第7話 うらぶれた元騎士と落ちこぼれ魔王娘 再戦3
石窯と竈を組んで火を熾すと、澄んだ小川から鍋で水を汲む。
竈でくつくつと湯沸かししながら、黙々と調理を開始する。
幾つかの料理の材料を革製の背嚢から取り出した。
それをまじまじと見続けた魔王の娘は、興味本位で質問する。
「その白い丸いものは、小麦粉を水でこねたものだったな?」
「そうだ、パンの素だ」
「ぶどう汁を混ぜて放置すると、何故か膨らむものだな?」
「その通り。よく覚えているとは、見上げたものだ」
裏表ないアルベルトが褒め称えると、はにかんだアイナは顔が綻ぶ。
「これを焼けば、外はカリカリ、中はふっくらもっちりだ」
「そうか……それは、良いものだな……」
パンの素を平たい石台の上に乗せて、簡易的な石窯で焼き始めた。
語彙力がないアイナは、何も考えずに食い入るように見つめた。
「さて、お次はコイツだ」
「むっ、これは……ジャガイモか!」
大きな麻袋を紐解くは、大量に手に入れたジャガイモであった。
アルベルトは出際よくジャガイモの芽を取り除き、ざっくりと角切りにすると、お湯を沸かした鍋に投下した。
「こ、これはどうなるのだ……?」
「それは、あとでのお楽しみだ」
動揺するアイナに対してほくそ笑むアルベルトは、次から次への手順へ淀みなく進む。
手馴れた様子で料理が捗るアルベルトを見入るアイナは、その姿を重ねてふと思い出した。
「そういえば、騎士団の兵站部門で料理を担当していたな?」
「そうだ。まだ駆け出しで剣を持たされず、ただただしごかれたものだ」
それからアルベルトは、料理を進めつつ、淡々と経緯を説明し始めた。
若き頃は、騎士団として領民を守らんと躍起になっていたものだった。しかし貴族や上層部ばかりが贅沢な暮らしをしては、領民を軽んじ、騎士団の同僚や部下らも碌なものを食わされず、駒のように捨てられて困窮に瀕した有り様だったという。
「よって食材を存分に生かし、扱い方にも工夫を凝らして、生き抜く術を持つ他なかったのだ」
「そうか。騎士団の内情とは、醜くて無様なものなのだな……」
真実を聞いた魔王の娘は、そう呟くと哀しくも寂しい顔をする。
「よし、できたぞ」
茹でた後に軽く炒めたであろう淡黄色に帯びた料理を、木の皿の上に乗せて手渡しする。
湯気が立つとともに、加えた腸詰の肉と仄かなハーブの香りが食欲を掻き立てる。
「な、なんだこれは?」
「これは“粉吹き芋”と呼ばれる代物だ」
「コフキイモ……しかしそのイモは、味気なく、えぐみがあったぞ」
「いや、ジャガイモは、それらを変えるために火を通すもの。茹でた後に湯を捨てて水気を切った芋とともに、ざっくりと刻んだ腸詰やバター、香辛料などを入れて軽く炒めた料理なのだ」
岩塩をベースとしたシンプルな味つけは、バターを加えて乳脂の風味を引き立てている。ついでに味を調節するために香辛料や香草などが入っている。また前段階として、既に石清水で丁寧に芋洗いし、毒素のあるジャガイモの芽や緑色の皮を、念には念を入れて取り除いてあることも忘れずに――と、アルベルトは、付け加えて説明する。
「これが、“粉吹き芋”か……」
「我が友・アイオロスによると『ジャーマンポテト』とも呼ばれているそうだ」
他にも『ホームフライ』『ブラートカルトッフェルン』『ポム・ド・テール・ソテー』などと呼ばれているらしい。
「だがその料理名は、過去か未来か、どこも誰かも分からない」
「何故だ?」
「我が友・アイオロスは、風の賢者なのだ。賢者故に風の魔法を操って、世界中の全ての伝聞をかき集めることはできる。だが現在はもちろんのこと、過去か未来かまでは、どこも誰かも分からないのだ」
「そうなのか」
「まぁ、いい。まずは冷める前に食べるがいい」
「ううむ、では食すとするか……」
魔王の娘がスプーンを手に取ると、恐る恐る“粉吹き芋”を口に運ぶ。
すると粉吹いたジャガイモがふっくらと柔らかで、口の中に大地の豊潤さが広がった。
「なっ……なんだこれは!」
魔王の娘は、大きな声を出すほどに驚嘆した。
それ以上の声は出せず、ジャガイモばかりを貪るように一心不乱に食らいつく。
「まぁ、待て」
「待たずにはいられるか!」
「ソーセージと一緒に頬張れ……パンもあるぞ」
「う、うむ……」
ごくりと喉が鳴り、心躍り、血が騒ぐ。
粉吹き芋とソーセージを一緒に頬張って、さらにパンもかぶりつく。すると、肉汁の塊とバターのコク、塩味、炭水化物などが混然一体、様々な味が一気に雪崩込んできた。
「うあっ……なっ、なんだこれはーッ!!」
それ以上、魔王の娘は斬撃を喰らったように、愕然として動けなくなっていた。
料理を知ってしまった魔王の娘は、衝撃を受けた料理と同じ記憶を彷彿させたから。
舞い戻るしか術はなく、魔物を狩っての生肉か、死肉を食う以外に他なかったのだ。
「これが、料理というものか……」
「そうだ」
何も名もない小さな野辺で、二人で黙々と食べた。
ふと足元を見やるに、慎ましやかで可憐な一輪の野花がほころんでいた。
「気付かなかった。ここに花が咲いていたとは……」
