7話 勇気
光が消える。そして先程まで人を拘束していたフィーネの植物のつるを形状の見えない爆破物の爆発で燃やしながら拘束を解く。相変わらず顔は見えないが楽しそうに笑っている。そんな気がした。
「…データの過負荷による低速化を利用した回避ですか」
「フィーネちゃん、もしかしてあの人が!?」
「えぇ、正体不明の方です」
ちなみにフィーネの足元に投げられた爆破物は、危険な予感を察知したウォームが近くまで走ってきて盾で弾き返したり、避けきれないものは盾や自身の体で身を呈して守ったのだった。ガーデンの強化でゴリ押すことの出来た荒業ではあるのだが。また、煙幕がほとんどで実際のダメージに至ったものは少ない。
赤いパーカーの男はふと、声を上げる。
「箱庭ドロボウサマはここまでやるのか!まさか、俺様の仲間をこう何度も奪おうとするって思わなかったぜ!」
「何を…元々は私の製作者の作ったもの。製作者はそれを自分のモノにせずにただ純粋に電子生命体たちの居場所としたというのに…」
「そうだよ!今じゃあって当たり前になって大事にされにくくなっちゃった僕たちの本体の代わりに、せめて電子生命体の居場所をって作ってくれたのがこの場所って聞いたよ!?」
フィーネは男を睨む。自身の製作者が否定された気がして、あまり見せることの無い怒りの感情を示していた。
それに対して男は、降参!と言わんばかりの軽いノリで両手を上げる。
「おぉ〜コワイコワイ。じゃあ勝負しようぜ!俺様が勝てば箱庭は俺様のもの、アンタらが勝てば一旦引いてやるよ!」
掴みどころがなさすぎて疑いが晴れない。現に助けようとした相手は赤いパーカーの男の手の中だし、実際本当に引いてくれるかも分からない。
「…引くのと同時にキャミア様もこちらに返していただけませんか」
「そうね。貴方は自分の仲間と言うけれど、洗脳してたら本当の仲間とはいえないわ」
珍しくウォームも声を上げる。センリはバグを排除しながらガーデンの後ろに隠れているようだったが、強く頷いて2人に同意の意志を見せた。
だが男はわざとらしい態度をやめない。自分は無敵で負けないのだと、そう言っているような気もしてフィーネは油断のゆの字もできなかった。
「オッケー、それで行こうじゃんか。コイツに勝てるんならな!」
「…ッ!?これは、危険ね…」
そう言って出現させたのは大きなバグの生命体とでも言うべきもの。
これまでの相手はスライムや鳥、花などと言った小さくて人間には馴染みやすい形状をしたものばかりだった。
だが、目の前の相手はどうだ?スライムのようだった数多くのバグを椅子のように作り替え、植物に似たバグで固定させる。そこに自分がこの場の主だと言わんばかりの迫力で座る。
この相手が出現した瞬間から、威圧感でガーデンを含めた4人は膝をつかずにはいられなかった。
「こ、怖い…」
「ガーデンさんの力で怖いものなんてない!って思ってたけど…これはヤバいかも」
「負けるわけにはいかない。わかっているけれど、私も震えてしまうほどなのは本物の強さね…」
その場でギリギリ踏ん張っているウォームですら自身の大盾に寄りかかっているような状態。彼女の足もワンピースで見えはしないが、ガクガクと震えて危険信号を発していた。踏ん張ってはいるが、ここからさらに立ち上がれるほどの気力はない。かといって座り込んでしまうと敗北を自覚してしまうから嫌だった。
だが一人だけ、震えも止まらない中立ち上がろうとしていた。
「…この震えが、威圧がなんだというのですか」
フィーネだ。
「私は箱庭を取り戻します。ここで過ごしていた電子生命体の皆様のためにも、これから生まれるであろう皆様のためにも………ですので」
彼女はそこまではっきり言い切ると、目をつむる。
楽しかった思い出、管理する上で苦労したこと、喧嘩の仲裁に入ったときや泣いている電子生命体を慰めたとき…他にもいろいろ思い出す。バグに飲まれる協力者の電子生命体たち。自分にすべて託して最後まで笑っていたものも、嫌だ嫌だと泣きながら助けを求めていたものもいた。
バグさえ現れなければ続いていた平穏な日々を思いかえすとひしひしと怒りが湧いてくる。その怒りに自身の全てを奪われないよう目を開く。
