「崩壊」
真っ暗だ…。
どこだ…?
体が動かない。
─ …ろー!
何だ?
─ …きーろー!
黄色…?
─ おーきーろー!!
Oh黄色?OK牧場?ガッツ?
─ 起きろ!!
起きろ?どこ?僕?起きてるし。
─ 起きろーーー!!
うるさいなー。
「起きてるよ!」
自分の声で目覚めた。
そこは、見覚えのある場所。最悪だ。
此処は新宿の公衆トイレじゃないか。
臭い。こんな臭い所で横たわってたと思うと…まじで最悪だ。
─ やっと起きた!
「えっと…どうなったんだ?」
─ 君は記憶のサンクチュアリを破壊しちゃったみたいだね。
「…破壊…」
─ 最後のリミット・ダウンが終わったのに、私の状態が変わってないってことは…私の解放はまだ…みたいね。
「リミット・ダウン…」
おもむろに腕を見る。腕にはrest:1
とだけ浮き出ている。
「なぁ…最後のリミット・ダウンだったんだろ?何で1のままなんだ?」
─ 私がわかるわけないでしょ!私だって解放されてないんだから、私のほうが聞きたいくらいよ!
「…そか…。」
そうだ、携帯。
1998年8月26日7時42分
「1分後…。」
「ドアは…」
─ 見てみなさいよ!綺麗さっぱりドアが消えちゃったじゃないの!
本当だ。今まであったはずのドアがない。
本来個室トイレはこうだと言わんばかりの壁になってる。
「消えちゃったね。」
─ 「消しちゃったね。」でしょ。
しかし、rest:1は残っている。
「そうだ。T.Hを…」
─ どうなっても知らないよ?
記憶は全て戻っている。大丈夫だ。
待てよ。記憶が全て戻っている。金もあるはずだ。このまま生きたら、僕凄い勝ち組じゃないの?T.Hは使わずにタトゥーだとか、痣なんだよね。とか言ってごまかしてたら、やり過ごせるはず。
─ …助けに…行かないの?
僕はハッとした。腕に全て見抜かれてる。
「いや…ほら…なんか…」
─ さっきの言葉は一時の感情かぁ。人間だものね。土壇場で後悔して叫んだ所で、身の安全が保障されちゃったら、わざわざ危険をおかしてまで後悔を修正しに行ったりしないわよね。
「あぁ…そ…そうね。」
いかん。すっかり心の内を読まれてる。
─ でもね、私も解放されたいんだ。君が解放してくれないと、ずっとこのままなんだよね。こうして外の世界を見れるのはいいんだけど、長くひとりで漂ってると、色々考えちゃってね。
─ そのうち考える事もやめちゃって…。そして…ただただ解放される瞬間だけを心待ちにしてたの。
「どれだけ長いこと漂ってたんだよ?」
─ わかんない。考えたこともない。
「時間の神が時間わからないとか…。」
─ 時間なんて記憶の集合体よ。君もクロノスになれば、その「無意味」さに気付くのよ。
─ とは言っても、あそこ壊しちゃったしね~。本当にどうなるのかしら。
─ 腕、飽きちゃったから移動するわね。
「え?」
クロノスはそう言うと少しの間おとなしくなった。
ドクン、ドクンと心臓の音が聞こえる。
腕を見るとrest:1の文字が移動している。き…きもい。
「そうか、restはお前なんだな。」
─ …。
rest:1の文字が腕から肩、そして胸、それから上に上って首まで来て見えなくなった。
「ちょ、顔はやめろ」
手洗い場に走り、水垢で汚れた鏡を見る。
文字は顎を超え、更に上を目指す。
鼻を超え、額に止まった瞬間、景色が変わる。
「な…なんだ?」
辺りは焼け野原。古い家屋と思わしき建造物の残骸。そしてこの臭いは…なんだ。あの公衆トイレとは比較にならない不愉快さだ。
僕は辺りを見回す。そして、足元に腐敗した人の死体。しかも、だいぶ抉られてる。
「うわああああああ!!」
何だ此処何だここなんだここなんだここ
空は真っ赤に燃えている。空が鳴いている。
轟音が近づく。飛行機…か?
飛行機と思われる物体が凄い勢いで近づく。
そして「なんだ?」と考えているうちに、物凄い爆発音と爆風が襲ってくる。
「あああああああああああああ!」
光と熱に包まれる。僕の体が溶けていく感覚だ。痛い。熱い。
─ リンクしちゃったね。
その言葉で景色が戻る。額の文字は頬に移動している。
「何だ今のは!」
─ 私の記憶かな。
私の記憶って、ありゃどう考えても戦時中だ。
「あの記憶の頃、生きてたのか?」
─ そうだねー。あの後も生きてたよ。ていうか、今も生きてますし。
あぁそうだ。死んでないんだった。
─ 戦争が終わった日だったかなぁ。瓦礫の中でドアを見つけたんだっけ。
「終戦記念日…」
終戦記念日だって…?大東亜戦争の終戦は確か1945年8月15日…。その日にドアを見つけたって事は…今年は1998年…。
「約53年くらい漂ってたって事!?」
─ うーん…そういう事なのかなぁ?
