↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/7

第7話 うらぶれた元騎士と落ちこぼれ魔王娘 再戦3

 石窯と竈(かまど)を組んで火を熾すと、澄んだ小川から鍋で水を汲む。

 竈でくつくつと湯沸かししながら、黙々と調理を開始する。

 幾つかの料理の材料を革製の背嚢(バックパック)から取り出した。

 それをまじまじと見続けた魔王の娘は、興味本位で質問する。


「その白い丸いものは、小麦粉を水でこねたものだったな?」

「そうだ、パンの素だ」

「ぶどう汁を混ぜて放置すると、何故か膨らむものだな?」

「その通り。よく覚えているとは、見上げたものだ」


 裏表ないアルベルトが褒め称えると、はにかんだアイナは顔が綻ぶ。


「これを焼けば、外はカリカリ、中はふっくらもっちりだ」

「そうか……それは、良いものだな……」


 パンの素を平たい石台の上に乗せて、簡易的な石窯で焼き始めた。

 語彙力がないアイナは、何も考えずに食い入るように見つめた。


「さて、お次はコイツだ」

「むっ、これは……ジャガイモか!」


 大きな麻袋を紐解くは、大量に手に入れたジャガイモであった。

 アルベルトは出際よくジャガイモの芽を取り除き、ざっくりと角切りにすると、お湯を沸かした鍋に投下した。


「こ、これはどうなるのだ……?」

「それは、あとでのお楽しみだ」


 動揺するアイナに対してほくそ笑むアルベルトは、次から次への手順へ淀みなく進む。

 手馴れた様子で料理が捗るアルベルトを見入るアイナは、その姿を重ねてふと思い出した。 


「そういえば、騎士団の兵站部門で料理を担当していたな?」

「そうだ。まだ駆け出しで剣を持たされず、ただただしごかれたものだ」


 それからアルベルトは、料理を進めつつ、淡々と経緯を説明し始めた。

 若き頃は、騎士団として領民を守らんと躍起になっていたものだった。しかし貴族や上層部ばかりが贅沢な暮らしをしては、領民を軽んじ、騎士団の同僚や部下らも碌なものを食わされず、駒のように捨てられて困窮に瀕した有り様だったという。


「よって食材を存分に生かし、扱い方にも工夫を凝らして、生き抜く術を持つ他なかったのだ」

「そうか。騎士団の内情とは、醜くて無様なものなのだな……」


 真実を聞いた魔王の娘は、そう呟くと哀しくも寂しい顔をする。


「よし、できたぞ」


 茹でた後に軽く炒めたであろう淡黄色に帯びた料理を、木の皿の上に乗せて手渡しする。

 湯気が立つとともに、加えた腸詰の肉と仄かなハーブの香りが食欲を掻き立てる。


「な、なんだこれは?」

「これは“粉吹き芋”と呼ばれる代物だ」

「コフキイモ……しかしそのイモは、味気なく、えぐみがあったぞ」

「いや、ジャガイモは、それらを変えるために火を通すもの。茹でた後に湯を捨てて水気を切った芋とともに、ざっくりと刻んだ腸詰やバター、香辛料などを入れて軽く炒めた料理なのだ」


 岩塩をベースとしたシンプルな味つけは、バターを加えて乳脂の風味を引き立てている。ついでに味を調節するために香辛料(スパイス)や香草(ハーブ)などが入っている。また前段階として、既に石清水で丁寧に芋洗いし、毒素のあるジャガイモの芽や緑色の皮を、念には念を入れて取り除いてあることも忘れずに――と、アルベルトは、付け加えて説明する。


「これが、“粉吹き芋”か……」

「我が友・アイオロスによると『ジャーマンポテト』とも呼ばれているそうだ」


 他にも『ホームフライ』『ブラートカルトッフェルン』『ポム・ド・テール・ソテー』などと呼ばれているらしい。


「だがその料理名は、過去か未来か、どこも誰かも分からない」

「何故だ?」

「我が友・アイオロスは、風の賢者なのだ。賢者故に風の魔法を操って、世界中の全ての伝聞をかき集めることはできる。だが現在はもちろんのこと、過去か未来かまでは、どこも誰かも分からないのだ」

