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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
序章
9/30

猿、不法侵入をする

騎士ウェル・ドルスは自身を臆病な軟弱者だと認識している。

剣の腕は幼い頃から学んだにも関わらず、父や兄と一合もあわせられない程度。魔法は学ぶのが遅かったせいか、魔力がまったく感知できずに挫折。頭の方もそこまでよくなく、学者への道は早々に諦めた。

そんな自分にできるのは、せいぜい親の七光りで捨て扶持をもらい細々と生きていくぐらいだ。そう思っていたから真面目に鍛錬と勉学、与えらた任務には力を尽くしていた。

だが、それがよかったのだろう、愚直に任務に励む僕にふって湧いたような幸運が訪れた。

この開拓村の次期領主の座である。

おそらくは父への褒美という面がドルス自身の見立てだと八割ほどあったのだが、それでも残りの2割は自分の勤務態度にあったと自負している。

自負しているが、せいぜいが兄の下で分家を立てて従者の家系を作るものだと思っていたのが領地持ちに大出世である。

出世の幅が大きすぎて喜ぶより責任からの重圧で潰れそうというのが本音であった。

父や兄に言ったらひとしきり笑われた後、村を収められると判断するまでは前任者の下で学ばせて貰えると教えられたられたが。

何も知らない者にいきなり任せる訳がない、考えれば当たり前であるがそこまで考えられなかった僕は赤面するしかなかった。

それからあれよあれよという間にお見合い、結納からの結婚、正直何も覚えていないぐらいあっという間に決まっていった。

いや、彼女が妻になってくれた事に不満はない、自分が夫になっている姿が想像できなかっただけだ。

それでも屋敷ができ、愛し合い、子が生まれる頃には自分が守らなければならないという思いは生まれていた。

だからこそ罪の無いサルーシャ君にも厳しい目を向けてしまったのだ、つくづく臆病者な自分が嫌になる。

サルーシャ君だって守るべき領民の一人であるのに無用な疑いをかけるなんて言語道断だ。

だから、これは愚かな僕への天罰だと思った。

サティが、可愛い愛娘が先天性魔力欠乏症で死の定めから逃れられないと言われたのは。

生まれつき魔力が少なく、そのせいで死んでいく赤子は意外なほど多いらしい。

赤子では魔力を感知することもできない、ポーションを飲んで魔力を回復させるのも不可能だ。

無理に飲ませて破裂、最悪の場合プルシディンス・ヴィータを起こすと言われては試す事すらできない。

実際裕福な家庭の子が先天性魔力欠乏症にかかっていた場合、一縷の望みにかけた親がポーションを飲ませ引き起こす事態も少なくないらしい。

僕も何度も何度も釘を刺された、それを行うのはこの子を殺すのと変わらない行為だと。

ならばもうこの手段しかないのだろうか。

生き物が死ねば近くの生き物に魔力が吸われる、それを利用して魔力の限界値を上げる方法があると聞く。

実際この村でも魔法使いになるべく子供達がやらされている。

そして、魔力の大きな生き物が死んだ時ほどその効果は高いとも。

……この村の子供達は小さな頃からそれを行なっている、ならば我が子がもう少しだけ早く行ってもいいんじゃないか?

幸いにも度々我が家に来る魔力の大きな子がいる、その姿を見るたびに我が子のためだと囁く声がする。

これが悪魔の誘いというのだろう、僕にはそれがとても甘美に思えた。

少しずつ憔悴していく我が子を見ているとその衝動を抑え切れる自信がなくなっていく、近いうちにサルーシャ君にはもう我が家に来ないように言わなければ。

僕が悪魔の誘いを振り切れるうちに。



もう来ないでくれって言われました、すっごく困ります。

だって後一回か二回ぐらいはやらなきゃ治んないのよサティちゃん。

それなのに来ないでくれって、一体なぜ?


「ご迷惑でしたか?」

「そんな事はないよ、君にはこのドルス家全体が助けられていた」

「ならなぜ?」

「逆だよ、これ以上我が家が君に迷惑をかけるわけにはいかない」


ああ名誉的な? 村民ごときにこれ以上世話になるなんてってか?

一瞬そう思ったけどこれは違うな、ウェルさん泣きそうだもん。

あるとしたら誰かに怒られたか? その場合誰だ、少なくとも上司さんや司祭さんはない。

何度目かにこの家に通った頃にこっそりと頼まれてるし、怒るぐらいなら頼まないだろうしなあ。

とすると俺の知らない人、奥さんかウェルさんの実家か?

うーむ、わざわざ辺境行きになった奴にちょっかいかけるか?

それともサティちゃんの件で騒ぎすぎだって言われて大人しくせざるを得ないのか?