「僕もクロノスになったら、そんな長いこと漂う事になるのか?」
─ どうかなぁ?運もあるからね。
─ 私がタイム・ハッカーだった頃のクロノスは、400年待ったみたいだったし…。
「400年!!!?」
─ だから、彼に比べたら私は早い方だっただろうね。…とは言っても、それでも長かったけどね。
「なぁ…。俺もそれをやるのか…?」
─ 本来ならね。
「本来…なら…か。」
─ どうなるのか私にはもうわからないよ。
「そうか…」
文字はまた移動を始め、鎖骨のあたりで落ち着いた。
─ ここでいいや。
「腕に戻れよ…」
─ 腕狭くて飽きちゃったんだもの。
「どこが広くて狭いとかあるのか…」
─ ねぇ、さっきリンクした時…
─ 私も見えたんだ。
─ あの子可愛いかったね。
瞬間的に「あの子」が誰のことかわかり焦った。どこまで見られた?全部見られたのか?
「…どこまで見た…?」
─ 彼女が走って出て行ったとこ。
─ あの子亡くなっちゃたのね。
「…うん。」
「事故だったんだ…」
ずっと後悔してたんだ。もしもあの時、喧嘩なんかしなかったらって。泣き顔で出て行く君の腕を、ちゃんと掴んでいたらって。
─ 行こうよ。君に会いたがってるよ。
「…。」
「そうだね。」
こうする為に、戻ってきたんだ。
「行こう。」
あの日を思い出す。鎖骨の下に数字が浮かび上がる。
僕はその数字に手をかざす。
今でも君の顔、ちゃんと思い出せる。
思い出すだけじゃない。
今の僕は、君を救える。
大きく息を吸う。
吐き出した息は、音となって世界と繋がる。
「T.H.E.R.E」
優しい光が、僕を包んでいった。
1996年12月24日 19時18分
「ここは…」
覚えてる。
「懐かしいな…」
もうすぐ彼女はここに来る。約束の時間まであと12分。
そして喧嘩をする。
怒った彼女は、走り出す。
交差点に差し掛かった時、
信号無視した車にはねられ即死。
全て、僕の見てる前で起こった事だ。
喧嘩の原因は、僕が彼女へのプレゼントを忘れてきたことから始まる。
もともと、時間にルーズなところがあって、よく彼女を待たせた事もあった。それに、忘れ物をする事が多かった。
家を出て、ひとつ忘れ物に気付いて取りに戻ると、あれも忘れてたし、これも忘れてた。なんてことはよくあった。
そんな僕が、約束の時間より前に待ってた。
だけど、プレゼント…忘れちゃったんだよな。
本当は、ここで待ってる時、忘れた事に気付いてたんだよな。
だけど、僕は…開き直った。
いつも、忘れ物してるのを知ってる彼女だから、今日も忘れちゃった。で許してくれると思った。最悪だろ?
そんな思い上がりが、取り返しの付かない事態を招くんだよ。
家まで往復で40分。家に帰ればプレゼントはある。しかし…待ち合わせには遅れる。
あの日僕は、待ち合わせには遅れなかった。
だけど、今日、待ち合わせに遅れたらどうなる?
考えろ。何か方法があるはずだ。
そうだ、金…金ならある。
あの時、学生の僕はたいした金額もなく、プレゼントを買いなおす事もできなかった。
だけど、今はできるはず。
が…財布がない!いつからないんだよ。どこに落とした?忘れた?くそ!現在点の家か。
戻ることもできない。
もう、選択の余地はない。
僕は、全力でプレゼントのある家まで走った。
運動は嫌いだ。
走る事も嫌いだ。
疲れるし、汗をかく。息も上がるし、自分を追い詰めるような気がして好きじゃなかった。
だけど、君の為に走った。
全力で…。
時間は刻々と過ぎていく。
携帯の表示は…
1996年12月24日 19時30分
くそ!待ち合わせの時間だ。こんな事になるならT.Hの時間を今日の朝にするべきだった。
今となっては、どうにも出来ないが。
行き場のない怒りを押し殺して、走る。
1996年12月24日 19時42分
やっと、家に着いた。両親がご飯を食べている。
『あら?今日は遅くなるんじゃなかったの~?ホラホラ!彼女とデートだったんでしょ~?』
「うん。すぐ出る。またね」
僕は自分の部屋へ走り、プレゼントを探す。
置いてる場所は…覚えてる。
「あった!」
中身も覚えている。この日の為に、夜バイトして貯めたんだ。
そして、僕はまた走り出した。
携帯の表示は
1996年12月24日 19時44分
もう14分過ぎてる。こっから走って何分遅刻するん…いや、考えるな。考えてるうちにもっと早く走れ。
早く。
もっと早く。
肺が苦しい。
足も痛い。
心臓がバクバクと音を立て
汗はシャワーを浴びた後のように滴る。
辛い。
苦しい。
だけど…
君がいない人生の方が、もっと苦しかった。
だからもっと早く走れるはずだ。
そして、ぼんやりと待ち合わせ場所が見えてきた。
1996年12月24日 20時00分
待ち合わせ場所の時計が20時を告げる。
彼女は…・・・?
