18. 秘密のナイトタイム(下)
クリスの脅し……ごほん、お誘いのために足早にその場を後にした。さて、どこに行くのかと思いながらついていくと、クリスはなんと自分の車へと私を乗せた。
「クリス、車の免許持ってるんだ」
「えぇ、年齢的に取得可能でしたので」
「……大丈夫なの?」
「ペーパーではないので大丈夫ですよ。何でしたら隊長が運転してみますか」
「いやぁ、そうじゃなくて……」
アイドルってマネージャーさんとかの車で移動するんじゃ……。今さらなんだけど、これってものすごい問題行動なんじゃないのか。そういった意味をこめて聞いたのだが、クリスは別の意味でとらえたようだ。
「隊長、運転荒らそうですね。怖いのでやっぱり僕が運転します」
「怖いって何。そもそも私は免許持っていないし」
「……は?」
「ちょ、前見て前!運転中!!」
運転していたクリスが突然私のことを凝視し始めたので、私は思わず叫んでしまった。私の声に前を向いた彼だが、心なしかそわそわしているように見える。なんだろう、私、何もマズいこと言ってないよね?突然車内に無言が流れる中、信号停車したときにおもむろにクリスが口を開いた。
「……あなたは今いくつですか?」
「17歳だけど」
「学生?」
「女子高校生やってます」
「…………」
会話が途切れ、さっきよりも気まずい無言が車内に流れる。クリスは苦笑いで『女子高校生か……』と呟いていた。そういえばなんかの雑誌で見たけれども、クリスのプロフィールには23って書かれてあったっけ?なるほどなるほど……って、これアカンやつや。
「……未成年だったんですね。分かりました、21時には家に送るので保護者の方に連絡をしてください」
「お、おおぅ」
大人な言動に、私はちょっとおののいた。そっか、現世はクリスが年上なのかぁ。改めてクリスの横顔を見てみる。確かに前世の記憶と比べて少年らしさが抜けてちょっと大人っぽい。これは新鮮かもしれない。
「何ですか、急に人の顔を見つめて」
「いやぁ、大人になったなぁって思ってさ」
「そういうあなたは変わりませんよね。色んな意味で」
「どういう意味だ」
……どんなに大人になってもクリスはクリスだな。この一言多いところとか。
着いた場所は奥まった場所にある隠れ家レストランのようだった。狭い道を通りながら『通れますか?』なんて聞いてきた彼がアイドルでなかったら顔をぶん殴りたかったのは余談。
「いらっしゃい……おう、クリスじゃないか」
扉を開けるとカランカラン、と涼しげな音を立てた。クリスは近くにいた男性に声をかけた。
「こんばんは、マスター。奥空いてますか」
「あぁ、空いてるぜ。……っと、可愛らしいお嬢ちゃん連れてるじゃないか。コレか?」
マスターと呼ばれた人はシャツに黒ベストの渋い風貌で、いかにも『マスター』と呼ばれるのが似合う男性だった。マスターは小指を立てながら茶化して聞いた。
「ははははは」
「ファンにバレたら後ろから刺されるぞぉ~。ほら、騒ぎになる前に行った行った」
「ありがとうございます。……サラさん、行きましょう」
クリスがさらりと私をエスコートする。私は少しどぎまぎしながら歩いた。
「あれ、緊張しているんですか?」
「だって、こんな」
落ち着いた雰囲気の、大人の空間だ。こんな場所に一介の女子高生が出入りするわけがない。格式高そうな店に連れてこられるなんて思わなかった。口を尖らせた私を見てクリスがくすり、と笑った。……うぅ、なんか悔しい。私はちょっとむくれてしまった。
奥は個室風のところだった。これなら他の人に見られる心配もない。しばらくして注文を聞きに来たマスターに『ではいつものを。……彼女にはお子様ランチで』なんて笑えない冗談を言ったクリスがアイドルじゃなかったら以下略なんてことも。そのあと笑いながら、私に『食べれないものはないですか?……では彼女にも同じものを』なんて余裕たっぷりに言うクリスはちょっと別人みたいだった。
「では──乾杯」
カチリ、とグラスを合わせる。綺麗な桜色をしたノンアルコールのカクテルだ。飲んでみるとふわっとした甘みと炭酸がバランスよく、思わず『美味しい……」と声をこぼした。
「でしょう?僕はここのマスター以上のカクテルを飲んだことがないです」
「へぇ……。クリスはよくここへ来るの?」
「そうですね。マスターと僕、実は親族なんです。僕のこと昔からよく分かっているし、場所も分かりづらいのでこっそりよく来ています」
マスター、というか本当は店長なんですけど。あの風貌でしょ?と言われて私は激しく同意した。あの渋さ、声の深み、佇まい。まさしくマスターだ。照明は仄かに灯っており、上品な空間でグラスを傾けるクリス。彼はとてもその場に似合っていた。さすがアイドルというべきか。
「……そのアイドルと私、ご飯食べてるんだぁ」
「急にどうしたんですか」
「いや、現状がうまく呑み込めなくてね」
本来ならありえないことだ。アイドルと声優。そのフィールドが交わることなんてほとんどない。ましてや親しく言葉を交わしているなんて。
「隊長は僕がアイドルだっていつから知ってました?」
「え、普通にデビューの時から知ってたよ。最初からすごい騒がれていたじゃない」