「それは何方かに言われてのものですか? はっきりと申しますが、俺がこちらに来ているのは将来俺がやりたい事をやる時後ろ盾やコネになって欲しいからなので、やめさせられると困るのですが」


必殺、ド直球火の玉ストレート、余計な気遣いは死ぬ! ふはは、迷惑というならば断る方がより迷惑になる、そういってしまえばお人好しなこの人の事だ、きっとかばってくれるはずである。


「くっ……!」


あれえ? なんでウェルさんすっごく苦しそうな顔してるの? もしかして逆らっちゃいけないぐらいの人からの叱責? だとすると俺が入り浸るのってかなりアウトだったって事?

だとすると身分差が絶対の社会なのこの世界? いや、それにしちゃあ上流階級っぽいウェルさん達が気さくなのが意味不明だし、一体なぜ?


「すまない!」


そんな風に混乱してたら頭を下げて謝られた。

いや、そんな事されたらますます意味分からなくなるんですが。


「これ以上サティの近くに君がいる光景を見せないでくれ! 僕が、悪魔の囁きに屈しないうちに、お願いだから逃げてくれ……」


ええと、どういう意味?


<ああ、そっか。魔力を増やすなら生き物を近くで死なせればいいもんね。そっかそっか、頭いいじゃんこの人>

(……おお! 俺、命の危機だったの!?>


さすがに大人に奇襲されて絶対大丈夫なんて思えないからな、ウェルさんがその気になってたら死んでたかもしれん。


(治癒魔法でも開発しておくかな?)

<面白そうだけど、この人への対応はしなくていいの?>

(現実逃避してる場合ではないか……いや、どうしよう、これ。今後来るにしても来ないにしても気まずいぞ、俺別に世界を見て回りたいだけで故郷を捨てる気なんてないから武者修行のパトロンしてほしかったのに)


パターンに分けて考えよう。

まず一つ目、断って今後も来るパターン。デメリットは家主が来るなって言ってるのに来るのって常識外れじゃねってのと下手したら殺されること。メリットとして確実にサティちゃんの治療ができる、以上!

あかん、どう考えても素直にもう来ませんと言わざるを得ない。

その次に移ろう、来ませんって言ったんだからもう来ないパターン。

メリットは命の危険がないこと……終了! デメリットは、村のみんなからなぜ行かないのかって聞かれたら……まあ素直に来ないでくれって言われたからでいいから考慮しなくてよし。サティちゃんの件は彼女自身の生命力に期待する形になるな、多分まだ放っておいたら死ぬ領域だけど。

で、死んじゃった場合ウェルさんは殺っときゃよかったってどうしたって思うだろう、それがわずか程度であっても。その場合俺がここの家に来るのは苦しめるだけだな、関係性は非常に微妙なものになるだろう。

つまり最後のパターン、正面からは来ないけどこっそり侵入してサティちゃんの治療を行うパターンが一番の正解である。あの子が生きてれば関係修復は容易だろうし、何より最初の目的が達成されているのがいい。

スニーキングミッションの難易度はこの際無視、なぜならツクヨの魔法を使い倒す予定だからだ。精霊の魔力操作技術は世界最高峰、それに俺の発想力(オタク知識)が合わさればできない事などほとんど無い。こんなパワープレイが通じると思えるのも痕跡を残さないようにする結界のおかげである。


「……わかりました。でも、その心配が無くなった時、ウェルさんの気持ちが落ち着いていたら、また来てもいいですか?」

「そう、だね。僕が君を害さない保証ができるなら、また来ておくれ」


泣きそうな笑顔で答えるウェルさん、辛い気持ちを抑えてまたと言ってくれたのがよくわかる。

無神経と言わば言え、それでも言っとかないともう一度来るのが微妙になるのだ。

なんてったって、あの子は必ず治すのだから二度と来れない、なんて有り得ないのである。

まあ、あまりやりきる前に断言してしまうとフラグが立ちそうなので祝いの言葉を考えるのはまた今度にしておこう。



と、言うわけで深夜のスニーキングミッションはっじっまるよー。

まず寝る必要のないツクヨに両親が眠るまで監視してもらい、就寝を確認したら起こしてもらいます。

この際結界を張っておきたいのですが、寝たりして意識が逸れると大抵の魔法は霧散してしまいます。諦めて痕跡を消す前に感知器がこない事を祈って素のまま監視です。

両親が眠って起こされたら行動開始、靴を履き木窓を開けて外へ。

なぜ窓から出るかというと、俺の部屋から玄関に行くには両親の部屋の前を通る必要があるからです。起こしてしまう可能性は低いですがリスク回避はできるならしておきたいですからね。


<ねえねえサルーシャ、実況ごっこ?してる最中に悪いんだけど聞いていい?>

(なんだよ、俺はこれから犯罪を行う事実から目を逸らすのに必死なんだが)