いない?
間に合わなかった。
「何でだ!」
僕は地べたに崩れ落ちた。
『何でだ!じゃないでしょ!何分待たせるのよ!!』
時計の裏…。
「生きてる!間に合った!間に合ったあああああああ!!!」
『ハァ…?間に合ってないわよ!バカ!30分も待たせた上に間に合ったとか…ばっかじゃないの!』
「ごめん、これを取りに戻ってたんだ。」
そう言って、僕はプレゼントを彼女に渡す。
『プレゼント…?ありがとう。でも取りに戻ってたって、忘れてきたって事ー?』
「うん。」
『もー信じらんない!』
「…ごめんな」
色んな思いの詰まった「ごめんな」だった。
『…ったく、しょうがないなー。今日はこのプレゼントに免じてそなたを許してやろではないかー!』
「なにゆえ将軍…」
そして僕は、彼女とのクリスマスを無事に凄すことができた。
不安が消えたわけではなかったから、彼女の家まで送ることにした。
─ そろそろ時間だよ…。
僕は、この場所に留まっていたかった。現在点に戻ったら、死んじゃうんだろ?仮に死ななかったとしても、向こうの世界に彼女が居るとも限らないじゃないか。
だったら、此処で…
いや…よそう。
帰ろう。これで良かったんだ。
彼女が近づいて、僕の背中に頭をくっつける。
『ありがとう』
「え…?」
『なんとなく、わかるよ。』
『うまく言えないけど、わかる』
『だから、ありがとうね。』
「うん…」
それで十分だった。僕は震える唇で、彼女に告げた。
「じゃあ、また明日な。」
『うん。またね。』
そう言って、彼女は家の中へ。
体が震えてる。
そりゃそうか。これで死ぬかもしれないんだもんなぁ。
ただ、彼女を救えたという気持ちだけは、強く心の中で響いていた。
「なぁ、クロノス」
─ 何?
「お前、最後はどんな気持ちだった?」
─ 別に。
「なっ、教えたっていいじゃねーかよ。」
─ 後悔を全て修正したから、当然の報いだと受け止めた。
「そか。大人だなぁ。」
ねぇ、クロノス。僕は、受け止められないよ。それでも受け止めなきゃ先に進めないんだろ?こうなるのは最初の「選択」でもう決まっていたんだろ?
おそらく未来に彼女は生きているだろう。
だけど、そこに僕はいないんだろう。
そして、クロノスは解放されるんだろう。
両親は、悲しむ…よな。
彼女は、どう思うんだろう?
僕が彼女を想ったように、
彼女も僕を想って生きるんだろうか?
後悔は、まだ沢山残ってる。
おばあちゃん、救えなかったな。
結局僕は、彼女しか救えなかった。
─ 泣いてるの?
「泣いて…ない…」
死にたくない。
だけど、進まなきゃいけない。
震える声で…小さく響いた、最後の
「リミット・ダウン」
そして、世界は崩壊していく。
restは「0」になった。
─ 解放してくれて…ありがとう。
どれ程時間が過ぎたのだろうか。
─ 無音だ。─
誰の下でも例外なく過ぎる「時間」の波は、最早僕は感じる事ができない。
そうだな…例えるなら「宇宙」といったところ…なのかな? 行った事など当然ないが、おおよそイメージとして、きっと宇宙もこんな感じなんだろう。
僕が破壊したはずの「記憶のサンクチュアリ」は、僕のrestが0になることで、再生を果たした。
あのサンクチュアリは「あいつ」自身のサンクチュアリだったって事だ。
真っ白だ。
どれくらい漂ってるのか、もうわからない。
だけど…
感じる…。
誰かが、ドアを開けようとしている。
そして、ドアが開かれ、ドアが消える。
一人の女が横たわっている。
どこか…見覚えのある顔だ。
あぁ…間違いない。彼女だ。
しばらくして、女は目を覚ます。
『此処は…どこ…』
─ 記憶のサンクチュアリさ。
『誰!?』
─ 僕の名前はクロノス。時間の神だ。
─ 完 ─