そのときは私、10歳、クリス16歳だったな。うん、テレビにかじりついた記憶がある。
「ちなみに、メンバーの誰推しとかあります?」
「うーん。そうだな、私はラウ・ヨーセンかなぁ。この前のドラマもかっこよ………いやいやいやクリスくん推しに決まっているじゃないかあははははは」
「本当ですか?うれしいなぁ」
携帯をちらつかせてくれるな、怖い。さっきの質問、確実に選択肢が一択だったよね。なんて奴なんだ。
「…………君のブログ炎上しちまえばいいのに」
「いいですね。今ちょっとSNSで呟いてみましょうか。『声優サラさんと二人っきりでごはんなう』」
「やめてくれ」
私のSNS関係も炎上してしまうじゃないか。ていうかアイドル危機感なさすぎでしょ。大丈夫なのか?こういうやりとりをしているとあの頃みたいだ。でも、私が言い負かされている気がする。年の功か何なのかわからないが。ちょうどそのとき新しい料理が来てしまったので、私はちょっと悔しかったが口を閉じた。
「……連絡とってみようとか思わなかったんですか?」
近況だとか他愛のない話をしていたが、ふと間が空いた後にクリスが聞いた。私はそのときデザートと格闘していた。甘いものは別腹というが、その前に仔牛のなんとかっていう料理が出てきてほぼ満腹だったのだ。だから私はクリスの真意を最初は読み取れなかった。
「そのときは私、一般人だよ?アイドル様に何を言えばいいの」
クリスに記憶があるかわからないし。怒られるの怖いし。私がそういうとクリスは黙ってしまった。私が首をかしげていると、クリスは飲んでいたコーヒーを置き、そっぽを向いた。
「…………ずっと待っていたのに」
「…………」
なるほど、これは。
「サラ隊長は俺のことなんかどうでもよかったんですか?」
(──すねているのかな?)
かつての彼を思いだす。クリスはときどきこうして私が困らない程度に甘えることがあった。いつも生意気な口しか叩かない彼がデレる姿はちょっとかわいいなと思っていた。私は彼が欲しいであろう言葉を口にする。
「まさか。君は大切だったもの。ずっと気にしていたよ」
──私がいなくなったあと。彼はどうやって生きたのだろうか。ちゃんと、『楽しい』と思えることを探すことができたのだろうか。
「テレビでずっと見ていた。君が笑っていて安心した──だから余計に、ね」
私は彼の凄惨な過去を知っている。そして何をしたのか、考えてきたのかを。笑って現世を生きているのなら前世は何もいわないほうがいいと思ったのだ。
「前世に引っ張られるようなことがあってはいけない。現世はこんなにも平和で豊かだ。あの頃みたいに何のしがらみもない。もう、自由なんだよ」
「サラ隊長……」
「ほら、それ!私はもう隊長じゃないよ。ただの声優やってる女子高生だもん。一般人!!」
「いや、声優やってる時点で一般人じゃないでしょ」
「なにおぅ!」
なんか真面目な話していたのになぁ。軽口を叩きあっていつもの流れになってしまった。アイドルであるクリスがリスクを冒して私を食事に誘ったんだろうと思ったのだが、寂しさがあったからかもしれない。前世の記憶があるなんて理解されるのは難しいだろう。しかも彼も魔法使いだった。他には分からない苦悩だってある。──私だってそうだった。前世を分かり合える魔法使いは私しかいないのだから。
食事が終わり、ホールへと向かう。もうかつての気安さは取り戻していた。
「一週間後に収録ですね」
「そうだね。どう?できそう?」
「まぁなんとかなるかとは思います。……引いたのが『声優』でよかった」
「あぁ……」
クリスは番組内の『アイドルミッション』という企画で『声優』を引いた。他のメンバーはというと、舞台役者だとか、お笑い芸人(トーク力を極める、らしい)だとか。はてまた『サバイバル能力を極めよう!無人島で生活!!』というくじを引いたメンバーの一人は涙目だった。あれはカメラの角度のせいだ、彼は泣いていないと思いたい。
「クリスがお笑い芸人とかも面白そうだけどなぁ。どんなギャグ編み出すのか」
「言ってくれますね」
話ながら歩いていたので、私は声を掛けられるまで気づかなかった。
「──サラちゃん?」
涼しげな声がする。私は目を見張った。
「ロシェルさん……!」
そこにいたのはロシェル=フィロガモさんだった。美しい黒髪を結い上げ、上品なドレスに身を包んでいた。今日も彼女は綺麗だ。ロシェルさんはグレンさんの友人。どうして彼女が……。
「やっぱり!サラちゃんよね。元気にしてたかしら」
「はい!お久しぶりです」
「私はピアノを弾きに来たのよ。サラちゃんは食事に?」
「えぇ……」
ロシェルさんはレストラン内にあるグランドピアノを指さしながら言った。なるほど、ロシェルさんはピアニストだった。
「今から弾くのだけれども、聞いていかない?……まぁ」
彼女の視線が私からクリスに集まる。彼女は一瞬びっくりした顔をして、それから優雅に、そして悪戯っぽく微笑んだ。
「あらぁ……グレンが嫉妬するわねぇ」
「グレン…………?」
「ろ、ロシェルさん!!」
グレンさんと会ったことを私はクリスに言っていない。なぜならグレンさんとクリスはあまりいい関係とは言えなかったからだ。ていうか嫉妬って!!