「そうなのか」

「まぁ、いい。まずは冷める前に食べるがいい」

「ううむ、では食すとするか……」


 魔王の娘がスプーンを手に取ると、恐る恐る“粉吹き芋”を口に運ぶ。

 すると粉吹いたジャガイモがふっくらと柔らかで、口の中に大地の豊潤さが広がった。


「なっ……なんだこれは!」


 魔王の娘は、大きな声を出すほどに驚嘆した。

 それ以上の声は出せず、ジャガイモばかりを貪るように一心不乱に食らいつく。


「まぁ、待て」

「待たずにはいられるか!」

「ソーセージと一緒に頬張れ……パンもあるぞ」

「う、うむ……」


 ごくりと喉が鳴り、心躍り、血が騒ぐ。

 粉吹き芋とソーセージを一緒に頬張って、さらにパンもかぶりつく。すると、肉汁の塊とバターのコク、塩味、炭水化物などが混然一体、様々な味が一気に雪崩込んできた。


「うあっ……なっ、なんだこれはーッ!!」


 それ以上、魔王の娘は斬撃を喰らったように、愕然として動けなくなっていた。

 料理を知ってしまった魔王の娘は、衝撃を受けた料理と同じ記憶を彷彿させたから。

 舞い戻るしか術はなく、魔物を狩っての生肉か、死肉を食う以外に他なかったのだ。


「これが、料理というものか……」

「そうだ」


 何も名もない小さな野辺で、二人で黙々と食べた。

 ふと足元を見やるに、慎ましやかで可憐な一輪の野花がほころんでいた。


「気付かなかった。ここに花が咲いていたとは……」


 魔王の娘・アイナは、そう呟いた。

 生き残る術として食への欲望しかなく、よって周囲を見失い、草花の存在すら忘れていたとは。

 食べ終わった後、肩を落とした魔王の娘は、茫然と項垂(うなだ)れた。


「どうした?」

「我は無知で言葉足らずだ……この表現を、何とすべきか」


 小さな花を指差した魔王の娘は、肩を震わせて呟いた。

 それを見たアルベルトは、思案してこう言った。


「そうだな。花を愛でるならば、可愛い、でいいんじゃないか?」

「かわいい……可愛い、か。うむ、そうか。実に可愛いぞ」


 そう言うとアイナは、両手と両膝を地にがっくりと崩れ落ちた。


「我の負けだ……」

「どうして」


 そうなると、アルベルトの方が困惑し、混乱した。

 料理して食べさせて、花を愛でただけであり、そのような必要があるのか窮した。


「我は無能だ……無能がゆえに存在意義がない」

「そうなのか?」


 振り返れば、過去の記憶がますます蘇る。

 他の兄弟姉妹たちよりも、脆弱で惰弱、能力が最も低い、魔王の子。

 落ちこぼれだと蔑まれ、辺境に追放されて百有余年。

 よって誰しもが知らぬ、誰しもが名もなき孤絶たる秘境の地。


「故に、我は『魔王の生贄(スケープゴート)』なのだ」


 魔王の生贄――魔王のみ使役できる秘術・傀儡(くぐつ)の烙印。

 それにより熾烈を極める戦場に駆り出され、屍(しかばね)となりて灰塵と帰す。

 魔王の王族中で最弱なる日陰者。名を授からず、存在が希薄ゆえ孤独な哀れな子。

 まるで踏みにじられて手捨てられた、ちっぽけで名もなき花のようだとアイナは言う。


「よって我は、我が父上の捨て駒に過ぎぬ……」


 惨めな姿を晒してまでも、大粒の涙をポロポロと零す。

 暴虐武人たる闇の眷属とはいえ、見た目は愛らしくあどけなさが残る。

 隔絶した故か、魔王の教育を受けることはなく、実に純粋無垢であった。


「そうか……俺と同じようなものだな」


 捨て駒を思い出したアルベルトは、熟考に熟考を重ねてこう言った。


「いや、アイナは『スケープゴート』などではない」

「……何故だ?」


 正直者のアルベルトは、真剣な眼差しで声を出して訴えた。


「貴様の頭にある角の形をよく見るに、山羊(ゴート)ではなく羊(シープ)だろう?」

「そう言われれば、そうだ」

「ならば『スケープゴート』ならぬ『スケープシープ』と呼ぶべきだ」


 アルベルトは、熟考に熟考を重ね過ぎた。なんでそう変な方向にばかり思い切りはよかったのか。


「ううむ、なるほど……いや、あれ? それは、ちょっと違うような?」


 首を傾げたアイナだったが、混乱と戸惑いを得ながらも許してしまった。

 そしてアルベルトは知らなかった。情報弱者ゆえに、魔王の生贄という呪術烙印であったことを。

 しかし追放されて百有余年。既に呪術烙印の時効が過ぎ去って、単に自己暗示による束縛であった。


「魔王の娘・アイナよ。間違いがあったのならば、すまない」

「いや……だが烙印の呪縛が解き放たれ、自由となれた気がする」


 そう言うと、堂々と姿勢を正し、心を込めてお辞儀する。

 ゆっくりと頭を上げると、頬がほんのりと緩んだ。それは笑顔と言えるだろうか。

 魔王の娘・アイナにとって、生まれて二度目の所作であった。


「だが、図らずも新しい烙印を貰っただけで嬉しいものだな」


 そうして魔王の娘は、『スケープシープ』という謎烙印となった。

 生まれ変わった気分で、心の底から喜んだ。


「新しい烙印を頂いたのだ。代わりと言ってはなんだが……」


 魔王の娘・アイナは、近くの山の麓にある森のさらに奥を指差した。


「そこに清らかな水の塊がそこにある。オマエにそれをやる」

「いいのか?」

「いい。我は魔族だ。魔族は清らかな水の塊などはいらない」


 アイナの水飲み場は、断崖にある洞窟の氷柱石(つららいし)の雫で喉を潤すという。

 邪を好む魔族にとって、清らかで聖なる水を好まないらしい。


「そうか……心ばかりで、申し訳ない」

「いえいえ、こちらこそかたじけない」

 

 二人ともに至っては、形あるもので心を示す面持ちである。

 贈答を以て礼儀となす。もしや育ちが良かったのだろうか。

 全く以て名状しがたいが、そういうことにしておこう。


「これで二勝二敗。引き分けだな」


 何故それが引き分けなのか。それは誰にも分からない。

 だがお互いの健闘を讃え合い、気分は晴れ晴れと清々しい。


「しかし接近戦だけでは通用しないと、俺は痛感した……」

「素材を調理によって変わる味を、我は知ってしまった……」


 お互いがお互いに意見交換し、次の目標を前向きにやり取りした。


「次の旅は、弓術とやらを研鑽しようと思う」

「では我は、調理とやらを探しに向かおうぞ」


 アルベルトは、経験のない弓矢の制作と狩りの練習へ。

 アイナは、未知への調理という渇望と探究心へ。

 人と魔族、道は違えど、同じくして空の下であった。

 いつもは厳格で顰めっ面なアイナが、不意に相好を崩してこう言った。


「では、また会おう!」


 よって、名もなき辺境による決闘は、これでお開きとなった。

 ひとまずはこれにて終了となります。

 でも、もしかしたら続きがあるかも知れません。ないかも知れません。

 その時はまた、是非とも応援を宜しくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。