想定していた。

 だからこその槍衾である。


 しかし、開始十分ほどでこの展開は早すぎた。


 しかも、前列大盾隊と前列長槍隊の小隊長、両方と連絡が取れないなど今まで一度もない。


 周囲では騎士たちがざわつき、小声で言葉を交わしている。

 だが、そのどれもが状況を説明できていなかった。


 情報がどれほど重要か理解しているハインケルは、あまりにも情報が少ない現状に苛立ちを隠せない。


 直属の部下であるキシリは、最後に何を言おうとしていたのか。


『今までとは違い――』


 あの言葉が頭から離れない。


 新種の亜人でも現れたのか?

 それとも、突撃以外の戦法を亜人どもが使ったとでもいうのか?


 キシリが何を伝えたかったのか、今となっては分かりようがない。


 ハインケルは眉間に深い皺を刻み、腕時計へ視線を落とした。


「……大隊長に報告する」


 直ちに大隊長ロビンへ連絡を取る。


 しかし、いくら待っても応答はない。


「もしや、本陣に何か問題が起きているのか?」


 低く漏れたハインケルの言葉に、周囲の騎士たちが目を見開く。


「ありえない話です。我々が無事なのになぜ最後尾にいる本陣へ敵が攻め入るはずが――」


「貴様」


 ハインケルの声が鋭く割り込んだ。


 騎士はびくりと肩を震わせる。


「なぜ本陣に敵がいると思った?」


 冷え切った視線が突き刺さる。


「い、いえ……わたくしは、あくまで思ったことを……」


「まさか、貴様……異人か?」


 ハインケルは乱暴に騎士のヘルムを掴み、そのまま引き剥がした。


 周囲の騎士たちが息を呑む。


 だが、そこにあったのは見慣れた部下の顔だった。


 ハインケルは小さく息を吐く。


「紛らわしい発言をするな。馬鹿者が」


 吐き捨てるように言うと、奪い取ったヘルムを部下の胸へ押し返した。


 ハインケルは、とても警戒心が強い男だ。

 疑り深いと言ってもいい。


 そんな彼は常に、騎士の中へ異人が紛れ込んでいるのではないかと疑っていた。


 つまり、スパイの存在を警戒しているのだ。


 仮に自分が反乱軍なら、必ず間者を送り込む。


 情報ほど価値のある武器はないからだ。


 以前、一度だけ上官であるロビンへ相談したことがある。


 だが返ってきたのは、


『そんな卑怯な真似をする者がどこにいる』


 という軽い一言だけだった。


 騎士たちは、ほとんどが正々堂々の真っ向勝負しか知らない。


 相手の裏をかく。

 情報を盗む。

 欺く。


 そういった発想そのものが薄いのだ。


 ハインケルは周囲の甘さに、内心うんざりしていた。


 異人への対応も同じだ。


 王国は奴隷同然に働かせながら、ある程度の人権は保証している。


 だがハインケルに言わせれば甘すぎる。


 感情を失うほど徹底的に働かせ、休みなく使い潰した方がいい。


 そうすれば過労で死に、増え続ける異人問題も多少は解決へ向かう。


 ハインケルは冷えた目で戦場を見つめた。


 だが、その考えを口に出すことはない。


 国王が決めたことは絶対。

 それが王国の掟だからだ。


 ハインケルがどうすべきかと思案している頃、やぐらの上に立つロビンもまた混乱していた。


「報告します。右翼、青軍側面に新手の敵が迫っております。数は千」


 双眼鏡を手にした騎士が、息を切らせながら報告する。


 ロビンは片眉をわずかに動かした。


 意味が分からなかった。


 敵は目の前の一万ではないのか?

 側面から攻撃とはどういうことだ?


 騎士はさらに続ける。


「新手は今までのイノシシやバイソンとは違います。馬に似た亜人、さらに亜人ではない大型の狼。その上に人らしきものが騎乗しております」


 ロビンは双眼鏡を受け取ると、右翼へ視線を向けた。


 砂煙の中を、黒い影が駆けている。


「何が起きているのだ……今までとは違うではないか。しかも側面から攻めてくるとは卑怯な」


 思わず漏れた言葉だった。


 十年間。

 反乱軍との戦いは、常に正面からのぶつかり合いだった。


 なぜ今になってこのような戦い方を?


