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龍の紋章  作者: 森見幸成
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魔法(?)の怖さ、狂気の片鱗

少しスランプ気味。

  魔法(?)の怖さ、狂気の片鱗


 ミラさんの珍行動に一瞬ざわめきたつギルドだが、動いた主が彼女だと知るとまた元に戻った。悲しいことである。

 ただ一人、先ほどの毒舌金髪美人だけは、ギルドマスターだけでなくナンバー2のミラさんにまで話しかけられた俺をひたすら睨んでいたが。


「よし、魔力を計りに行くぞ」

「うす」


 すっかり扱いになれた俺はロイの華麗なスルーについていくことに成功し、無表情のままロイに続く。少し震えた声でミラさんが後ろから駆けてくる気配を感じたが、その追跡を右へ左へ避けながら進む。


「おい、あいつミラさんのアレをスルーしてるぞ」

「とんでもない新入りだぜ……」

「やだ、ちょっとカッコいいかも」


 ……このギルドは、すこしおかしいのかもしれない。ものすごい面白さだが。

 やがて、教会にあった魔晶が中央に鎮座している部屋に連れて行かれた。また丸テーブルが二つあり、その片方に受付嬢が座っているのだが、


「むにゃ……」

「……ほかの五大ギルドへの紹介状を書いてくれるかな」

「……」

「ほらアンちゃん!仕事よ、仕事」


 順に俺、ロイ、ミラさんである。ロイは頭を掻きながら、何事かを考えだしている。おそらくこのギルドマスターの怠慢の成した結果だと思うが、あえて何も言うまい。俺は空気の読める男なのだ。

 ミラさんに揺さぶられている、アンと呼ばれた受付嬢は、よだれもさながらに目を開け、存分に伸びをしてから一言、「……だる」とつぶやいた。


「おい起きろこの給料ドロボー。減棒するぞ」

「だって半年間誰も客なんて来ないじゃないですかあ。受付のシフトにも回してくれないし」

「くやしかったら事務処理能力を上げろ。つうか上げなかったらマジで減棒する」

「だって、めんどく……」

「アンちゃあああん?今、仕事!ここに仕事が居るから!」


 もう支離滅裂なミラさんに観念したのか、アンははあ、と言いながら初めて俺の方を見た。


「幸薄そうね」

「……」


 俺は心に湧いた感情を抑えながら彼女の前に座る。彼女は変わらずダルそうな表情を顔を浮かべながら魔晶に手を触れるように促す。俺は一応言われたとおりにする。


「んじゃ、はじめるわよ――『測定(メジャー)』」


 途端、魔晶が光りだす。その光は徐々に一本の線になり、俺の心臓あたりに差す。ほのかに感じる温かさは、徐々に俺を満たしていき、同時に何かが引き出されるような感覚を覚える。すると、俺の胸に差していた光に、青と緑と黒のラインが走った。


「へえ。三属持ちなんだ」


 少し感心したように声を漏らすアン。


「いつ終わるんだ」

「魔力の量が分かればすぐ終わるわよ」


 そうか、とつぶやいて再び黙る。

 待つ。

 待つ。

 ……待つ。


 ――かくっ。

 長いこと待っていると、急に光が波打つようにぶれた。終わったのか、と前を見ると、何故かうつむいているアン。何らかのアクションを起こしてくれないと困るんだが。

 ―いや。

 おもむろにロイが立ち上がり、アンのそばに立ち、そして――脳天にこぶしを入れた。


「~~~~~~っつ!」

「お前もう減棒な」

「はっ!ごめんなさいそれだけは!これ以上減らされたら身を落とすしかなくなっちゃいます!うるうる」

「マジで減らしてやろうか……?」


 目の前で繰り広げられる寸劇に俺が心の中で乾いた笑いをもらした時、魔力の引き出される感覚が変わった。見れば光の色が消え、透明になった。光の線は白い輪郭を持っている。もしかしたらこの魔法は光の属性なのかもしれない。


「はふはー、ほうほふへいほはひはひはははー」

「あん?何言ってっか分からねえよ」


 もうやめろ。


――――――――――――――――――――――――――――


「おー、すごいですねー、なかなか常識はずれの魔力量です」

「……本当ですか?」


 思いっきり猜疑心にまみれた視線をアンに向ける。この一刻ばかりでこのギルドへの評価は下がりきっている。この結果も疑わしいものだ。


「いやいや、本当ですって!魔法は嘘つけないんですから」

「……本当に?」

「その辺にしといてやれ、ナル。その仕事はちゃんとやってるよ、そいつの魔法は」

「そうか」


 ロイの言葉に、ひとまずは警戒を解く。


「うう……はい、どうぞ。あなたの魔力量はこれに記載されています。平均は十段階評価で三、その後は教会で力量を計って確認してください……」

「どうもありがとう?」


 力量を図る、とは教会(龍神教というらしい)で紋章発現と一緒に行われているサービスで、その人物の筋力、魔力を加味して十段階評価で判定を出すというモノらしい。まあ思考力などは判定されないので、実際の強さは少し違ってくるらしいが。


