112.進むことと広がる未来
それから一晩、俺達は山小屋で休んだ。
不思議なことに、何も問題は解決していないのに、その日はぐっすり眠れた。目が覚めるのが一番遅くて、申し訳なくなるほどに。
気が付けば、頭の痛みも吐き気も全部消えていた。何かに包まれているような心地良さに、どうしてか安心してしまう俺がいた。
けれども、いざ準備を終えて外に出ようとしたら、一歩も前に進めなかった。先に進もうとする皆に、待って行かないでと叫びたくなる。
そんな俺の様子に真っ先に気付いたのはリトラだった。
「クロノ、どうかした?」
「えっ、あっ、ええっと……」
大丈夫。言って大丈夫。自分になんとかそう言い聞かせて、口を開く。
「もう、魔法使えないって思うと、なんだか……」
俺がそう言うと、ゼノは面白いものを見たと言わんばかりに笑った。
「まあ、そりゃ戦えねえんだったら、そうだよな。安心しろって! ここら辺の魔物だったら俺一人で十分だし、なんならソフィアも戦えるしな!」
「そうだよ! 困ったら眠らせるガス撒いたらいいし!」
二人は俺を安心させるために言ってくれたのだろう。けれども、違うのだ。俺が怖いのは、それではない。
けれども、二人の想いを台無しにしたくなくて、無理やり笑顔を作る。
「そうだね。頼りにしてる」
そう言えば、皆歩き始める。俺も進もうと一歩足を前に出したけれども、止めた。
きっとこの不安を、皆蔑ろにしない。それは、昨日知ったばかりではないか。
「あ、あのさ」
「ん? どうした?」
ゼノが不思議そうに俺を見る。
「俺、が、怖いのは、皆が、死んだり、傷つくこと。だから、お願いだから、死なないで。もう、俺、何もできない、から」
俺がそう言うと、3人は顔を見合わせた。そして、そうだとソフィアが鞄から何かを取り出す。
「それなら今日は、魔物が来ない魔道具、つけっぱなしで歩こう! エウレさんの研究所までなら魔石はあるし、そこからならコンコルスさんの魔法で色んな所行けるしね!」
「いいな、それ。まっ、念のため警戒して行くけどよ。それでどうだ?」
二人の提案に、少しだけ不安が軽くなった。
「ありがと。言って良かった」
「だろ?」
そう言って、ゼノは俺の背中を思いっきり叩いた。少し痛くて、けれども体はようやく、前に進めた。
それから歩いて半日。無事俺達はエウレさんの研究所に着いた。最初俺達とコンコルスさんが出会ったところで、コンコルスさんは待っていた。
俺の姿を見ると、コンコルスさんはホッとした顔をして俺の所まで駆け寄って来た。
「よく、生きてここまで来てくれた」
その言葉に、コンコルスさんにもここまで俺が生きることを望まれていたのだとホッとする。
いや、元々皆、伝えていてくれたのだ。けれども、その言葉すら聞こえないフリをして、一つの道しか見ていなかった。ふと立ち止まって見まわせば、沢山道があることに気が付いた。
けれども、同時に俺が選んだ道は、コンコルスさんの命を犠牲にすることも意味している。その事に少し申し訳なくなって、俺は思わずコンコルスさんから目を逸らした。
「あの、俺……」
「妹の事か」
コンコルスさんは、すぐに察したのか、大丈夫だと言って俺の肩に手を置いた。
「あれから考えた。クロノ君が生きる選択をしたとしても、きっと俺の命を犠牲にしたという事実が、一生クロノ君を苦しめるのだろうと。だから、一つ提案だ。あの日まで時間を巻き戻し、クロノ君もクロノ君の妹も救うというのはどうだ?」
突然の提案に、俺は思わず顔を上げてコンコルスさんを見た。
「えっ、いいんですか……? だって……、いや、でも、それだとリトラが……」
「勿論、リトラさんも、そのタイミングであればリトラさんのお母さんも助けられるだろう。ゼノ君も、ゼノ君のお兄さんも、殺される前に連れ出せる。ソフィアさんのご両親が始めた実験も、止められるかもしれない。……勿論、全員が納得してくれるのであれば、だ」
その提案に、思わず俺は3人を見た。3人とも、驚いたような、けれども期待に満ちた表情でコンコルスさんを見ていた。
「いったいどういう風の吹き回しよ。あなた、女神様の伝説に関係すること以外は巻き戻さないって言っていたじゃない」
「君達はもう関係のある存在だろう。俺のルールには反していないつもりだ。それに、ルールに反していたとしても、願えばいい。そうだろう? ついでに、女神の伝説も、もう終わらせるつもりだ」
コンコルスさんの提案に、誰も否定はしなかった。否定するはずがなかった。
まさか、全員の大切な人が戻って来るとは思わなかった。
「な、なあ、それは、俺達も一緒にってことだよな? 俺、ここにいる奴らと出会った記憶とか、今の感情とか、消えて欲しくねえ」
「勿論そのつもりだ。そもそも一緒に巻き戻らなくても、どこかのタイミングで思い出すだろう。ならば、一緒に巻き戻った方がいい。ただし、その先の未来に何があっても、巻き戻すことはしないがな」
まさか本当に誰も犠牲にせずにメミニを生き返らせる方法があるなんて、思ってもみなかった。いや、本当は考えたことがあった。けれども、コンコルスさんがやらないと言ったから、そしてコンコルスさんありきの方法だったから、完全に除外していた方法だった。
「クロノ君。君が俺に、そうさせたいと思わせたのだ。それだけは、知っておいて欲しい」
「俺が……」
コンコルスさんの言葉に、少しだけ心がこそばゆい気持ちになる。
けれども、今すぐにお願いしますと言えないひっかかりも、同時に感じていた。
「でも、あの……。えっと、そうすると、ウルティオさんが……」
俺の言葉に、コンコルスさんも困ったように眉を下げる。
「ああ、そうだ。巻き戻したとしても、またウルティオが何をするかわからない。だから、できるなら、それを解決する方法を見つけ出してから巻き戻したい」




