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サンクチュアリ  作者: 雨乃寂
4/6

「抵抗」

「なぁクロノス。T.H.E.R.Eってどういう意味なんだ?」


 ─ Time Hack Exploit Restore Event。


 「うげー。僕、英語苦手だから意味わかんないよ。」


 ─ 人間の脳は今までの事、全て記憶しているの。ただ、みんなその「覚えている事」を忘れていくのよ。だけど、脳はちゃんと覚えてる。君が思い出せなくても…本来、脳はちゃんと思い出せる。


 「未来は?」


 ─ 行けない。


 ─ 自分の現在点より未来には行けないの。


 「時間の神なのに?」


 ─ …。


 「まぁいいや。過去をやりなおせれば十分だ。」


 そして、僕は思いつく限り過去を修正する。

ナンバーズ。ギャンブル。金を生むように、時間を巻き戻す。


 「リミット・ダウン」


 「いやいや今回も稼いだね~。ひーふーみーよー。んー。ざっと8億くらいか?笑いが止まんねっすぅ~先輩~!」


 ─ 8回目だよ。


 「8回目~?何が~?」


 ─ リミット・ダウン。次が最後よ。


 「ん~。次が最後?まじかー。早すぎ!もっと堪能したいよ~。」


 ─ 色々忘れちゃったね。


 「何か忘れ物した?」


 ─ 次が最後だよ。


 「次が終わったら、どうなるんだっけ?クロノスが消えて、はいさようなら~。だっけ?」


 ─ うん。私は消えちゃうね。


 「そっか~。短い付き合いだったが良い思いをさせてもらった!まぁ消えちゃっても元気でね~。」


 ─ 最後の前に、私は私の役目をしなきゃね。


 「役目~?時間移動させるのが役目でしょ?」


 ─ もうひとつ役目があるの。


 「何~?」


 ─ 君が失った記憶を、君に教えてあげるの。


 「あぁそんな役目があるのね。神も大変だね~。」


 ─ 知りたい?


 「う~ん。てか、失った記憶って何?てかぶっちゃけどうでもいいかな~。忘れたって事はどうせたいした事じゃないんでしょ。金もあるしこれから思い出いっぱい作っていけばいいじゃない?」


 ─ まぁ、そうなるよね。


 ─ でも、私は君に教えなきゃいけない。


 「あっそぅ。ま、いいや。で、僕は何の記憶を失くしたの?どーせ、しょーもない記憶でしょ?」


 ─ 教えるね。君が失くした記憶は…


 ─ 働くという記憶。


 「働く?何それ。お金こんなにいっぱいあるんだし働く必要ないじゃん。やっぱり、どうでもいい記憶だよ。」


 ─ 眠るという記憶。


 「眠る?なんだっけそれ?」


 ─ 食べるという記憶。


 「食べるって何だ?確かに腹は減ってるんだが…食べるって何だっけ?」


 ─ 人を愛するという記憶。


 「愛?何それ。好きと違うの?」


 ─ 好きは覚えてるのね。


 「愛?う~ん。なんか昔、彼女いたような記憶あるんだけど、愛ってなんだっけ?まぁ今彼女がいるわけじゃないし~愛も必要ないなっ!」


 ─ その彼女との記憶。


 「え、だって終わった彼女でしょ?覚えててもしょうがないじゃん。未練タラタラみたいで気持ち悪いでしょ?うん、それも必要ないね。」


 ─ 両親との記憶。


 「両親?親…?親……。覚えてない。そもそも親って何だ?」


 ─ あと…これが君が一番最初に消された記憶なんだけど…


 「何?」


─ rest:0で死ぬということ。


 「死ぬ?僕が?ありえないし!めっちゃ元気だし死ぬわけないし。」


 ─ 厳密には、死なないよ。生きてる。


 「だろ?こんなに元気なのに死ぬわけがないじゃん!」


 ─ ただ、この世界にとって、あの状態は「死」と同等。


 「…どういうことだ…?」


 ─ そして2回目に消された記憶。


 「何…?」


 ─ リミット・ダウンで「記憶が消される」という記憶。


 「おい!それどういう意味だ!教えろ!」


 ─ 記憶は人間にとって大事なもの。その大事な記憶が消されるとわかっていたら、躊躇してしまうでしょ?そういう戸惑いは、タイム・ハッカーには必要ないって事。


 「お前が…消したのか…?」


 ─ 違うわよ。私じゃない。私はただ、君の「能力」として使われただけ。


 「お前が消したんじゃなけりゃ、誰が消したって言うんだよ!お前は神だろ!」


 ─ そうね…私より偉い神とでも言えばいい?