「アンちゃん。後でお話があります。それまでここで待っててね?」

「謹んでお受けいたします……」


 消沈してしまった受付嬢に特に何の感情も抱かずに、俺とロイは部屋を出た。

 しばらく歩いて、ある程度の広さを持つ中庭のようなところに出た。ロイの言によるとここは修練所と呼ばれているところで、このギルド内に全部で三つあるそうだ。その中でもここはかなり頑丈な造りになっているため、魔法の修練によく使われるらしい。


「よし、これから魔法と紋章の訓練をするわけだが、まずさっきの紙を見せてみな」


 その言葉に俺はポケットからもらった紙を取り出す。じっと眺めてみると、「五―有」とだけ書かれている。

 

「おーおー、やっぱスゲーな」

「本当ね。私よりは少ないけれど、まだ伸び代があるみたいだし」


 二人が勝手に納得しているのに疎外感を感じたが、まあ平均が三と言っていたし、伸び代があるということはやっぱり非常識なのだろう。

 ひとしきり二人で感心したあと、ロイは修練場の隅に行き、腕を組みながら壁に寄りかかった。どうやら傍観を決め込むようだ。必然的に俺の目の前にはミラさんのみがいる。彼女はしばらく目を瞑り、やがて深呼吸を一つすると、ゆっくりと目を開けて、先程までの様子とは打って変わって、なんというか、妖艶な印象を受ける。

 

「……始めましょうか?」


 いつの間にか見とれていたようで、やはり艶然と微笑みながら小首を傾げて俺に話しかけた。ハッとして頬の紅潮を抑え、短く、「お願いします」とだけ言った。ロイの方を見ればニヤニヤしている。畜生。

 後に聞いた話だが、彼女は五大ギルドの中でもかなり有名らしく、その美貌と紋章を組み合わせた魔法を駆使して超強力な魔法を生み出すらしい。そもそもの出自が人間とエルフのハーフであるらしく、エルフの身体的特徴である尖った耳はなく、また髪はエルフのある一族の特徴を受け継いだらしい。人間よりも体力はないが、魔法が得意であり、またエルフよりは運動ができる。一見すれば器用貧乏にも見えるが、きちんと長所はある。

 そして俺はこれからそれを思い知ることになる。


―――――――――――――――――――――――


「じゃあまず、魔法を覚える際に一番大事なことを教えておくわ。まあ冒険者をやるうえでも当然知らなきゃいけないことよ」


 いきなり始まった話に躊躇しながらも、頷く。

 するとミラさんは、にっこりと笑んで、右手を前に突き出す。

 ――ふと、後ろから風が吹いて俺の髪を揺らす。気になってそちらに意識を向けた瞬間。

 怖気が走った。それはまるで、地球の零細道場で眉間にこぶしを振りかぶられた時のような。

 ばっと視線をミラさんに戻し、彼女の手と俺の間に剣を鞘ごと割り込ませる。途端、ものすごい衝撃とともに、剣が手から離れて飛んで行った。


「……!」

「それは恐怖よ、ナル君」


 心底楽しそうに、ミラさんは嗤った。

 ……どうやらとんでもないスパルタに出会ってしまったようだ。少なくとも今のミラさんなら役立たずを崖から蹴り飛ばしそうな、そんな危うさがある。


「次」

「!」


 今度はミラさんが振り払うように手を振って、俺は軽々と左に飛ばされる。勢いを殺さずに、転がりながら立ち上がる。

 顔を上げると、すでに目の前には片腕を上に向けたミラさんが立っている。


「これは躱さないと痛いわよ」


 そんな声と共に振り下ろす。幸か不幸か、俺はそれを右に跳ぶことで何とか躱した。

 ゴッ、という音と共に俺の居た地面がつぶされたようにえぐられた。

 まずい。何がまずいかって攻撃が見えないこともまずいが、何より今のミラさんの恍惚とした表情がまずい。雰囲気が変わっても本質は変わらずに、やらかすきらいがある。

 盛大に冷や汗を流していると、俺の左側に剣が音を立てて落ちてきた。見ればロイが気の毒そうに剣を抜け、と言ったようなジェスチャーをしている。ああ、これもミラさんの日々の茶飯事なのかと、なんとも言えない気持ちになりながら、鞘から剣を抜く。


