22. 失敗とかつての思い
監督へ挨拶をしに行こうと部屋を出て歩いていると、肩をポンとたたかれた。
「おはよう、サラちゃん」
後ろを振り返るとそこにはエリクさんがいた。
「おはようございます!」
私が挨拶をするとエリクさんはヘラリ、と笑った。
「あはは、どうして僕がいるのってびっくりした顔してるね。実は、クリスのマネージャーのかわりに来たんだ」
無人島に行ったメンバーがノイローゼぎみでね。ちょっと来れなくなってさー。困ったよねー。あと2週間もあるのにさぁ。
(……うわぁ)
クリス、本当に無人島行きじゃなくて良かったな。私はサバイバル生活をしているメンバーに心から同情した。
「あともう一つローラントに言われてサラちゃんを探してたんだよ」
「プロデュースサーにですか?」
首をかしげる私の頭からつまさきまでじっと見ると、一つ頷いて「収録、頑張ってね」とエリクさんは言った。
その後颯爽と去って行ったエリクさんに首を傾げながらも監督のもとへ挨拶へ行く。
「おはようございます、監督!」
「あぁ、きみか」
「ヒーローのルカ役、精一杯頑張ります!よろしくお願いします!!」
「……そうか」
台本を見ていた監督はチラリとこちらを見て返事をすると、また台本へと目を移した。
(よっしゃ、三言ももらえた!)
私は心の中でガッツポーズをする。何を隠そうこの監督、気難しいことでかなり有名なのだ。
声優になって間もない頃に初めて監督に挨拶したときのことは今でも覚えている。
(あの絶対零度のまなざし、無言の圧力、空気が急に変わる瞬間……!)
例の鬼少佐を思い出して震えましたよ!!
確実に貴様などお呼びではないと言外に言われた気分だった。お仕事中のトラウマベスト3に余裕のランクインだ。
何度もリテイクをもらったし、数えきれないくらい怒鳴られた。もうムリですって何度も言葉が出かかった。
それでもなんとか喰らい付いて精神も体力も極限まで削られた収録の後、「なかなか骨があるな」ってボソッと肩ポンされたときはもう、もう……!
(まぁ、ローランドプロデューサーとは別視点でこってり絞られたから、今があるんだけどね)
新人声優の登竜門と影でいわれているのは後から知った。泣いてそのまま去ってしまった声優は数知れず。
……だから私は今とても不安で仕方ないのだ。
「バーレント役、今のセリフもう一度」
「…………っ。はい」
「……………………………」
何度目かもわからないリテイクに、周りも空気も重くなった。
なにかの目の敵にされてるかのように一言話すたびにリテイク、リテイク、リテイクの嵐。
(大丈夫かなぁクリス)
何度もやり直した後、ため息をついて「……もういい」と言って次へと進む。経験してるからわかるがこれは精神的にクる。
「ルカ役、もう一度」
「アッハイ」
……人の心配している場合ではなかった。監督は作品に関してストイックで厳しい。他の声優さんたちもリテイクが多かった。こういうのって仕方ないけど空気もあるよねぇ。
「ハイカット!」
(や、やっと終わった……!)
いつもの倍以上の時間をかけて最後のアフレコが終わった後は、崩れ落ちそうだった。途中から終わりなんてあるの?ってほぼ諦めモードだった。大好きで大事な仕事場だったけど、今は一刻もはやく解放されたかった。
「あの〜監督」
誰もがホッとしたその後にそれはおきた。
「一度だけ普通にオーケーを出してくれませんか?このままだとスターライトの番組が……」
スターライトのスタッフの一言に監督は机を大きく叩いた。
「アイドルだからなんだか知らないが、無理矢理割り込んできたくせに演技はまるでなっちゃいない。あげくの果てには自分の番組の心配だと?!バカにしているのか?俺は本当のことしか言わない!!」
一気に凍りつく現場。出て行く監督。慌てて後を追うスタッフ。そして唖然とする声優たち。
「ご迷惑お掛けして申し訳ございません!監督のところへ行ってきます!!」
クリスは勢いよく私たちに頭を下げた後、部屋を出て行った。
「あ〜〜……」
微妙な空気が流れつつ部屋を出る。クリスを前にはしゃいでた声優さんたちも何て話したらいいかわからない顔をしていた。
「クリス……」
私は誰にも気づかれないようにそっと呟いた。
しばらく時間を空けて、クリスを探す。きっとこういうときは一人でいるはずだ。
「よっクリス」
「サラさん……」
クリスは人気のないベンチに座っていた。私も彼の横へ腰掛ける。
「よく僕がここにいるとわかりましたね」
「わかるよ」
伊達に君の隊長をしていなかったからねーー。
「……っ。何しにきたんですか。ダメ出しでも?全然できてないって」
「すさんでるなぁ」
私は苦笑した。そんな私を見てクリスはフイッと顔をそらす。……全く君のそういうところは変わらなくてかなわない。
しばらくの無言。だけど苦にはならない。
(よくあったよなぁ。こういうこと)
頭では理解しているんだけど感情が追いつかなくて。どうすればなんて分かっているけどなかなか言い出せなくて。
(クリスは私に。私は……グレン少佐に)
側にいて待っていてくれる。それは確かなーー甘え。
「サラさん」
「なぁに?」
「ーー俺に、声優としての演技を教えてくれませんか?」
たっぷり時間をかけてクリスは私にそう言った。
「いいよ」
君のために私がなんとかしてみせようじゃないか。




