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一日目 ~商店街パニック~



 「お昼はどこにする?」

 「ど、どこでも大丈夫」


 講義を終えてから、二人で近くの商店街まで繰り出していた。

 一つは今朝言ったお昼を奢ることと、二つ目は夕食の買い出しだ。

 それなりに慣れ親しんだ道を歩きながら、活気のある商店街を見回しどこか食べられるところを探す。

 ふとそこで、一つの店が目に入った。


 「それじゃあ、あそこにするか」

 「はい、大丈夫ですっ」



 「おうらっしゃい! 二人でいいかい?」

 「はい」

 「そんじゃ、決めたら呼んでくれよ」


 入ったのは定食屋。

 値段は学生に優しく、加えて男性向けと女性向けとがあり、その親切さと店主のなじみやすさからこの付近の学生はよく来る場所。

 内装はシンプルではあるが、それが逆に清潔感を表し、女性も一人で来やすい。

 二人掛けのテーブルに置いてあるメニューに手をとり、中を確認していく。


 「今日は……かつ丼にするか。」


 メニューは大体覚えているので、確認の形程度でさらっと見て、気分的に決めた。

 ちらりと見てみると、彼女はメニューを一度見てから、再度見直している。恐らく、ここに来るのは初めてなのだろう。


 「あの、決まりました」

 「そっか、それじゃ。すいませーん!」

 「へいなんだい!?」

 「かつ丼定食のご飯大盛りと、えーと――」

 「れ、レディースランチでお願いしますっ」

 「はいよ、カツにレディー入るよー!」


 注文を終え、あとは待つだけになる。


 「た、たくさん食べるんですね」

 「ん?」

 「あ、い、いえ、その……」


 すると、借りてきた猫のように縮こまっていた彼女が言う。


 「ああ、まぁこれでも若い男子だしね。それにここは、大盛りでも学生は無料だから、もらえるものは貰っときたいし。

  そういえば、レディースランチってあったけど、どんなの?」

 「どうやら、季節のパスタにサラダと飲み物がついて来るみたいです」

 「へぇー、パスタか」


 基本的にここではがっつりと食べるのでご飯系統にしているが、ここの店主はオールマイティーに何でも作れたりする。

 揚げ物はもちろんのこと、新鮮な商店街で買った魚を使った刺身、カレー、寿司、パスタ、ケバブ、ラーメン(醤油・塩・味噌・豚骨・担々・etc...)、加えてファミレスなんかにまであるパフェだとか、ぜんざい、ケーキ、クレープとやけに幅が広く、それらは全て手作りで、その場で大体は作り上げる。

