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水野司の世界の声  作者: すずはるな
水野司と世界の声
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第1話 見知らぬ田園

 水野司、十五歳。


 彼は今、道に迷っている。


 見知らぬ田園を、一人で歩いていた。


 舗装された道はいつの間にか土の道に変わり、足元には湿った土の感触が残っている。


 帰り道を探して歩き続けているのに、いくら進んでも、司の知っている景色は見つからなかった。


 胸の奥が、じわじわと不安で満たされていく。


 なぜ、司が迷っているのか。


 それはほんの三十分ほど前のことだった。


 司は中学の卒業式の帰り道、雨が降る中を小走りで歩いていた。


 春先とはいえ、濡れた制服が肌に張りついて、少し肌寒い。


 これから高校進学までの二週間。


 その間は、買ったばかりの新作RPGを思う存分遊ぶつもりだった。


 エンディングまで一気にやる、と心の中で決めていた。


 周りでは、同じ卒業生たちが楽しそうに話していた。


 中学の思い出だとか、進学しても遊ぼうとか。


 笑い声が、雨音に混じって聞こえてくる。


 けれど――

誰も、司には話しかけてこなかった。


(まぁ、それはそうだよね。)


(ぼくには仲のいい友達はいないし、作ろうとも思わなかったから)


 司は、誰かと一緒にいるより、ゲームをしている時間のほうが、ずっと楽しかった。


(一人のほうが、気楽だし)


 そう考えながら、司は少しだけ歩く速度を上げた。


 早く家に帰って、着替えて、ゲームを始めたかった。


そのときだった。


ふっと、足元が揺れた気がした。


「……あれ?」


 軽い眩暈。


 最初は気のせいだと思った。


 最近、夜遅くまでゲームをしていて寝不足だ。


 そのせいだろうと考え、司は立ち止まって目を閉じた。


 けれど――

眩暈は治まるどころか、さらに強くなっていく。


 頭の奥がズキズキと痛み出し、思わず眉をひそめた。


 立っているのがつらくなった司は、

近くにあった電柱に寄りかかり、ゆっくりと目を開けた。


「え……?」


 思わず、声が漏れる。


 そこには、誰もいなかった。


 さっきまで周りにいたはずの卒業生たちは、影も形もない。


 それだけじゃない。


 音が、聞こえなかった。


 雨音も、車の音も、人の声も。


 さっきまで確かにあったはずの生活音が、すべて消えていた。


 不安になって、司は来た道を振り返る。


――学校が、ない。


 あるはずの校舎も、門も、通学路も、何も見えなかった。


「なに……これ……」


 あまりにもおかしな状況に、頭が追いつかない。


 そうしているうちに、さっきよりも強い眩暈と頭痛が司を襲った。


 次の瞬間。


 ぐっと、全身を引っ張られるような感覚。


「うわっ……!」


 思わずその場に座り込み、司は電柱に両手でしがみついた。


 まるで、この場から連れ去られそうになるのを必死でこらえているみたいだった。


 どれくらい、そうしていたのだろう。


 息が荒くなり、心臓の音がうるさいほどに響く。


 やがて、少しずつ体調が落ち着いてきた。


 司は恐る恐る目を開ける。


「……え?」


 そこは、見たことのない風景だった。


 見渡す限り、広がる田園。


 畝には、野菜や果物が植えられている。


 遠くからは、牛や羊のような家畜の鳴き声も聞こえてきた。


 司は、何が起きたのかわからないまま、抱きついていた電柱――のはずのものに視線を向ける。


「なんだ……これ……!」


 思わず、大きな声が出た。


 電柱だったはずのものは、太い木に変わっていた。


 ざらついた樹皮の感触が、手のひらに残っている。


「……いつのまに、木に……」


 司はゆっくりと手を放し、よろよろと立ち上がった。


 足元がまだ少しふらつく。


 息が上がり、心臓の鼓動がやけに大きく感じられた。


 もう一度、周囲を見渡す。


 やはり、見覚えのある景色はどこにもない。


「……とにかく、人を探さないと」


 司はそう呟き、人を探すために歩き出した。


 当てもなく、ただ歩き続ける。


 交番でもあれば――そんな考えが頭をよぎるが、そんなものがありそうな雰囲気ではない。


 いや、人はいる。


 畑では、何人もの人が農作業をしていた。


 けれど――司は、なかなか声をかけられなかった。


(みんな忙しそうだし……話しかけたら、迷惑かな……)


 働いている人たちは年齢もばらばらで、年寄りから司より小さな子どもまでいる。


 全員が、同じようなみすぼらしい茶色い服を着ていた。


(ぼくのほうをちらっと見るけど……すぐ作業に戻るし……やっぱり、話しかけないほうがいいよね……)


 そんな言い訳を心の中で並べながら、

司は誰にも話しかけないまま、とぼとぼと歩き続けた。


 どれくらい時間が経ったのか、もうわからない。


「……帰りたい……おかあさんに、会いたい……」


 ぽつりと漏れた言葉が、司の心の奥を壊した。


 堰を切ったように、涙があふれ出す。


「こわい……こわい……」


 声が震える。


 こわい、こわい、こわい、こわい、こわい、こわい。


 かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたい。


 もう、だめだった。


 さっきまで必死に我慢していたものが、一気にあふれ出す。


 そのとき――


「見つけたぞ」


 大きな声が響いた。


 司はびくっと体を震わせ、声のほうを振り返る。


 もしかしたら、

おまわりさんが探してくれていたのかも。


 一瞬、そんな期待が胸をよぎった。


 けれど――


 違った。


 緑色の服を着た男が三人。


 司に向かって、走ってきている。


 手には縄や袋のようなもの。


 どう見ても、助けに来た様子じゃない。


「……え……?」


 逃げなきゃ、と思った。


 でも、体が言うことをきかなかった。


 恐怖で、足が地面に縫い止められたみたいだった。


 三人はあっという間に司の前に立つ。


「よく、逃げなかったな。大人しくしてろよ」


 白髪交じりの男が、強い口調で言った。


 司は、どうすればいいのかわからず、ただ突っ立っていることしかできなかった。


「さて、一緒に来てもらおうか。なに、すぐに終わる」


 男がにやりと笑った、その瞬間。


 背後から、何かを頭に被せられた。


「え――」


 視界が、真っ暗になる。


 混乱する間もなく、今度は両手を後ろに回され、何かで縛られた。


「なにするの……やめて……離して……!」


 やっと身の危険を感じ、司は大声を上げた。


――その直後。


 後頭部に、強い衝撃。


 視界が白く弾け、司の意識は闇に沈んだ。

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