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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
プロローグ

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異質な少年

 村の外れに子どもがいた。

 夕日が沈んでいく時間。ほとんどの子どもが家に帰り、夕食の匂いが窓から漏れ始める。その少年だけは一人で野原の端に立っていた。


 ゼノ・アルディス。十二歳。


 右手を前に出し、指先に意識を集中させる。

 小さな炎が宙に生まれ、揺れた。ゼノはそれを少し観察してから、消した。次に風を呼ぶ。草が一定の方向になびく。制御を確認して止める。

 続けて地面に手を向けると土が小さく盛り上がって固まり、崩れた。


 無表情だった。

 炎が出ても、風が動いても、土が応えても、その顔には何の色も浮かばなかった。

 喜びも、驚きも、達成感も。ただ作業をするように次々と続けていた。


 村の子どもたちが、少し離れたところから見ていた。


「また一人でやってる......」


 囁いた子どもは、声を潜めた。なぜ潜めたのかは、自分でも分からなかった。怒られるわけでもない。ただなんとなく、大きな声を出してはいけない気がした。


「なんか怖いよね」


 別の子どもが同意するように頷く。

「怖い」という言葉は正確ではないかもしれなかった。ゼノは誰かを傷つけたことも、意地悪をしたこともない。ただ——何かが、ない。


 笑わない。怒らない。悲しまない。

 同じ村で生まれ育って、十二年。ゼノ・アルディスという少年が心の底から笑ったところを、誰も見たことがなかった。

 子どもたちはしばらく見ていたが、やがて興味を失ったように家の方へ散っていった。


 ゼノは気づいていたが、振り返らなかった。気にする必要がなかった。

 もう一度、炎を出す。今度は少し大きく。制御の精度を確認する。明日から魔法学校が始まる。そこで何を求められるのか、どう動くのが効率的なのか、すでに考えていた。感情は必要ない。必要なのは情報と判断だけだ。

 そうやって、ゼノは生きてきた。


 意識が、内側に落ちた。

 気づくと、ゼノは円卓の前に立っていた。

 石造りの広間。七つの椅子を持つ丸いテーブルが中央にある。天井はなく、どこまでも続く白色の空間が上に広がっていた。ゼノにとってここは見慣れた場所だった。いつ来たのかも分からないくらい、昔からあった。

 椅子は七つ。そのうち六つは空席で薄暗く、一つだけに人がいた。


「ねえねえゼノ、明日から学園じゃん!」


 緑色の髪をしたその少女は、椅子の上で足をぶらぶらさせながら言った。緑色の瞳が、遠慮なくゼノを見ている。

 ウェントス。この円卓の中で唯一、ここにいる存在。


「楽しみじゃないの?」

「楽しみの定義が曖昧だ」


 ゼノは空いている椅子の一つ——自分の席に座りながら答えた。


「有益かどうかは、実際に行ってみなければ分からない」

「もう、そういう答え方しなくていいじゃん!」


 ウェントスが頬を膨らませる。


「楽しみかどうか聞いてるんだよ。有益かどうかじゃなくて」

「同じことだ」

「全然違う!」


 ウェントスの声が広間に響いた。怒っているというより、困っている声だった。しばらく足をぶらつかせながら宙を見て、それからため息をついた。


「あたしは楽しみだけどね」

「お前が楽しみでも、俺が楽しみとは限らない」

「分かってるよ。でも——」


 ウェントスが少し声のトーンを落とした。


「一緒に楽しめたら、いいなって思ってるだけ」


 ゼノは答えなかった。

 答えるべき言葉が、見つからなかったわけではない。ただ、何が適切な返答なのかが、わからなかった。

「楽しみ」という感覚を、ゼノは頭では理解できる。人が何かに喜びを感じ、それを期待する状態のことだ。しかし身体で、胸の中で、それが何なのかがわからなかった。

 六つの空席が目に入った。薄暗く、静かに、そこにあった。


「......他の五人は、来ないのか」

「うーん、いつかは来ると思う。でも今はあたしだけ」

「なぜウェントスだけがいるんだ?」

「それは——」


 ウェントスが少し間を置いた。


「ゼノが笑えるようになる日まで、ここにいるって決めたから」


 ゼノは少し眉を動かした。


「合理的な理由ではない」

「そういうもんじゃないんだよ、バーカ」


 ウェントスがそう言って、また足をぶらぶらさせた。怒っているようには見えなかった。むしろどこか、寂しそうに笑っていた。


 翌朝。

 ゼノは夜明け前に起きた。荷物の確認をして、着替えて、水を飲んだ。必要な手順を踏んで、外に出た。

 村の入口を出る時、後ろから声がした。近所のおばさんだった。

「ゼノちゃん、いってらっしゃい」と手を振っている。

 ゼノは振り返り、一度頷いた。それだけだった。


 道を歩きながら、今日起こることを予測する。

 入学式がある。他の生徒と会う。先生の説明を聞く。効率的に情報を収集して、最適な行動を取る。それだけだ。


 感情は必要ない。

 感情があると、判断が鈍る。ゼノはそれを知っていた。どこで知ったのかは、うまく思い出せなかった。ただ、そう判断している自分がいた。感情は誤作動の原因だ。合理的に動けば、間違えない。


 そのはずだった。

 朝の空気を切りながら、ゼノは歩き続けた。無表情で。まっすぐに。


 その背中には、何かが欠けていた。本人だけが、それに気づいていない。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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― 新着の感想 ―
感情を「合理性の邪魔」と切り捨てるゼノの、不器用なほど徹底した静寂が印象的です。 淡々と魔法を試す姿や周囲との距離感が、彼の特異性を際立たせていますね。内なる円卓で待つウェントスの「ゼノが笑える日ま…
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