17. 秘密のナイトタイム(上)
少女マンガ『続きは生徒会で!』──。
家柄の良い子息令嬢が通うセラフィーナ学園の生徒会は変わった選び方をした。
生徒の投票で当選した会長が副会長、書記、会計、広報を選び庶務は学園長のくじ引きで決めるのだ。この庶務はいわゆる生徒会の雑用係ということだが、会長以下他の役職の生徒は学園の憧れの対象であることが多い。
生徒会で会長たちとお近づきになれる庶務は、一般生徒に与えられるチャンスとして誰もがなりたいと願った。
今年度のくじ引きの結果、アラベラ=モーガンズという一人の少女が当選した。
彼女は特待生としてセラフィーナ学園に入学した一般家庭の少女だった。一癖も二癖もある生徒会メンバーの中で頑張る彼女の前向きで明るい性格は、徐々に冷めた会長の心を動かしていく──。
お金持ち学園を舞台としたきらびやかな世界と、かっこいい男の子たちと生徒会を通して仲を深めていくこの少女マンガは中高生を中心に大ヒットした。生徒会役員それぞれに○○派固定ファンがついて、彼女たちの間で過激な戦いがあったとかなかったとか。
ディアナが『続きは生徒会で!』について騒いでいたからもしかしたらアニメ化と近いかもなぁと思っていたら案の定だったか。私の親友は面白いものを見つけるのが上手で、彼女のおススメはほとんど後にメディア化している。
私が今回演じる役はルカ・アルバトフ。セラフィーナ学園の生徒会長様だ。
容姿端麗、頭脳明晰。世界にも影響を与える貿易系グループ会社の一人息子と超完璧人間。跡取りとしての厳しい教育を受け、周りの人間も様々な思惑を持って甘い言葉で彼に近づく──そうして出来上がった人間不信はちょっとやそっとでは崩れやしない。
私から一言で言わせてもらうと超めんどくさい人間だ。関わりあいたくない。
しかし作中では一番人気キャラで、後に主人公と恋仲となる。解せぬ、生徒会にはよりどりみどりだろ。もっと良い奴がいっぱいいるじゃないか。なにをまぁ、好き好んでいばらの道へ行かなくても……。私は主人公はMなんじゃないかと思っている。
「ルカ・アルバトフ役、サラです。よろしくお願いします!」
今日はアニメ『続きは生徒会で!』関係者の顔合わせだ。これからの日程などの説明以外は軽いものなのだが、この場には妙な緊張感と高揚感がただよっていた。
「バーレント・メイネス役のクリス=カスタルです。声優は初めてですが、精一杯務めさせていただきます。よろしくお願いします」
クリスが頭を下げた瞬間、きゃぁ、と小さい悲鳴が上がった。拍手は心なしか私のときよりも大きい気がする。
(クリスはアイドルだもんな。さすがだなぁ)
彼のグループで受け持っていた番組がきっかけで、クリスはこの作品で声をあてることになった。女性陣の目はハートである。
「テレビ見ててまさかとは思ってたけど、本当にクリスが来るなんて!」
「きゃー。本物拝めるなんて、今回役がもらえてよかったわ」
「クリスくんかっこいい!」
あくまで本人には気づかれないようにこそこそと騒ぐ声を聞きながら、私はクリスを見た。
(何の接点もなかったら、私も『スターライトメンバーに会えた』ってはしゃぐのだろうか)
頭の冷静な部分で『それはない』と否定した後、これからどうしようかと漠然と考える。
クリスは前世で私の部下だった。そして彼にも私が『サラ中尉』だったことを知っている。かつて私は彼と約束をしていた。
一緒に楽しいことを探しに行こう──。
彼は見つけられただろうか。また、彼は私と同じく『魔法使い』だった。魔法使いは自分の身の何かを『代償』として魔法を使うことができる。同じ魔法使いとして彼を先に残して逝くことを私はとても気がかりだったのだ。
しかもクリスに何も言わないまま。
彼を現世で初めてみたのはテレビの画面の向こうだった。そのときの私の衝撃を、みなさんはおわかりいただけるだろうか。
やばい、見つかったら怒られるわー。
キラキラしながら踊るクリスに『かっこいい』とかの感情は置いてけぼりでその一択だけだった。
まぁ、現世でこれだけはっちゃけてるのなら私のことなんか記憶にないかー。アイドルが一般人と出会う確率なんてたかがしれてるし、全然大丈夫だよね☆なんて思っていましたが、全然大丈夫じゃありませんでした。なにこの変化球。アイドルが声優やるなんて私聞いてない。
しかもアレックス少佐はスターライトのマネージャーだっていうし。もうびっくりですよ。少佐にも記憶があるのかな。アレックス少佐はグレン少佐と仲が良かったから要注意だ。現世で知り合いかどうかは分からないけれど。
とりあえず、あまりクリスたちと関わらないようにしよう。あまり近づくと奴の親衛隊に闇討ちされそうだし。私はそう決心した。
決心したんですけどね?
「お疲れ様です。サラさん」
顔合わせも無事終わりさぁ帰ろうと、外へ出たときだった。聞き覚えのありまくる声に振り返ると、案の定ここにいるはずがない人物がいた。
「お、お疲れ様です」
私はどもりながら挨拶をし、目の前の人物から視線をそらした。クリス、君はなぜそこにいる!ファンだという声優さんたちにさっきまで囲まれてたじゃないか。せっかく私が見つからないようにこっそり出てきたというのに!!
「サラさん、この後何か予定はありますか?」
「えぇまぁ……」
「嘘ですね。さっきスタッフさんたちに『今日はもう直帰です』って言ってたじゃないですか」
「……なっ!」
知ってるんならなぜ私に聞いた。そしてなぜ君がそれを知っている!
「図星ですよね?よかったらこの後ご飯でも食べに行きませんか」
クリスがアイドル的スマイルで私を誘った。おいどうした、私なんか誘わなくてもクリスだったらもっとかわいこチャン達がお相手してくれるだろうさ。てか何言われるかわかんないし絶対に行きたくない。
「いや、それはちょっと」
「ダメですか?」
彼がしゅんとした声を出す。その姿だけを見れば同情心を誘われるがあいにく私はそんなものでおびき寄せられるほど単純ではない。言葉を重ねて断ろうとしたそのとき
「今週の週刊誌、楽しみで「行かせていただきますとも!!」…………そうですか」
こいつ今何口走ろうとした?あぶねぇぇぇぇぇ!!「チッ」って聞こえたけどえ、何で舌打ちしたの。私はとっさに返事をした。
「では早く行きましょう。……他の声優さんたちに見つかる前に。僕は見つかってもかまいませんが」
「行こう!いますぐ行こう!!あーご飯楽しみだなぁ!!」
私はヤケになりながらクリスの腕を引っ張り速やかにその場を後にする。こんなとこ2人でいるなんて邪推されたらたまらない。
「積極的ですね、サラ隊長」
「うるさい、君のせいだぞクリス君」
かつての部下はなかなか交渉力がついたみたいじゃないか。成長したなぁ。全っ然うれしくないけどね!!あぁ、今日は綺麗なあかね空ダナ~。
……現実逃避をしても私の一日はまだまだ終わらないようだ。




