第077話 カビが生えてきた
「どうしようどうしようどうしよう」
クロワは焦る。
ひとつ下の階層に辿り着いたはいいものの、その場に満ち溢れるカビを吸い込んだ途端、全員が深い眠りに就いてしまった。
カビは体の表面に取りつき増殖していく。
「このままだとみんな腐っちゃう」
クロワはマギを揺さぶり、
「起きてください!」
「余は寝て育つぞ」
「ダメだ、こいつ!」
次にマゴの肩を叩き、
「カビだらけになりますよ!」
「お゛っ♡ 刺激しないでぇ♡」
「……」
おそるおそる皇帝をつつき、
「あの……」
「人間の愛!」
「ひっ!」
寝言が返ってくるだけで目を覚ましてはくれなかった。
「それにしても、どうして俺だけ起きてられるんだ?」
相違点は何か。
まさか身分の違いが原因ではあるまい。
それ以外ではっきり目に見える違いがひとつだけあった。
「いたた……この傷のおかげなのかな?」
上の階から下りてくる際、クロワはうっかり斧で自分を傷つけてしまっていた。
ひどくはないが少しだけ出血している。
「痛みのおかげだとしても皆さんを傷つけるなんて恐れ多い。どうすれば……あれ?」
先程クロワがマギに触れた箇所。
そこだけカビが減少していた。
なぜ?
もしかするとカビを殺すのは痛みではなく、
「血液……なのか?」
試しにクロワは血をマギに垂らしてみる。
「やっぱり」
血液がカビの繁殖を阻害するとわかった。
やるべきことは決まった。
* *
「マギちゃん。私、消えちゃうかも」
「むぅ?」
マギはまだ夢を見ていた。
母に膝枕されて気持ちよく寝ている夢を。
「もし私が消えちゃっても、また私のことを思い出してくれる?」
「余は記憶力抜群ゆえ安心するがいい」
「う~ん。心配だなぁ。あのね、これはマギちゃんのためなんだよ? マギちゃんはずっとここにいて眠ってた方が幸せなんだから。外の世界は嫌なことばっかり。いいことなんて何ひとつないから」
「なんだか頭が冴えてきたぞ」
「……だから……どうか……」
母の言葉を聞き取る前に、マギは目を覚ました。
「……いい夢を見ていた気がするが……内容は忘れたぞ」
周囲を見て自身の置かれた状況を思い出す。
将軍陵墓の中に来ていたこと。
扉を通った瞬間なぜか気を失ったこと。
皇帝やマゴ、クロワと行動を共にしていたこと。
「クロワ……?」
血だまりが視界に入った。
すぐさま駆け寄ろうとした時、自分自身も血まみれになっていることに気づく。
「これは……余の血ではないぞ? どういうことだ……?」
マゴと皇帝、ついでに粧か无も同じく誰かの血で濡れている。
クロワも同じだろうか?
近づいて見ると、彼だけは血を流しているとわかった。
「……マギ様……」
「しっかりしろ!」
だが、明らかに手遅れのクロワ。
「なにゆえにこのような……」
「友達や父親を手にかけておいて……自分だけ無事なんて嫌だった……。ようやく……俺は……償えたのかな……でも……」
「何ぞ? 余にできることがあるなら申せ!」
「……できることなら……普通に生きたか……った……」
クロワの息が絶えた。
「おお、息子よ……。いったい何があったのか?」
皇帝が目を覚ました。
マギは急いだ。
「ここに扉があるぞ!」
叫んで、マゴと皇帝を扉に押し込もうとする。
「息子よ、その人間は連れて行かぬのか?」
「クロワは疲れている! もう少し寝かせてやろう!」
「人間の愛!」
無理矢理マギはその階層を脱出した。
――させてはならない!
マギが恐れたのは皇帝の固有能力でクロワを蘇生されること。
――道具にさせては……!




