1426 星暦559年 紫の月 2日 探索依頼(8)
昼食を食べ終わり、のんびりと王都の下町に向かって熊の蜂蜜亭がある通りに行く。
蜂蜜なんて甘ったるい名前だが、ここも酒場だ。
昔は熊のようなごついおっさんがやっていたんだが、どうなったんだろう?
そう思いながらイデオッタの建物をちらりと見やったが、あまり人の出入りが無い。
まあ、仕事の仲介は流石にこの時間からでは無いだろうし、仲介された仕事を終わらせて報告に来る連中もまだ来ないだろう。
と言うか、元々下町の仲介人の仕事なんて、失敗しない限り完了の報告なんてしないから午後は比較的空いているもんなんだが。
依頼人ならどの時間帯に来てもおかしくはないが、取り敢えず俺が適当に道端でポケットの中を探しているふりして立ち止まっていた時間の間には誰も来なかった。
建物の裏に忍び込んで中の様子を伺っても良いが、先にイデオッタがどういう経緯でヤバい方の仲介人に方向転換したのか、情報収集してみるかな?
午後にもなれば、酒場は商売を始める。
あまり美味くない昼食を出しているので、それ目当てに集まる落ちぶれた部類の常連客が飲んだくれながら遅めの昼食の時間帯から屯し始めるのが下町の酒場での流れなのだ。
ちゃんと働いている人間は夕方以降に来る。この時間帯に居るのは文句だけは一人前なロクデナシが殆どだが、代わりに人の不幸に関しては口が軽い連中が多い。
という事で。
「エール」
熊の蜂蜜亭に入って酒を頼む。
俺がガキの頃に居たごついおっさんがそのまま、まだ店を切り盛りしていた。
白髪が増えたし、記憶にあったほど大きくも凶悪でもなかったが、それなりに今でも十分酔っぱらいの相手なら出来そうな筋肉だ。
「はいよ」
新しい顔にも特に何も言わず、どんっと濁ったエールと思われる液体を入れたジョッキが出された。
ちびちびとそれを飲みながら酒場の中を見回す。
むっつりと酒を飲んでいる奴らが数人。
あとは賑やかに誰かの悪口を言いながら盛り上がっている連中が角に居る。
盛り上がっている連中の方が口が軽そうだな。
そちらに近づき、おっさんに声を掛ける。
「エールを4つ!」
「おう、随分と物が分かった若者じゃないか!」
嬉しそうに飲んだくれの一人が俺の肩を叩きながら言った。
臭いんだけど。
下町に馴染む為に薄汚れた格好をしてきたが、そういえば臭さがちょっと足りないな。まあ酔っぱらいには分からないだろう。
余り臭い恰好をすると忍び込んだ時に悪臭や残り香で存在がバレかねないからね。
まあ、イデオッタで働いている人間がそこまで清潔かは知らんが。
だがまあ、確実に昼間から酒場で飲んだくれている奴らよりは清潔だろうな。
酒を飲んで暫く我慢していればキツイ体臭も大抵は慣れてくる。
なのでエールをもう一周奢った上で色々と最近の下町について話を聞いていった。
「そういえば、どうしても金が必要だったらイデオッタに行けば仕事を紹介してくれると聞いたんがだが。
いつの間にそんな伝手が出来たんだ、あそこ?」
色々と下町の連中の成功談や失敗談で(というか主に失敗談で)盛り上がったところで、ふと思いついたかのように質問してみる。
「あ~。
あそこは親父の娘っ子が余所者の男とくっついたんだよ。
で、いつの間にか長男が病気になって死んじまって、次男も喧嘩で刺されて死んだ。
親父さんも酒に酔っぱらって階段から落ちたかなんかで寝たきりになったんで、その余所者の男が後継ぎっぽい感じで仲介業をやるようになったんだ。それからだよ。妙に金払いの良い仕事が増えて、金回りも良くなったのは」
右側に座っている髭モジャなおっさんが顔をしかめながら(多分?ひげで表情がかなり隠れているので微妙だが)教えてくれた。
「色々と不幸が続いたんだな」
どう考えても人為的な不幸だと思うが。
酒場で飲んだくれているような連中ならまだしも、普通に金にはならなくても堅実な仲介業をやっている人間が喧嘩に巻き込まれて死ぬとか、家族の人間が次々と不幸に見舞われるなんてことはそうそうない。
娘が人を見る目が無かったのを、今頃寝たきりな親父さんは嘆いているところだろうなぁ。まだ生きているなら。
「まあ、金が無くて首を括らなきゃいけないぐらい不味いんだったら、あそこに行くのも手かもな。だが頑張って働けば何とかなる程度なら、軍にでも志願して暫く働くって選択肢もあるぜ?」
左側のハゲが言った。
おいおい。
幾ら平和な時期だから戦争で使い捨てにされる可能性が比較的低いとはいえ、下町で軍に志願しろと言われるとは。いったいどれだけヤバい仕事を請け負わせるんだよ、あそこは。
「……つまり、金を貰って喜んでいた連中を、二度と見かけないことが多いのか?」
「金の為なら自分のお袋でも刺すような奴だったら毎回金をばら撒いているが、どうしても一回だけ金が必要だからってあそこに行った奴らは『何とかなった』ってここに来て暗い顔で一杯飲んだ後、いなくなることが多いな」
奥の男が肩を竦めながら言った。
「まあ、嫌な思いをしたから二度とこっちに近づくかと思っただけかもしれないがな!」
髭モジャが明るく言いながら、酒を煽って空になったジョッキを俺に向かって意味深に振って見せた。
はいはい。
ここで席を離れたらイデオッタの情報目当てと思われかねないからな。
もう少し付き合うか。
2度あることは3度ある?
それとも1度は偶然、2度は奇跡、3度は必然?