 ロビンの脳裏に、否定的な考えが浮かぶ。


 だが、すぐにそれを自ら打ち消した。


「……違う」


 ロビンは小さく呟く。


「誰が、正面からの真っ向勝負だけが戦いだと決めたのだ?」


 周囲の騎士たちが息を呑む。


「そうだ。反乱軍だ。やつらは常に正面から堂々と戦いを挑んできた」


 だからこそ、自分たちはそれが当然だと思い込んでいた。


「私は騎士道精神あふれる戦いこそ正しいと思っていた。……だが、それすら思い込まされていたのかもしれんな」


 その時だった。


「右翼、青軍に敵がぶつかります!」


 叫び声と同時に、戦場が動いた。


 それは、あまりにも一瞬だった。


 赤軍で暴れていたイノシシやバイソンの亜人とは違う。


 側面から現れた亜人たちは、圧倒的な速度で戦場を駆け抜けた。


 馬ほどの大きさを持つ黒い狼の上に、一体の亜人が騎乗していた。


 犬のように突き出した鼻面。

 厚く盛り上がった眉と頬。

 左右に離れた鋭い目。


 サルの仲間――ヒヒの亜人だ。


 ヒヒは巨大な狼を巧みに操り、槍を振るう。


 横殴りに薙ぎ払われた異人たちの身体が吹き飛ぶ。


 首が飛び、腕が宙を舞った。


 前列長槍隊の側面は、一瞬で食い破られる。


 ヒヒの亜人に続いて別の亜人たちがその裂け目へ雪崩れ込んだ。


 プラングホーンの亜人。


 鹿に似た身体。

 頭には枝分かれした大きな角。

 その脚力は凄まじく、最大速度は九十キロ近くにも達する。


 さらに並走するのは、シマウマに似た別種の亜人たち。


 土煙を巻き上げながら、異人の群れへ一直線に飛び込んでいく。


 プラングホーンとシマウマの亜人たちが、


 異人たちの間を縦横無尽に駆け回る。


 速い。


 あまりにも速すぎた。


 異人たちは目で追うことすらできない。


 亜人たちは、人間のような指を蹄のように固め、叩き込む。


 その一撃は、一瞬にも満たなかった。


 殴られた異人は何が起きたのか理解できず、数秒遅れて口から大量の血を吐き出した。


 内臓が破裂しているのだ。


 そのまま崩れ落ち、動かなくなる。


 突然の奇襲に対応できない異人たちは、瞬く間に殺されていった。


 王国軍の陣形は、正面衝突では無類の強さを誇る。


 だが側面、背後からの攻撃には極端に弱かった。


 重量級の大盾。

 長大な長槍。


 そのどれもが即座の方向転換に向いていない。


 巨大な軍隊は圧倒的な攻撃力と防御力を持つ。

 しかし、その代わり機動力には大きな難があった。


 通常の戦場であれば、数万の軍勢を数千単位へ分けて運用する。


 だが戦争を知らない王国は、ただ数を集めればいいと考えてしまったのだ。


 側面を食い破られた青軍は、内側から崩壊していく。


「いかん……やられるぞ」


 誰の声だったのかは分からない。


 だが、やぐらの上にいた騎士たちは、眼下で死んでいく青軍を見つめることしかできなかった。


「たかが千程度の敵だぞ!? なぜ対処できない!」


「撤退をさせろ!」


「だめです! あれだけの人数を避難させるには時間がありません!」


「時間も何も、今やられているんだぞ!」


 怒号が飛び交う。


 焦りと恐怖が、やぐら全体を包んでいた。


「異人どもなんぞ捨てて我々だけで逃げるぞ!」


 その言葉を、ロビンは冷静に否定した。


「もし十万もの兵力を見捨てて撤退したとすれば、王都の貴族たちのいい笑いものになるぞ」


 騎士たちが押し黙る。


「異人の命は問題視されない。だが、騎士が戦わず敵前逃亡したとなれば――この場にいる者の家は、すべて断絶だろうな」


 その一言で、騎士たちは自分たちに退路がないことを理解した。


 拳を握りしめる音が重なる。


 さらに赤軍では、イノシシとバイソンの亜人によって後列長槍隊まで押し潰されていた。


 もはや全滅寸前だった。


 どうすればいい。

 誰も答えを出せない。


 騎士たちがただ立ち尽くしていた、その時だった。


 赤軍最前線――後列長槍隊の前方に、突如として巨大な氷柱が地面を突き破るようにそびえ立った。

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