その目は、フィーネをよく知るセンリやウォームも知らない力強さで赤いパーカーの男を見据えていた。
「ですので、私はここで引くことなどできません。皆様がある限り、私はここの管理AIですから」
槍を構える。他の三人はまだ立ち上がれないから、ガーデンの強化も無しに自分一人で戦わなければならない。ガーデンが来るまで感じていなかった恐怖も今は僅かながら感じている。
だが、言い切った以上立ち向かわないと発言の証明などできない。
「ハハッ!いいぜいいぜ!おひとりサマ相手でも手を抜かねぇからよろしくな!」
「...ッ!」
楽しくて仕方がない!という態度で男はバグにフィーネを攻撃させる。
一撃が、重い。
「諦めな!降参するってなら命は助けてやるよ!俺の部下として!」
フィーネの槍は実は特別製で、耐久力や重さなど彼女が扱う分には言わばチート級になっている。実際の重さは3kgほどなのに彼女が持つ時だけ1kgほどであったり、それに反比例して攻撃の威力はその重さでは絶対に出ないものだ。それは耐久性も同じである。
だがそのチート級の槍を持ってしても押されている。
ドン、ドゴォン、ドン。
もちろん最初の一撃だけでは終わらない。防戦一方で攻撃の隙が作れない。
足がすくんだ3人はそれを見ていることしか出来なかった。
「フィーネさん、キャミアちゃんを助けるためって言っても無茶だよ…」
「えぇ、私たちがこうして動けないのをわかっていて1人で戦っているんだわ…」
威圧され、萎縮した。動きたいけど動けない。
フィーネが押されている理由も、ガーデンはなんとなく察していた。だが、やりたい事がわからなくなっている。
自分は産まれたばかりのAIで、フィーネと行動して自分のやるべきことを見つけて、それで?自身の力を理解していてもそれは自分がやりたい事なのか?
産まれたばかりのAIは思考する。自分の使命は決められている。だがやりたい事は?このままフィーネと共に行動することなのか?あの男に従うことなのか?いっそ電子生命体達同様にバグに洗脳されてもいいのか?
「違う」
ガーデンは震えた足で立ち上がる。そしてフィーネとバグ生命体の間まで走る。
「ガーデン様!あなたのお力では…!」
「へぇ、雑魚は雑魚らしく当たって砕けるってか!?おもしれぇ、やってみな!」
攻撃の合間を縫って立ち塞がったのが面白く見えたのか、男は声を上げる。だが動じない。仲間はまだ動けないが、それでも構わずようやく固まった自身の目的のために行動する。
「…もう、大丈夫」
フィーネにこの言葉が届いた時、敵はガーデンを潰そうと攻撃をしてきていた。何度も攻撃されて疲労が溜まっていた体ではそれを止めることも叶わない。
だが問題はなかった。
先程、赤いパーカーの男が洗脳された電子生命体を庇った方法と同じように、ガーデンは浄化の力を巨大な盾のように実体化させたのだ。バグはそれによってダメージを受けたのだろう、怯んで少し後ろに下がる。
「この箱庭が綺麗になった姿を見てみたい!そのためならバグも邪魔する人もみんなで倒すんだ!」
「!?……………あぁ、あああああああああああ!!!!」
この言葉を聞いた男が一瞬ピクリと反応する。かと思えば頭を抱え、頭を地面に打ち付ける形で四つん這いになり叫び出す。誰一人としてその顔を認識することは出来ないが、先程までの喋り方と比較するととても悲痛な声。ガーデン達にはわからない何らかの理由で困惑しているようだった。
「なんなんだよお前は!なんでこんなに俺様をイライラさせる!クソ、手加減はもうヤメだ!行け!データの藻屑にしろ!」
巨大なバグの生命体に指示をする。すぐに反抗的な態度をとるが、男が手をかざした瞬間に襲い来る。
ガーデンの目には一瞬だけフィーネがよく使う青い画面によく似たものが見えたが、それについて考察していたのがよくなかった。
攻撃が、来る。
浄化の力で作った盾は、慣れぬ量の力を1度に放出したせいでしばらくは使えない。味方の強化は可能でも、自分に対しては不可能だ。そして今フィーネを除いてまともに動ける味方はいない。だがそのフィーネも敵の猛攻によって反応が遅れている。
結果として、その攻撃はガーデンへと直撃する。
この男の手綱引けないので今度ハーネス買ってきます(ジョーク)
それはそうと無事かな