「抵抗」
「なぁクロノス。T.H.E.R.Eってどういう意味なんだ?」
─ Time Hack Exploit Restore Event。
「うげー。僕、英語苦手だから意味わかんないよ。」
─ 人間の脳は今までの事、全て記憶しているの。ただ、みんなその「覚えている事」を忘れていくのよ。だけど、脳はちゃんと覚えてる。君が思い出せなくても…本来、脳はちゃんと思い出せる。
「未来は?」
─ 行けない。
─ 自分の現在点より未来には行けないの。
「時間の神なのに?」
─ …。
「まぁいいや。過去をやりなおせれば十分だ。」
そして、僕は思いつく限り過去を修正する。
ナンバーズ。ギャンブル。金を生むように、時間を巻き戻す。
「リミット・ダウン」
「いやいや今回も稼いだね~。ひーふーみーよー。んー。ざっと8億くらいか?笑いが止まんねっすぅ~先輩~!」
─ 8回目だよ。
「8回目~?何が~?」
─ リミット・ダウン。次が最後よ。
「ん~。次が最後?まじかー。早すぎ!もっと堪能したいよ~。」
─ 色々忘れちゃったね。
「何か忘れ物した?」
─ 次が最後だよ。
「次が終わったら、どうなるんだっけ?クロノスが消えて、はいさようなら~。だっけ?」
─ うん。私は消えちゃうね。
「そっか~。短い付き合いだったが良い思いをさせてもらった!まぁ消えちゃっても元気でね~。」
─ 最後の前に、私は私の役目をしなきゃね。
「役目~?時間移動させるのが役目でしょ?」
─ もうひとつ役目があるの。
「何~?」
─ 君が失った記憶を、君に教えてあげるの。
「あぁそんな役目があるのね。神も大変だね~。」
─ 知りたい?
「う~ん。てか、失った記憶って何?てかぶっちゃけどうでもいいかな~。忘れたって事はどうせたいした事じゃないんでしょ。金もあるしこれから思い出いっぱい作っていけばいいじゃない?」
─ まぁ、そうなるよね。
─ でも、私は君に教えなきゃいけない。
「あっそぅ。ま、いいや。で、僕は何の記憶を失くしたの?どーせ、しょーもない記憶でしょ?」
─ 教えるね。君が失くした記憶は…
─ 働くという記憶。
「働く?何それ。お金こんなにいっぱいあるんだし働く必要ないじゃん。やっぱり、どうでもいい記憶だよ。」
─ 眠るという記憶。
「眠る?なんだっけそれ?」
─ 食べるという記憶。
「食べるって何だ?確かに腹は減ってるんだが…食べるって何だっけ?」
─ 人を愛するという記憶。
「愛?何それ。好きと違うの?」
─ 好きは覚えてるのね。
「愛?う~ん。なんか昔、彼女いたような記憶あるんだけど、愛ってなんだっけ?まぁ今彼女がいるわけじゃないし~愛も必要ないなっ!」
─ その彼女との記憶。
「え、だって終わった彼女でしょ?覚えててもしょうがないじゃん。未練タラタラみたいで気持ち悪いでしょ?うん、それも必要ないね。」
─ 両親との記憶。
「両親?親…?親……。覚えてない。そもそも親って何だ?」
─ あと…これが君が一番最初に消された記憶なんだけど…
「何?」
─ rest:0で死ぬということ。
「死ぬ?僕が?ありえないし!めっちゃ元気だし死ぬわけないし。」
─ 厳密には、死なないよ。生きてる。
「だろ?こんなに元気なのに死ぬわけがないじゃん!」
─ ただ、この世界にとって、あの状態は「死」と同等。
「…どういうことだ…?」
─ そして2回目に消された記憶。
「何…?」
─ リミット・ダウンで「記憶が消される」という記憶。
「おい!それどういう意味だ!教えろ!」
─ 記憶は人間にとって大事なもの。その大事な記憶が消されるとわかっていたら、躊躇してしまうでしょ?そういう戸惑いは、タイム・ハッカーには必要ないって事。
「お前が…消したのか…?」
─ 違うわよ。私じゃない。私はただ、君の「能力」として使われただけ。
「お前が消したんじゃなけりゃ、誰が消したって言うんだよ!お前は神だろ!」
─ そうね…私より偉い神とでも言えばいい?
