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サマースクール5日目を終えて、明日明後日と自由日だ。
明日明後日は休日みたいなもので観光してもいいし、ホテルでゆっくり休んでもいいらしい。
今日のサマースクールの内容がカヌーからの2時間ハイキングというとてつもないハードな1日で誰もがクタクタだった。
とりあえず、明日は午前中はゆっくりして午後からどうするかフィリアとリラと3人でお茶でも飲みながら考えようという事になった。
ホテルに帰り、疲れすぎておいしくて楽しみにしていた食事もほとんど喉を通らず、お風呂に入ると泥の様に眠った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目を覚ませば、窓の外は建物の電気ひとつ付いていなかった。
夢も見ないくらい深い眠りについていた様だ。
倦怠感はあるが、寝る前の疲れと体の重さを比べたらだいぶ回復しているのが分かる。
時計を見れば、午前2時。変な時間に起きちゃった。
二度寝しようと思ったけど、晩御飯をあまり食べなかったせいかお腹が空いて寝れそうにない。
使用人を呼べば何か出してくれそうだけど、こんな夜中に起こすのは非常識だし可哀想だ。
考えた結果、厨房に行ったらもしかしたら誰かいて運が良ければ何か食べれるかもしれない!と、思い私はホテルの厨房へと向かった。
静かな廊下を通り、厨房に着けば灯りが付いていた。
よかった、まだ人がいるみたい。
少し早足で厨房に行けば、甘い美味しそうな香りがした。
その香りにお腹の虫は元気に鳴る。
厨房を覗くと、そこには見覚えのある小さな背中があった。
赤い髪を一つに束ね、何かを泡立て器で一生懸命に混ぜる少し猫背な女の子…そう、サマースクールに参加していたりんごちゃんの姿がそこにあった。
なんで彼女がこんな夜中に厨房に?
?が頭にたくさん浮かびボーッとしてると、厨房の入り口の扉に思いっきり当たってしまい大きな音が鳴る。その音に肩を大きく跳ねたあと勢いよくりんごちゃんはその方を見た。
目が合えば、りんごちゃんは目を見開き黄緑色の丸い瞳を揺らしながら“え、ラナミア様が…どうして…”と、明らかに動揺している様だった。
「驚かせてしまってごめんなさい。お腹が空いてしまい、何か軽食があればと思い厨房に来てみましたの。」
そう、笑顔を作って言ってみるが彼女はまだ動揺している様子だ。
りんごちゃんとは今まで全く接点がなく話しかけられず仲良くなれなかったのよね。これって仲良くなるチャンスだわ。
私は厨房に入り、彼女に近づく。近づくたびにどんどん彼女が萎縮していくのが分かった。
私が悪役顔だから怯えているのかしら?確かに初対面からしたらこの吊り目のキツい顔は怖いかもしれない。
私はなるべく笑顔で無害アピールをしながら近づく。
えっと…名前は確か…
「メリア様はどうしてこんな夜遅くにこの場所に?」
そう聞けば、目を泳がせメリア様は言葉に詰まる。
ふと、メリア様の奥の作業台に目をやれば美味しそうな市松模様のクッキーが並べられていた。
なんて美味しそうなの!
そう思っていれば、腹の虫が元気に鳴いた。恥ずかしい。
照れ笑いをしていれば、メリア様が“あ、あのもしよろしければお召し上がりになりますか?”と、クッキーを差し出す。
「頂いてもいいのですか?!とても嬉しいです!」
「そんな大層なものではないのですが…」
市松模様のクッキーを受け取り、口に入れれば優しい甘さとバターの風味が広がりバニラの風味が鼻から抜ける。
クッキーはサクサクだけど口の中でホロリとほどける。
こんなに美味しいクッキー、現世でも前世でも食べた事ない!
美味しすぎて無意識に手が止まらずクッキーを口に放り込んでいく。クッキーが半分くらい無くなったところで我に返ってメリア様を見れば、目を見開き固まっている。ヤバい、ドン引きされた。
そりゃそうだ、人のものを半分も勝手に食べる奴なんて普通に常識のないヤバい奴だ。
「ごめんなさい!とても美味しくて夢中で食べてしまいましたわ…こんなに美味しいクッキー初めて食べましたわ。どこのお店のものですの?!」
そう、勢い余ってメリア様に詰め寄る。
メリア様は私と目を合わせない様に下を向きながら焦った様子で答える。
「も、申し訳ありません。わ、私が作った物ですので、ど、どこにも売っておりません…」
「え、これをメリア様が…?」
「は、はい…」
もう一度クッキーを見ても、とても綺麗に作られていて、見た目・味共に一流のパティスリーに並んでいてもおかしくないレベルだ。
「こんなに素敵なお菓子を作れるだなんて…とても素晴らしいですわ!」
そう言って、メリア様の手を握れば彼女は顔を赤くする。
「そんな事言われたの初めてです…」
「え、本当ですの。ご家族は何も仰りませんの?」
「はい、家族には不評であまり食べてもらえませんので…」
彼女は暗く悲しそうな顔をした。
「こんなに美味しくて、暖かくてホッとするお菓子をあまり食べないなんて勿体無いですわね!それに、不評なのが理解できませんわ。私だったら毎日でも食べたいくらいですわ!」
お店でもなかなか食べられないくらいのレベルなのに、どうしてご家族は食べないのなかしら…甘いものが苦手とかなのかしら?
だったら私が代わりに食べてあげたいくらいだわ。
「嬉しいです…私もこの味とても好きなのでそう言って頂ける方が居て。」
メリア様は黄緑色の瞳を潤ませながらあどけなく笑った。
メリア様が笑った顔をサマースクールに参加してから初めて見た。
いつも暗く沈み不安そうな表情をしていたので、そのあどけない笑顔はとても愛らしくて胸がときめいた。もっと仲良くなりたいな。
「あ、あの。もしメリア様が嫌でなければこのクッキーのレシピ教えていただけませんか?」
彼女はその言葉に目を見開き驚いた表情を浮かべたが、目を三日月型にし微笑み“はい、私なんかでよろしければ。”と、明るく答えた。
最近更新が遅くてすみません。しばらく2日1話更新になりそうです。よろしくお願いします。