「これから帰らなければいけないんです。彼女を送り届けなければいけなくて。残念ですが私たちはこれで」
クリスは大人の笑顔で言った。有無を言わせない顔だ。こ、怖い。
「そうなのね。引き止めてしまってごめんなさい。──サラちゃん、また遊びにいらっしゃい」
「は、はい!失礼します」
私はお辞儀をして、クリスの後に続いた。ロシェルさんは意味ありげに微笑んでおり、彼女の色っぽい唇の赤色がやけに鮮明に記憶に残った。
車内は静かだった。沈黙がこんなにも重苦しく感じる。私はそんな状況を打開しようと口を開いた。
「クリスあのさ、」
「──グレン少佐とお会いしていたんですね」
「う、あうぅ……」
クリスは運転中だ。視線は前を向いている。その冷たい横顔に私は答えあぐねた。
(き、気まずい……!)
行くときも気まずい沈黙が流れたけど、今はそのとき以上に気まずい。どうすればいいんだろう、これ。
「……いつからお会いしていたんですか?」
「4カ月くらい前かな」
「へぇ」
「…………」
なんか浮気の証拠を取り押さえられて冷たく尋問されているみたいだ。いや、別に私悪いことしてないよね?クリスの淡々とした問いにびくびくしながら答えると、それ以上何も言われなかった。
「ここらへんでいいよ」
私の家の近くまで送ってくれた彼に声をかけた。針の筵に座らされているようで生きた心地がしなかった。ゆっくりと車が止まる。……一週間後また収録で顔合わせるんだよな。どうしよ。
「今日はありがとう。話ができてよかった」
これは本音だ。たとえ帰りの車の中が氷河期状態でもな。
「役づくりのことで何かわからないことがあったら聞いて。一応私、現役の声優だから。じゃあまた収録のときにね……クリス?」
「…………」
車のドアへ手をかけようとしたら、腕を掴まれた。彼の冷たい手の感触が伝わる。クリスは無言で俯いており、その表情は見えない。どうしたのだろう。私は彼をゆすろうと思い、肩に手をかけようとした。
「クリス、」
「…………あの人に会っているのなら悠長なこと言ってられないですね。本当は少しずつ外堀を埋めていこうと思っていたんですけど」
「え……?ちょ、うわっ」
低い声で呟いたクリス。私はその声を聞きとれなかった。もう一度聞き返そうと思ったとき、急に腕を引っ張られ、バランスを崩す。
ふわり、と香るフレグランスと頬への小さなリップ音。
突然の出来事になにもできなかった。
「『あの頃みたいに何のしがらみもない』、確かにあなたの言う通りです。もう僕も遠慮する必要ないんですから。えぇ、──特にあの人には」
「な…………っ!?」
「『自由』、ですものねぇ?」
にっこり。
覚悟してくださいね、とクリスが一番魅力的に見えるであろう笑顔で微笑まれた。
「────!!!!!!」
口をパクパク動かしても混乱で声すら出ないが、私の頭のどこかで撤退命令がでていた。この撤退命令に逆らってロクなことにならなかったので、私は慌てて体制を立て直すと車の外へバタバタと出た。
「~~~~~~~~!それじゃ、おやすみなさい!!」
バン、と勢いよくドアを閉めると、そこからは私の持てる全力で走った。走りまくった。大事なことなので二度言った。過去最速タイムを叩きだして家につくとそのまま階段を駆け上がり、自室のベットへダイブする。途中で『うるさいわよ!!』なんて下から聞こえたけれど、今の私はそんなこと気にしてられない。
(え、えええ、え?さっき、私、クリスに、何、された?)
記憶を辿ろうとするも耐えきれず強制シャットダウンした。これ以上は考えたらダメだ!!
(いや、いやいやいや。きっと何かの間違いだ!)
ベットの横のぬいぐるみを抱きしめながら、私はぎゅっと目を瞑った。頬はまだ、きっと赤い。