 噂では裏メニューだとかあるそうだが、真偽のほどは確かではない。


 「へい、かつ丼お待ち!」

 「お、来たか」

 「は、早いですね」


 確か頼んでから五分と経っていないはずだ。これも、学生が多く来る所以ともいえる。

 さらに奥に戻った店主がとんぼ返りで再度やってくる。


 「ほい、レディースランチだ!」

 「あ、はい、ありがとうございますっ」


 レディースランチの季節のパスタは、夏野菜を使った冷製麺だった。


 「それじゃ、食べるか」

 「はいっ」

 「「いただきます」」





 「ごちそうさま」


 最後の一口を平らげ、合掌。


 「わっ、わっ……!」

 「ああ、急がなくっていい。自分のペースで食べな」


 実際、人よりも食べるペースは速い方だと思ってるし、女の子なのだから食べるのが遅いというのもうなずけることだ。

 それよりは――


 「………………」

 「ゅ…………」


 ふむ、ちゃんとスプーンとフォークを使って食べてるな。それに食べ方が上品だ。

 ほう、一つのものには集中しないでちゃんと順序を決めて食べているのか。

 へぇ――


 「あ、あの……!」

 「ん?」

 「あ、あまり見られていると、その、恥ずか、しいです……」

 「え、ああ、すまない。つい、な……」


 う、ちょっと気まずくなってしまった。





 「ごちそう、さまでした」

 「ん、それじゃあお会計すましてくるから、準備が出来たら先に出てていいよ」

 「あ、あのお代!」

 「いいって。それに今朝言っただろ、今日の昼は奢るって」

 「で、でも……」

 「これぐらいは大丈夫だからさ、あとは、うん。いつもおすそ分けをもらってるだろ? その恩返しってことで、な?」

 「……わかり、ました」


 しぶしぶといった様子だが、退いてくれた。


 「それじゃ、お会計お願いします!」

 「はいよー! えーっと、かつ丼にレディースで……九百八十八円だ」

 「それじゃあ千円で」

 「はいよ、それじゃあおつりに十二円。ありがとうなー! また来てくれよ―!」


 店主さんの言葉を背中にして、店を出る。

 外で彼女は待っていた。


 「よし、それじゃあしばらく歩いた後に、夕食でも買いに行こうか」

 「はい」


 肉・魚・野菜、とほぼ全てがこの商店街では買うことができる。

 日によっておすすめの品も変わっており、その日その日の献立も商店街を見ていれば困らないほどだ。

 それに地域密着型なために顔はすぐに覚えてもらえるし、皆優しい方々なので気兼ねなく買い物もできる。


 「あら、美穂ちゃん。それに寿樹君も、二人で一緒だなんて、ついに恋人同士に?」

 「い、あ、その、あの」

 「よかったじゃない、美穂ちゃん、念願の――」

 「す、ストップ、ストップです! た、たまたま今日は一緒に買い物してるだけなんです!」

 「あらら、そうなの? ねぇ、彼女さんが否定されちゃってるけど、どうなの、彼氏さん?」

 「いやぁ、こんなに可愛い子が彼女なら、そりゃ嬉しいですけどね」

 「か、寿樹君!?」

 「あらあら、お熱いじゃなのー! だったらお祝いにサービスしてあげちゃう! ほら、これ持ってって!」


 いきなり肉屋のおばさんが喜びだして、肉を渡された。


 「い、いやぁこんなにもらうのは良くないですよ」

 「いいのよっ! お祝いなんだから! みんなにも教えてあげなくちゃ!」

 「え、ちょっ!?」


 しかも、おばさん店ほっぽらかして周りの店の人にまで伝え始め、それはかくも言うかの速さで広まってく。

 

 「えーっと、別に彼女とは言ってないんだけどなぁ……。なぁ……って?」

 「(わ、私は別に彼女でも……ごにょごにょ)」

 「どうかしたか?」

 「う、ううん、なんでもない!」


 うつむいて何かを呟く彼女に声を掛けると、慌てた様子で彼女は手を振った。その顔は赤くなっていたが、それを気にする前に辺りには騒がしくなってきた商店街の店主さんたちが満面の笑みを浮かべながら近づいてきたのでそれを気にする余裕はなく。