魔王の娘・アイナは、そう呟いた。
生き残る術として食への欲望しかなく、よって周囲を見失い、草花の存在すら忘れていたとは。
食べ終わった後、肩を落とした魔王の娘は、茫然と項垂れた。
「どうした?」
「我は無知で言葉足らずだ……この表現を、何とすべきか」
小さな花を指差した魔王の娘は、肩を震わせて呟いた。
それを見たアルベルトは、思案してこう言った。
「そうだな。花を愛でるならば、可愛い、でいいんじゃないか?」
「かわいい……可愛い、か。うむ、そうか。実に可愛いぞ」
そう言うとアイナは、両手と両膝を地にがっくりと崩れ落ちた。
「我の負けだ……」
「どうして」
そうなると、アルベルトの方が困惑し、混乱した。
料理して食べさせて、花を愛でただけであり、そのような必要があるのか窮した。
「我は無能だ……無能がゆえに存在意義がない」
「そうなのか?」
振り返れば、過去の記憶がますます蘇る。
他の兄弟姉妹たちよりも、脆弱で惰弱、能力が最も低い、魔王の子。
落ちこぼれだと蔑まれ、辺境に追放されて百有余年。
よって誰しもが知らぬ、誰しもが名もなき孤絶たる秘境の地。
「故に、我は『魔王の生贄』なのだ」
魔王の生贄――魔王のみ使役できる秘術・傀儡の烙印。
それにより熾烈を極める戦場に駆り出され、屍となりて灰塵と帰す。
魔王の王族中で最弱なる日陰者。名を授からず、存在が希薄ゆえ孤独な哀れな子。
まるで踏みにじられて手捨てられた、ちっぽけで名もなき花のようだとアイナは言う。
「よって我は、我が父上の捨て駒に過ぎぬ……」
惨めな姿を晒してまでも、大粒の涙をポロポロと零す。
暴虐武人たる闇の眷属とはいえ、見た目は愛らしくあどけなさが残る。
隔絶した故か、魔王の教育を受けることはなく、実に純粋無垢であった。
「そうか……俺と同じようなものだな」
捨て駒を思い出したアルベルトは、熟考に熟考を重ねてこう言った。
「いや、アイナは『スケープゴート』などではない」
「……何故だ?」
正直者のアルベルトは、真剣な眼差しで声を出して訴えた。
「貴様の頭にある角の形をよく見るに、山羊ではなく羊だろう?」
「そう言われれば、そうだ」
「ならば『スケープゴート』ならぬ『スケープシープ』と呼ぶべきだ」
アルベルトは、熟考に熟考を重ね過ぎた。なんでそう変な方向にばかり思い切りはよかったのか。
「ううむ、なるほど……いや、あれ? それは、ちょっと違うような?」
首を傾げたアイナだったが、混乱と戸惑いを得ながらも許してしまった。
そしてアルベルトは知らなかった。情報弱者ゆえに、魔王の生贄という呪術烙印であったことを。
しかし追放されて百有余年。既に呪術烙印の時効が過ぎ去って、単に自己暗示による束縛であった。
「魔王の娘・アイナよ。間違いがあったのならば、すまない」
「いや……だが烙印の呪縛が解き放たれ、自由となれた気がする」
そう言うと、堂々と姿勢を正し、心を込めてお辞儀する。
ゆっくりと頭を上げると、頬がほんのりと緩んだ。それは笑顔と言えるだろうか。
魔王の娘・アイナにとって、生まれて二度目の所作であった。
「だが、図らずも新しい烙印を貰っただけで嬉しいものだな」
そうして魔王の娘は、『スケープシープ』という謎烙印となった。
生まれ変わった気分で、心の底から喜んだ。
「新しい烙印を頂いたのだ。代わりと言ってはなんだが……」
魔王の娘・アイナは、近くの山の麓にある森のさらに奥を指差した。
「そこに清らかな水の塊がそこにある。オマエにそれをやる」
「いいのか?」
「いい。我は魔族だ。魔族は清らかな水の塊などはいらない」
アイナの水飲み場は、断崖にある洞窟の氷柱石の雫で喉を潤すという。
邪を好む魔族にとって、清らかで聖なる水を好まないらしい。
「そうか……心ばかりで、申し訳ない」
「いえいえ、こちらこそかたじけない」
二人ともに至っては、形あるもので心を示す面持ちである。
贈答を以て礼儀となす。もしや育ちが良かったのだろうか。
全く以て名状しがたいが、そういうことにしておこう。
「これで二勝二敗。引き分けだな」
何故それが引き分けなのか。それは誰にも分からない。
だがお互いの健闘を讃え合い、気分は晴れ晴れと清々しい。
「しかし接近戦だけでは通用しないと、俺は痛感した……」
「素材を調理によって変わる味を、我は知ってしまった……」
お互いがお互いに意見交換し、次の目標を前向きにやり取りした。
「次の旅は、弓術とやらを研鑽しようと思う」
「では我は、調理とやらを探しに向かおうぞ」
アルベルトは、経験のない弓矢の制作と狩りの練習へ。
アイナは、未知への調理という渇望と探究心へ。
人と魔族、道は違えど、同じくして空の下であった。
いつもは厳格で顰めっ面なアイナが、不意に相好を崩してこう言った。
「では、また会おう!」
よって、名もなき辺境による決闘は、これでお開きとなった。
ひとまずはこれにて終了となります。
でも、もしかしたら続きがあるかも知れません。ないかも知れません。
その時はまた、是非とも応援を宜しくお願いいたします。