 「んな話信じられるか!」


 ─ そもそも、今君が体験してる事からして、非現実的だってことは理解してるわよね?


 僕は完全に言葉を失ってしまった。確かに、過去に戻って、言わば「自分の歴史を捻じ曲げてきた」この事実。

 こんな非現実が罷り通る「現実」に直面しているというのに「そこ」だけ否定するのは虫がよすぎる。そんな事はわかっている。わかっているが、否定したい。


 「だけど…」


 言葉が出ない。


 ─ 次のリミット・ダウンで、君は死ぬ。

最後の1回、よく考えて使う事ね。


 腕に浮き出ている「rest:1」これが0になったら僕が死ぬだと?ありえない。人間誰しも少なからず「自分は大丈夫」とか「自分は特別」とか、そういう根拠のない自信っていうか、何と言うか、そういうの思うだろ?どう考えても、死ぬとかありえない。


 そもそも、死んでしまったら…こんな金、あっても意味がない。


 ─ やっと気付いた?自分がどれだけ愚かに身を削ってきたか。


 「ふざけんな。僕は死なない。」


 ─ 無理よ。抗えないの。


 「ふざけんな!まだ19歳だぞ!まだ何もやりきってない!」


 ─ じゃあ君は何がしたいの?


 …また論破だ。何がしたいかなんて、これから探していくもんだろ。そうやって進んでくのが人生じゃねーのかよ…。


 「なぁ…そういえば、次のクロノスになる…とか言ってたよな…。」


 ─ 覚えてたんだ?


 「てことは、お前、クロノスになる前は…

タイム・ハッカーだったのか…?」


 ─ そうよ。


 「お前もこれを経験したの…か?」


 ─ そうね。私の場合は、君とは違ってお金には使わなかったわね。自分の後悔を修正してきたわ。


 「どうして…そうできたんだ?」


 ─ 私の時のクロノスがちゃんと説明してくれたから…かな?理解に時間はかからなかったわね。


 「くそっ!なんでちゃんと説明してくれなかったんだよ!」


 ─ 私はちゃんと説明したわよ。君が理解できなかっただけでしょ。


 「抗えない…の?」


 ─ 無理。


 「どうやっても?」


 ─ どうやっても。


 「諦めるしかないの?」


 ─ うん。


 「死んじゃうの?」


 ─ うん。


 涙が止まらなかった。

 

 声を上げて泣いた。


 どうして神は「悲しい」という記憶を消してくれなかったのか。

 どうして僕はもっと時間を大事に使えなかったのか。


 もっと修正しなきゃいけないような、後悔は沢山あったはずだった。


 今となっては、それがどんな後悔だったのかすら曖昧だったけど。


 ひとつ、覚えてる。


 昔に戻って、おばあちゃんを救いたいって。


 他にもあったはずだった。


 だけど、思い出そうとしても、「それ」は

真っ黒に塗りつぶされ、「それ」が何だったのかすら思い出せない。


 「これが…記憶を消されるということか」


 ─ 悲しいね。


 「なぁ…死んだら、漂うだけの存在になるんだよな?」


 ─ そうね。


 「どれくらい?」


 ─ わからない。


 「お前はどこで漂ってたんだ?」


 ─ 記憶のサンクチュアリ。


 「あそこで…ずっとか?」


 ─ そう。


 そして、ひとつ閃く。


 「新宿の公衆トイレが入り口だったのか?」


 ─ そうよ。何回も言ってるけど。


 ─ 何故かしらね?人が記憶のサンクチュアリに来ると、どうやって来たか忘れるみたいね。


 「神の領域だから…?」


 ─ そうかもね。神に触れたからかもね。


 「最後に時間を使うよ。」


 ─ よく考えたのね?


 「あぁ。」


 ─ これが一緒にいる最後の時間ね。


 僕はあの日をイメージした。浮かび上がる数字とrest:1。迷いはもうない。


 「T.H.E.R.E」



 光に包まれていく。



 そして景色は現れる。



 1998年8月26日7時41分


 新宿の公衆トイレだ。


 今まさにこのドアを開ける瞬間だ。


 ─ 何をしようというの?


 「記憶のサンクチュアリさ」


 そしてドアノブに手をかける。あの日のように、小指が伸びる。伸びた小指は鍵に変わり鍵穴に入る。


 そして扉は開かれた。

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