「ゼア」
気付けば、そこは新宿の公衆トイレだった。
あれから何分、何時間経過したんだ?
携帯の表示は…変わってない。
1998年08月26日7時42分
おそらく、何分も経っていない。というか、1分も経っていないんじゃないか。あれは一体何だったんだ?確か…
「この腕が…喋ったんだよな…」
─ そうでーす!
「どわああああ!!やっぱり夢じゃない!」
─ 失礼ちゃうわね。夢じゃないわよ!
僕は周りの目を気にしながら、猛烈ダッシュで家に帰った。
「おい腕!」
─ …。
「腕!!」
─ 腕じゃない。クロノスだってば!
「オーケー。クロノス。そう言えば、時間を自由に使えるとか言ってたよな?詳しく教えてくれよ。」
─ わかった。
そう言うとクロノスは、この「能力」について話してくれた。
…が、、、よくわからん。あいつが言ってる事がいまいち理解できない。
わかった事。それは…
・この「能力」の名前は「タイム・ハック(T.H)」といい、過去に行くことが出来るという事。
・T.Hで過去に行く前の今を「自分の現在点」という事。
・過去で何かを変え、現在点に戻ると、大事な記憶を失ってしまうという事。
・能力の所持者をタイム・ハッカーという事。
・T.Hには残数制限があること。実際、僕の腕には「rest:9」と書かれている。
・残数0となったら「漂う者」となる事。それは、この世界でいう「死」と同じだという事。
そして、クロノスは最後にこう言った。
─ クロノスは、タイム・ハッカーの道具なのよ。道具となって役目を終えたら、やっと解放されるの。だから、君には感謝している。だって、来てくれたんだもの。私を使って望みを叶えるといいわ。
まじか。よくわからんけど、神降臨ってやつか!完全に信じたわけではない。ただ、この現状、少なくとも…昨日までとは違う事は確かだ。
そうだ。手始めに、あれで確かめてみよう。
「えーっと…確かここいらに置いたような…」
─ 何を探しているの?
「ん、ナンバーズ。あったあった。」
僕の選んだ数字は4287。今週の当たり番号は3951。あちゃー。かすりもしてない。大体こんなん当たった事ない。宝くじ買わない奴に限って「宝くじ当たんねーかなー?」とか言う。僕はそういうの嫌いだから、ちゃんと夢を買った上で「宝くじ当たんねーかなー?」と言う。
「おいクロノス。この外れたナンバーズ、当てに行きたいんだけどどうすりゃいいんだ?」
─ しょうもない事に使っちゃうのね。
「いいんだよ。その力、信用したわけじゃないから、手始めに…ってやつだ。」
─ ま、いいわ。お好きにどうぞ。
「で、どうすりゃいい?」
─ それを買った日と場所を思い出してみなさい。イメージするの。
言われた通り、一昨日の宝くじ売り場をイメージする。すると…
腕に199808241322rest9と浮き出てきた。
「なんじゃこりゃ!」
─ その数字をなぞりながら、こういうの
─ T.H.E.R.E
「ゼア?」
胡散臭いなぁと思いつつも、左手の人差し指と中指で、右腕の数字をなぞる。
「T.H.E.R.E」
僕が言葉を発したと同時に腕から強烈な光が溢れ出した。光は当たり一面を真っ白に染めていく。眩しい。とても眩しい。
1秒とも1分ともとれるような、短いのか長いのか、とても形容し難い時間の後、光が収まる。そこは、あのナンバーズを買った宝くじ売り場だ。
そうだ、携帯。
携帯には1998年08月24日13時22分と表示されている。
「…2日前だと…信じられない…」
とにかく僕はナンバーズを買う事にした。
番号は…当たり番号「3951」
買えた…。いや、まだわからない。
「おいクロノス、買えたぞ!こっからどうやって明後日に帰ればいいんだよ!?」
─ …。
「え?おいクロノス!!聞こえてるんだろ!?」
─ …。
なんてこった。クロノスが反応しない。てことは何だ?僕はこの巻き戻った時間のまま明後日まで過ごさなければいけないって事か!?この能力は一方通行!?
─ ふわぁ~~。むにゅむにゅ。
「おいいいいいい!!いるなら返事しろ!」
─ あぁごめんなさい。寝てた。神も寝るのよ。もぐもぐ。
「何食ってんだああああ!!!」
─ ごはんよごはん。神も寝るしご飯食べるのよ。
こ…この神は人の腕の中で寝たりご飯食べたりしやがって…
「とにかく、現在点?だったか?戻る方法を教えてくれ!」
─ もー!さっき教えたでしょ!神の話ちゃんと聞いておいてよね!プンプン!
なんか神がキャラ崩壊きてるよーーーー!
─ 戻る方法は来るときと大体同じよ。指でなぞったらこう言うの。
─ リミット・ダウン。
「リミット・ダウン」
僕の言葉と同じくして、世界が崩れていく。
何もかもが崩れて、消えていく。ここはバーチャル世界なのか?こんな崩れ方おかしいだろ。
そして世界は真っ黒な闇に包まれる。僕だけを残して。そして瞬間に襲う光。まただ。
また眩しい。
光がやむと、そこは僕の部屋だ。
携帯は…
1998年08月26日9時55分
「今日だ…」
「そうだ!ナンバーズ!」
手元に握り締めたナンバーズ。恐る恐る、番号を確かめる。
「番号は…3951だ…と」
変わっている。確実に番号が変わっている。
外れたナンバーズが当たりに変わった。
「うおおお!まじか!?すげぇ!!すげぇよ!」
─ ね。信じてもらえた?
「うんうん。信じる信じる。信じるよ~クロノスちゃん!よっこの神!にくいねー!」
─ でも、忘れないでね。リミット・ダウンして戻ってきたという事は、君は既に「大事な記憶」をひとつ失ってるという事。
「大事な記憶~?んー?何だろ?」
何の記憶を失くしたのか、教えてもらえないとわかるわけもなく。そもそも、忘れたんだから、もうどうしようもないよね。てか、結構これって凄いんじゃないか?
「クロノスは、僕が何の記憶を失ったかわかるのか?」
─ うん。
「教えてよ」
─ 教えない。
「なんだよケチくさー。神様ってもっとこう太っ腹なもんじゃないのか?」
─ 気が向いたら、教えてあげる。
そして、僕は完全に舞い上がり、自分が神にでもなったかのような錯覚を覚え、慢心していく。restの事など完全に忘れて。