<あの二人寝る前にバタバタとうるさかったけどあれってなんだったの?>

(……とりあえず、うちの両親の仲が悪いわけではないと言っておく。詳しい説明はまた後でな)


はーい、と頭の中で響く元気な返事を聞きながら真っ暗な中を迷わず進む。

街灯の無い道は完全に闇の中、さらに新月の日を選んため万一巡回の兵士さんが来ても俺の姿を見ることはできないだろう。

それでもなるべく身を低くし音を殺して進む、可能性はゼロではないから、いや、家屋不法侵入をしようとしている自分が後ろめたいからだ。

この辺の感覚はどうしたって現代人なのだろう、この世界に生まれて数年経った今でも村の人達と微妙にずれがある。

いや、不法侵入が認められてるわけではないし、そもそも堂々とドルス家に出入りしてただろ、と言われると困るが、どうしても時たまずれを感じるのだ。

気にするような事ではない、ないのだが……現実から目を逸らそうとしている時とかふと頭をよぎる。

いつかこのずれが致命的なものをもたらすのでは? そんな妄想じみたナニカが頭をもたげることがあるのだ。

所詮は妄想、気にかける必要などないはず、なのになぜ俺は……


<着いたよサルーシャ、ここからは魔法をバンバン使っていいんだよね?>

(! ああ、そうだ、覆うからちょっと待ってろ)


思考の底に沈みすぎてたんだろう、ドルス亭にいつのまにか到着していた。

ツクヨの呼びかけに慌てて魔力を広げていく。


(屋敷全部を泡みたいに包む、それが終わったらツクヨが俺の姿を透明にする、そのままあの子のとこまで行って治療を行い、終わったら即撤退、何か起きたらその都度対応すること。分かったか?)

<寝る前にも言ったじゃん、何度も言わなくても大丈夫だよ>

(そうだよな、何度も確認する必要はないよな。悪い、俺が不安だっただけなんだ)


軽い文句を言われたので素直に謝罪、自分の不安を吐露する。


(バレたらどうしよう、なんて考えても仕方ないんだけどな)

<任せて、私がバッチリ隠してるから!>


ちょっと得意げなツクヨに頼もしさと微笑ましさを覚えながらサティの眠る部屋の下までこっそり進む。


(げっ、なんで起きてんの!?)

<バッチリ灯が点いてるね>


屋敷の窓は贅沢にも全てがガラス製、もちろんカーテンはかかっているがそれでも明かりが点いてるかどうかはわかる。


<どうするの? どうせ後一、二回は必要だから今日は出直す>

(消し忘れだといいんだけどな、ちょっと中の様子を確認するぞ)


音を立てないように静かに窓のすぐ下まで進み、逆に見られたりしないように注意しながらカーテンの隙間を覗き込む。

そこにいたのは俯き肩を落とすこの家の家主だった。


(ウェルさん? なんでこんな時間にまで起きてるんだ?)


不思議に思ったが彼の前の小机を見て察した。


(眠れないのか……)


隙間からだと見えづらいが、微かに見えるガラス瓶らしき物は確かお高い蒸留酒だったはず。

父親からの贈り物とで度数が高目だと使用人の人が言ってたやつだ。(飲ませてくれないかなあとか言ってたけど不要な情報なので割愛する)

さて、これは困った。透明化してるとはいえ、不意に動かれて触れられたら当然バレる。

最悪出直すのも択に入れつつ観察を続ける。

熟睡してるなら少しくらい何かやってても気づかない、といいなあ、などと考えているとウェルさんの口元が動いているのに気づき慌てて壁に耳をつけて聞き耳をたてる。


「…ごめん、ごめんなあサティ、なんにもできない情け無い父さんで……ああ違うんだ、君が憎いんじゃないんだサルーシャ君、僕はただ、娘を助けたくて……はい、自分は騎士失格です隊長、守るべき領民を、疑うだけでなく殺害しようとする、最低な……」

(寝てるわこれ。ツクヨ、窓の鍵を開けてくれ)

<はーい、ちゃんと魔力で覆っててね>


延々と責められ続ける悪夢を見ての寝言なんてもん聞いてられるか! とっととサティちゃんを救い悪夢を吹き飛ばす! そう決意を固めた俺はすぐに窓の周囲を魔力で覆う。

窓の内側まで侵入させるのはちと骨だが、コレを聞き続けるよりは余程マシだ。

音を立てないよう窓を開けてこっそり侵入してもウェルさんは起きない、すぐに起きれないほど飲んでしまったのだろう。

ブツブツと聞いてるだけで気鬱しそうな寝言をBGMに治療を始めたが、できれば今回だけで治療が終わってほしい。

真面目な人は自分を追い詰めすぎる、少々いい加減な方が生きるのは楽だと思う新月の夜であった。

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