「んな話信じられるか!」
─ そもそも、今君が体験してる事からして、非現実的だってことは理解してるわよね?
僕は完全に言葉を失ってしまった。確かに、過去に戻って、言わば「自分の歴史を捻じ曲げてきた」この事実。
こんな非現実が罷り通る「現実」に直面しているというのに「そこ」だけ否定するのは虫がよすぎる。そんな事はわかっている。わかっているが、否定したい。
「だけど…」
言葉が出ない。
─ 次のリミット・ダウンで、君は死ぬ。
最後の1回、よく考えて使う事ね。
腕に浮き出ている「rest:1」これが0になったら僕が死ぬだと?ありえない。人間誰しも少なからず「自分は大丈夫」とか「自分は特別」とか、そういう根拠のない自信っていうか、何と言うか、そういうの思うだろ?どう考えても、死ぬとかありえない。
そもそも、死んでしまったら…こんな金、あっても意味がない。
─ やっと気付いた?自分がどれだけ愚かに身を削ってきたか。
「ふざけんな。僕は死なない。」
─ 無理よ。抗えないの。
「ふざけんな!まだ19歳だぞ!まだ何もやりきってない!」
─ じゃあ君は何がしたいの?
…また論破だ。何がしたいかなんて、これから探していくもんだろ。そうやって進んでくのが人生じゃねーのかよ…。
「なぁ…そういえば、次のクロノスになる…とか言ってたよな…。」
─ 覚えてたんだ?
「てことは、お前、クロノスになる前は…
タイム・ハッカーだったのか…?」
─ そうよ。
「お前もこれを経験したの…か?」
─ そうね。私の場合は、君とは違ってお金には使わなかったわね。自分の後悔を修正してきたわ。
「どうして…そうできたんだ?」
─ 私の時のクロノスがちゃんと説明してくれたから…かな?理解に時間はかからなかったわね。
「くそっ!なんでちゃんと説明してくれなかったんだよ!」
─ 私はちゃんと説明したわよ。君が理解できなかっただけでしょ。
「抗えない…の?」
─ 無理。
「どうやっても?」
─ どうやっても。
「諦めるしかないの?」
─ うん。
「死んじゃうの?」
─ うん。
涙が止まらなかった。
声を上げて泣いた。
どうして神は「悲しい」という記憶を消してくれなかったのか。
どうして僕はもっと時間を大事に使えなかったのか。
もっと修正しなきゃいけないような、後悔は沢山あったはずだった。
今となっては、それがどんな後悔だったのかすら曖昧だったけど。
ひとつ、覚えてる。
昔に戻って、おばあちゃんを救いたいって。
他にもあったはずだった。
だけど、思い出そうとしても、「それ」は
真っ黒に塗りつぶされ、「それ」が何だったのかすら思い出せない。
「これが…記憶を消されるということか」
─ 悲しいね。
「なぁ…死んだら、漂うだけの存在になるんだよな?」
─ そうね。
「どれくらい?」
─ わからない。
「お前はどこで漂ってたんだ?」
─ 記憶のサンクチュアリ。
「あそこで…ずっとか?」
─ そう。
そして、ひとつ閃く。
「新宿の公衆トイレが入り口だったのか?」
─ そうよ。何回も言ってるけど。
─ 何故かしらね?人が記憶のサンクチュアリに来ると、どうやって来たか忘れるみたいね。
「神の領域だから…?」
─ そうかもね。神に触れたからかもね。
「最後に時間を使うよ。」
─ よく考えたのね?
「あぁ。」
─ これが一緒にいる最後の時間ね。
僕はあの日をイメージした。浮かび上がる数字とrest:1。迷いはもうない。
「T.H.E.R.E」
光に包まれていく。
そして景色は現れる。
1998年8月26日7時41分
新宿の公衆トイレだ。
今まさにこのドアを開ける瞬間だ。
─ 何をしようというの?
「記憶のサンクチュアリさ」
そしてドアノブに手をかける。あの日のように、小指が伸びる。伸びた小指は鍵に変わり鍵穴に入る。
そして扉は開かれた。




