第5話 うらぶれた元騎士と落ちこぼれ魔王娘 再戦1
ここは剣と魔法が支配する、大冒険の幻想世界。
時代はまさに光と闇、黎明と黄昏が渦巻く混迷期であった。
寂寞たる不毛な荒野、鬱蒼と茂る大樹海、唸り猛る大海原。
全てがここに置いてある。誰しもが名もなき孤絶たる秘境の地。
さて、ここは最果て。誰しもが知らぬ名も無き辺境の地。
怪物どもが跋扈し、草の根も生えぬ不毛な地にて、魔族と人は対峙する。
「かような我が地にて、またもや人間……アルベルトがやってくるとは」
そう言うと、端麗で幼げな魔族の少女は、喉奥からコロコロと鳴く。
顔立ちは吊り目で、瞳の色は黄金色。銀髪の頭に生えた羊のツノ。
この少女の名は、魔王の娘・アイナ。
前回の決闘によって元騎士より名を頂いた、何事も真摯に向き合う健気な少女。
「魔王の娘・アイナよ、俺はこの地へ再び帰ってきたぞ」
屈強であり壮漢たる若者の名は、元騎士・アルベルト。
古ぼけた鎧を纏い、背中に帯刀するとともに、憤怒と悲哀を背負う男。
剣術の研鑽を重ねるため、幾つもの戦場を駆け抜けて、この地へと舞い戻ったのだ。
「ここは我が治める地――魔王の娘として、なさねばなるまい」
この少女、筋を通さねばならぬと、自らが名乗り出る。
理由は一つ。我が命を懸けてでも、魔族の領地を守るため。
胆力は紛れもなく、魔王の娘である。
「ならば今こそ、貴様を倒せねばなるまい」
魔族が目前に対すれば、決闘せねばならぬは世の定め。
奴こそが主君の仇。ここで会ったが百年目。是が非でも倒さねばならぬ。
そう若者は、再び決心した。
彼の表情は、いつも険しい。安寧や復讐など殊更はなし。
ただただ生き残るため。一所懸命であり、真剣そのものである。
「前よりもまして、かなり鍛え抜かれた勇猛とお見受けした」
悲壮を抱えるも雄々しい姿を以て、克服たる屈強な戦士と感じ取ったか。
魔王の娘と目される少女は、若者を推し量らんと牽制として探りを入れる。
「さて、アルベルトよ。最近の調子はどうだ?」
だが魔王の娘・アイナは、途方もないほどに口下手である。
よって苦し紛れに窮した結果、単なる世間話となってしまった。
「ううむ、ぼちぼち……だな」
アルベルトは不器用な男だったので、お決まりコテコテの定型文になってしまった。
だがそのままでは忍びないので、アルベルトは近況を淡々と語り始めた。
「そういえば……アイナに貰った、古びた石積みの小屋があっただろう?」
「ああ、アレはよく分からなかった。小屋というちっぽけな造形物であったな」
魔王の娘は、知らなかった。小屋とは人間の住処だということを。
人間が何かを作ったものだとは知っていたが、それ以上の興味はなかったからだ。
「その周辺を散策してみたところ、大猪が大量に出没していてな」
「ふむ……オオイノシシとな?」
「罠を仕掛ければ、捕らえることが出来て、料理すれば美味い食材となる」
「な、なんと……そんなところにこのようなものがあるのか!」
魔王の娘は、知らなかった。猪という生き物が豊富に生息していたことを。
山の麓にある森の中は、静謐さであり空虚、大人しく弱い生物だと思っていた。
彼女にとって跋扈する怪物どもは、狡猾にして獰猛、害意としか思いも寄らず。
よって強襲する怪物どもを返り討ちにしては、渋々に血肉を喰らう他なかったのである。
「さらにな、小屋の中に石うすが添えてあった」
「石うすとは、なんだ?」
「石うすとは、上下に筒状で重ねた重い石だ。その石と石の間に穀物を入れ、回して、すりつぶして、粉にできる。言わば、製粉用の道具なのだ」
「ふぅむ、そうか。アルベルトよ」
「なんだ?」
「無知な我にこんなに分かりやすい説明、ご丁寧にありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
返礼する時は、何故か双方ともにいつも丁寧であった。
「それでな、ならばと周辺をさらに探索してみたら、荒れ果てた小さな畑をみつけた」
「はたけ……?」
「そうだ。そこに乏しいながらも、小麦が存在していたのだ」
「むっ、小麦とな!? それはもしや、白くて丸い……アレか?!」
「そうだ。アレだ」
白くて丸いアレとは、天然の酵母の働きを助けて発酵となるパン種である。