 「おうおう、兄ちゃんやるじゃねぇか! まさかこんなべっぴんさんが彼女なんてよぉ!」

 「うらやましねぇ、あたしも若い時には――」

 「おいおい、なに言ってんだ。おめぇ昔から変わってねぇだろうが」

 「まぁ失礼じゃない!?」

 「喧嘩しない、喧嘩しない! 今はめでてぇんだから、そっちを祝ってやろうじゃないか」

 「そうだねぇ、いやなに、こんなにちっこい頃から見てきた子たちなんだ、私たちにとっても子供のようなものさ!」

 「はっはっは、そうに違いねぇ!」

 「お、そうだ、祝いとしてうちの野菜を持ってきな! いい野菜があるんだ!」

 「それなら、うちもそうしようか! おい、まだ魚はいたよな!?」


 商店街の店主さんたちが完全に包囲網を作っており、しかも皆さん自分の中で自己完結をしているために割り込む余地も逃げ出すこともできない。


 「おうそれじゃ、コイツが野菜だ!」

 「こっちが魚介類だ!」





 「なかなか、時間と体力を使ったな……」

 「そ、そうだね」


 あれからしばらく商店街の店主さんたちに囲まれたが、興奮がひと段落すると解散してくれ、その頃には頂点より少し傾いていた太陽は夕陽になっていた。

 そして、手には大量の袋。中には野菜やら肉やら魚やらいろいろなものが入っておりそれなりの重さになっている。


 「重くないか?」

 「あ、うん大丈夫」


 彼女は野菜の入った袋を持っているが、それでも袋の容量ぎりぎりまでに入れられたらその重さはそれなりのものになる。

 出来るのならば持ってやりたくもあったのだが、彼女が持ちますと言ったためにその意思を尊重することにした。


 「おや、二人で帰ってきたのかい? それに、その袋はどうした?」


 それから歩いてアパートまで帰ると、大家さんに出会った。よくここらに来る野良猫に餌を上げている。


 「えっと、商店街の方でいろいろありまして……」

 「ははぁん、そのようすじゃ、二人で一緒に言ったら恋人同士と捉えられったてところだね?」

 「大当たりです」


 この大家さんも中々に鋭い。


 「あ、それでしたらいくつかいりますか? こんなにたくさんあっても冷蔵庫に入りきりませんし」

 「おや、いいのかい? それならありがたくもらおうかね」

 「ど、どうぞ」

 「ほうほう。じゃっ、あーこれとこれと、これにこれもこれで」

 「はい」

 「んじゃ、しまいますかねー」


 大家さんは袋から食材をいくつか取り出して抱えると自分の部屋へと戻っていく。


 「あ、そうだ。美穂ちゃん、確か明後日誕生日だったわよね?」

 「はい、そうですけど」

 「それじゃあ、そん時は何かプレゼントでも買おうかねぇ」

 「そ、そんな!? 大丈夫ですよ!」

 「いいからいいから、自分の生まれた日なんだからそれぐらい許されるわよ。それじゃねー」


 器用に両手がふさがっているはずなのに部屋へと戻った大家さん。

 だがそのまえに、気になることを言っていたのを思い出す。


 「明後日、誕生日だったのか?」

 「う、うん」


 これまでそれなりに一緒のアパートで過ごしていたが、知らなかった。


 「そうか。じゃあ、その誕生日に合わせて何かプレゼントを用意するよ」

 「へ!? でも」

 「さっきも大家さんが言ってただろ? 自分の生まれた日なんだ。多少のわがままも、その日なら許されるさ。

  あとは、恐縮して待つよりも、楽しみにして待つ方が祝ってくれる相手にも自分にもいい日になるからさ」

 「そういうものですか?」

 「そういうものだと思うよ」

 「わかりました。それじゃあ、誕生日プレゼント、楽しみにしてます!」

 「ああ」


 そういった彼女の笑みは、とても可愛らしいものだった。





 「ふぅ、結構食べたな」


 商店街でもらった大量の食材を使って料理し、夕食にしたが、それでもまだまだ食材はあって冷蔵庫に保存されている。

 今日の夕食もいつもよりバリエーションや量には富んでいたが、これなら二日間は自炊だけで過ごせそうだ。


 「さて寝るにしても、今日はちゃんと布団を敷いておかないとな」


 夕食を作る前に風呂に入り、もう後は寝る準備をして寝るだけだ。

 なぜだか今朝は床に私服で寝ていたから、それは注意しなければならない。


 「それにしても、今日はいろいろと騒がしかった。特に商店街」


 布団に入り、目を瞑って今日の事を思い返す。

 良くはわからないが、今日はそんなことをしたい気分になった。


 「あとは……事故か……」


 なぜだか引っかかる車に人が轢かれたという事故。

 だがそれを思い返す頃にはすでに意識は沈み始め、深い闇へと落ちていった。



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