「うん、それでいいわ」


 そんな言葉と共に、ミラさんもいつの間にか抜身のレイピアをその手に握っている。俺は現実逃避をやめて、じっと目の前の敵を見つめた。もう既知の中だから、という言い訳は通用しないし、ましてや俺は圧倒的弱者。今のままではあの毒舌金髪美人も、あのアンにも負ける可能性があるのだ。一瞬でも気は抜けない。

 先ほどとはうって変わって、ミラさんはゆっくりと間合いを詰めてきた。そして、俺はなるべく剣腹を相手に見せるようにして構えた。相手の獲物がレイピアなら、少しでも防御面は多い方がいい。

 そして、ミラさんがある程度の距離を詰めてきたとき、俺は全神経を彼女への観察に費やす。


 脚が、目線が、剣先が、動く。その動きは自然な行動のようで、確実に誘っている。俺の出だしを待っているのだろうし、魔法を使われれば即死の俺は、もちろん。


「ふっ!」


 目の前の敵に、袈裟懸けを見舞った。充分に隙を狙ったので、一瞬ミラさんは驚いた顔を浮かべたが、どうやっているのか、ほぼ抵抗なくレイピアで受け流される。よけた先に目を向ければ、すでにミラさんは幾筋にも舞うような突きを放っている。一発、二発、三発と、どうにか受け流すが、不快な感覚に頬に手を遣れば、浅く切られていた。

 今のやり取りでわかる、彼女の実力。魔法、剣、ともに一流だ。喧嘩と護身の業で勝てる相手じゃない。


「案外やるじゃない。魔法も使わずにその剣速はなかなかよ……でもね」


 途端、後頭部(・・・)を殴られた。頭がわんわんなり、俺はたまらず吐く。


「駄目よ、魔力を循環させなくちゃ。そんな柔らかい頭じゃ、すぐ死ぬわよ」


 すると、いつの間にか後ろにいたミラさんが、やはり笑みを浮かべながら俺のそばに立つ。


「ほら」

「……!」


 今度はかろうじて反応できた。至近距離から放たれたにもかかわらずつま先がかすむような蹴りを、抵抗せずに体をわざとまげて衝撃を減らす。が、あっさりと蹴り飛ばされた。ドガッ、ガガガと、ボールのように体が転がっていく。


「おいミラ、その辺で……て、こりゃまずいな。聞こえてねえよ」


 完全にイッちゃっているミラさんにそうロイが声を掛けるが、聞こえていないようですぐあきらめた。頼むからもうちょっと頑張ってほしかった。


「しかし、弱いわねぇ」

「……」


 頸動脈あたりにレイピアの腹をあてられて、冷や汗が垂れる。見上げた彼女の双眸は、ひどく冷たい。


「このまま、殺しちゃいそう」


 プツッという音がして、俺の首からわずかに血が垂れる。

 怖い。

 知らず、俺の体は震えていた。

 目の前の、この剣が。それを使う強者が。それができない弱者が。

 怖い。

 ふと、破れた左腕の服から、地肌がのぞいている。そこに、こちらを見つめる鋭い双眸を確認した。


「……」

「ほら、どうしたの?死んじゃうわよ?」


 そう言って、レイピアが高く掲げられる。剣先はもちろん俺の方を向いている。

 喰らったら?

 



 

 ……そんなことは、どうでもいいか。

 喰らわなければいいのだ。

 とりあえず、


「うっとうしいな」

「?」


 目の前のハーフエルフが、訝しげにこちらを見た。それを冷ややかに見つめながら、僕は左腕の紋章に手を置いた。


―――――――――――――――――――――――


 とある邸宅の、いたって簡素な執務室。そう言うにはいささか豪華すぎる装飾が施された部屋で、私は部下の報告を待っていた。

 ほどなく、以前の時とは違い、至って礼儀を保ったノックとともに入室してきた部下は、それでも興奮したような様子で告げる。


「報告します。今しがた、約十八刻ごろに、随分微弱ながら例の魔力が感じられました」

「……これで、三度目だったかな?」

「はっ。一度目は『聖域』、二度目はラウ草原、三度目がルーシュナの街、五大ギルドの『天竜の翼』の敷地内から反応がありました。街の簡易魔力結界が作動しなかったこと、また偵察隊から街に何ら変わりがなかったとの報告を受けたことから、龍種が出たとは考えにくいとの見解が出ています」

「だろうな。おそらくはよほどの強さの『竜紋』を授かった者がいるのだろう。――ご苦労だった。後は私が追って指示を出す。下がってよいぞ」


 私のその言葉に敬礼して部下が退出するのを見送ってから、私はしばし思案する。


「しかし、よりによってルーシュナに、いや天竜の所にいるとはな。場合によっては、ちと面倒なことになりそうだ」


――特にアイツが。

 ふと、豪快に笑うのが印象的な悪友の顔が浮かんで、ひとしきり苦笑してからため息をついた。














次は精進します。批判でもいいので感想待っています。

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