ぶどう液を用いれば、柔らかで甘みのある風味豊かなパンに仕上げる材料となる。
だがこの説明は、誰しもがわからない。現在か、過去か未来かの話である。
「アレは、アレだ。美味いヤツだな……」
「そうだ。だからさらに土地を開墾して、小麦を育ててやろうと思う」
アイナは想像するだけで涎が出そうなるも、必死に我慢した。
それだけ思い出すほどに、言葉が出せないくらいに欲しくなる食べ物であった。
「そうだったか。なれば次は、我が近況報告の番である」
「では、聞くとしようか」
元騎士・アルベルトは、口下手なアイナを丁重に引き受ける。
魔王の娘・アイナは、純朴な面持ちで素直に近況を明かすこととなった。
「前回の約束を誓ったことは、覚えているか?」
「ああ、貴様の言う『未知の食材を探す旅』だったな」
「そうだ。そこで探索しようと海辺を散策していたら、難破船をみつけてな」
「難破船?」
「ああ。それでな、これをみてくれ」
「これは……?」
大きな麻袋の中であろう異質物は、ごつごつとした形状であり、かなり多く重い。
恐る恐るアルベルトは、麻袋の紐を解いて袋口を開いてみた。
「ムムッ、これはもしやジャガイモ……!」
「ジャガイモ?」
「そうだ。我が友・アイオロスに教えて貰ったことがあるのだ」
元騎士・アルベルトは、淡々と語る。
我が友・アイオロスからの伝聞によると、以下のようである。
ジャガイモとは、地下にある茎の先端が栄養分によって蓄えられ、肥大化した野菜だという。
それは茎が変化したもので『塊茎』と呼ばれており、土の中でも根ではなく茎だそうだ。
原産地は、不明。但し名前の由来は、『ジャカルタから来たイモ』だとアイオロスは言う。
「ジャカルタ、とな。聞いたことのない地名だ」
「そうだ。だが――」
アイオロスは、賢者故に風の魔法を操って、世界中の全ての伝聞をかき集めることはできる。
しかし現在はもちろんのこと、過去か未来かまでも、全てがどこかも何もかもが分からないのだ。
「ふぅむ……ともあれ、これは野菜なるものなのか」
「そうだ。よって、これは野菜であり食べ物である」
「ううむ、これが食べ物……か」
しかし、魔王の娘・アイナは、当惑したように眉根を寄せた。
「さして不味くもないのだが、美味いかどうかと問われると、困る」
魔王の娘は、まるで悪びれない。
調理など必要がないかのように、平然と言ってのけた。
「もしや……味付けもせずに、生のままで齧ったのか?」
突然の反応に軽く驚いたアルベルトも、つい問い返した。
面食らった魔王の娘は、さらに狼狽えがちな顔で首を傾げた。
「う、うむ、生で齧ったのだが……我は、間違っていたのだろうか?」
「悪くはないが、ジャガイモの生を食べると味気ないだろう?」
「そうか。ジャガイモって、そういうものなんだ……」
魔王の娘は、愕然とした様子で顔を蒼褪めた。
自らの無知蒙昧にも程がある。実にしょんぼりである。
「我は、またもや無知であったか……」
「そうだな……だが、それはそれでよし」
間違いは誰にでもある。鷹揚なアルベルトは、気にも留めなかった。
魔族を知る術はなく、人間も情報など何ら持たない時代なのだ。
「そういうものか?」
「そういうものだ」
その一言で、とりあえず場を収まった。
「ならば、オマエにこれをやろう」
恩義を感じ入ったアイナは、ジャガイモなる大きな麻袋ごと食料を手渡した。
「いいのか?」
「色々と説明してくれた、お礼である」
ジャガイモを受け取ったアルベルトは、謝意とともに仰々しく頭を下げた。
「これはこれはご丁寧に。どうもありがとうございます」
「いえいえこちらこそ、いつもいつも申し訳ないです」
二人とも至って真面目であり、そして真剣な面持ちであった。
何故だかは分からないが、なんだかんだで物腰が柔らかである。
「だとしても、敵と味方では、戦わざるを得ない状況だ」
「うむ、そのようだな」
人と魔族が敵対する場合、決して決闘せねばならない。
百数年前に決められた掟――誓約であった。
よって、元騎士・アルベルトと魔王の娘・アイナとの決闘である。
「貴様の武器は、確か徒手空拳だったな?」
「うむ。我は、素手でしか能がないのだ」
アルベルトは背負った大剣を抜き、魔王の娘は拳闘の型で構えた。
「では死合おうか」
「うむ、死合おう」
そういうことになった。




