東聖領に到着しました
ついに、東聖領のギルドがある町へ到着した。私とリーンちゃんは馬車の窓から外を眺める。
「うわぁ、アリアちゃん見て、東聖山ってすごく高いんだね。頂上が雲で見えないよ」
「ほんとだ、高いね。白さまの山の高さの何倍あるのかな。魔獣がいる山はどこだろう?」
大きな山がどーんと鎮座しているが、近くに他に山は見当たらない。
「ここはねー、頂上付近が聖域でね、それより下には魔獣がいるんだよー」
『キュー』
エル兄さまは、前の席で小福ちゃんを抱きしめて寝転がりながら答えた。
「えっ? 聖なる山なのに魔獣もいるんですか?」
「これだけ高い山だからね、山全体には聖獣の力は及ばないんだよー。白さんのところも、上は聖域で地下は魔のダンジョンでしょ。おんなじようなものだねー」
なるほど、そう言われると同じに思えてきた。
「それじゃ、あの山を登って魔獣討伐や素材採取に行くのかぁ。頑張ろうね! アリアちゃん」
「うんっ」
これは登るだけでもなかなか大変そうだ。気合いを入れて頑張ろう。
外を眺めながら話しているうちに、馬車は東聖ギルドに到着した。
私は外していたゴーグルとチョーカーを身に付け、ローブで口元を隠す。
「んっ、おっけー」
エル兄さまはご満悦だ。
馬車を降り、行者さんにお礼を言って見送った。
ギルド内に入ると、受付の女性にライ兄さまからの紹介状を渡した。女性は内容を確認すると、すぐさまギルド長の部屋へと案内してくれた。
「やぁ、長旅ごくろうさま。皆、久しぶり。大きくなったね」
部屋に入ると、ギルド長のラドクリフさんがにこやかに歓迎してくれた。
「クリフおじさん久しぶりー。相変わらず真っ赤な髪がカッコいいですねぇ」
『キュー』
「お久しぶりです」
「お久しぶりです。おじさま」
皆、それぞれ挨拶を返す。ラドクリフさんは真顔になって、私をじぃっと見た。
「……えっと、君がアリアちゃんかな?」
「はい、そうです」
そう答えると、ラドクリフさんは顎に手を当てて、更にまじまじと見てくる。
「はぁーすごい……別人だね。ライアン君からの手紙に書いてあったから分かったけど、知らなかったらずっと気づかないままだったよ。エル君の魔道具は本当にすごいね」
「えへへー、でしょー」
ラドクリフさんは、魔王討伐の勇者の仲間の一人だ。
討伐後しばらくは、北聖ギルドの職員として働いていた。
父とガイウスさんの友人で、家によく遊びにきていたが、五年前に地元であるここに帰ってきて、彼の父である東聖ギルド長の後を継いだ。
「ここではフィルという名前で過ごさせてもらいます。他のギルド職員達にも私の素性は隠してください」
男として過ごすのだから、冒険者名も男の名前で登録しないといけない。
エル兄さまにどんな名前にしようかと尋ねたら、ノースフィルだから『フィル』でいいんじゃない? と言った。
全く違う名前より、馴染みのある名前の方が良いので、そのままそれに決まったのだ。
「オレもね、エルナンドじゃなくて、ただのエルとして魔道具店をしますので。よろしくお願いしますねぇ」
北聖領主の弟と知られたら面倒くさいらしいので、それは隠して過ごすようだ。
「私は別に隠すような素性は無いので、普通にリーンとして過ごさせてもらいます」
「わかったよ。えっと、エル君は薬士としてポーションを作ってギルドに卸して、魔道具士として店を構えるんだよね。どっちもS級って聞いたけど、本当?」
「ホントですよー。ほらコレ認定証。ポーションは、材料さえ揃っていたら特級まで作れますよ」
兄さまは首から下げた金色のプレートを手に取って見せた。
「それは凄いな。……ん? ちょっと待って。それ三枚あるように見えるんだけど!? もしかして冒険者のS級プレートも混ざってる!?」
「ありますよー」
兄さまは、重なっていた三枚の金色のプレートをずらして見せた。
「うっわ何だそれ。そんなの初めて見たよ。エル君いくつだっけ?」
「20歳ですよー」
「はー……その歳でたいしたもんだよ。最近、ギルド直属の薬士が二人辞めたところだったから助かるよ。それじゃ、アリアちゃんとリーンちゃんは受付でギルド登録をしてきてくれるかい。終わったらこの部屋に戻って来るんだよ。店舗兼住宅の建物に案内するよ」
「はーい」
「分かりました」
エル兄さまはここのギルドに登録して、冒険者として活動しないので、私とリーンちゃんの二人で受付へと向かった。
最初に紹介状を渡した女性のいる受付カウンターで手続きをしてもらう。
「それでは、こちらの登録用紙に冒険者名をお書きください。他ギルドで認定されたランクをお持ちでしたら、認定証をお見せください」
女性の説明を聞きながら、登録用紙に記入していく。
魔法の属性の欄は、持っている属性全てを書かなくてもいいし、空欄でも大丈夫だそうだ。でも、書いてある方がより自身に合った依頼をすすめてもらえ、パーティを組む時もスムーズにいくようだ。
私は、属性の欄には水、氷と記入し、銀色の認定プレートを見せる。
リーンちゃんは、身体強化と記入し、同じく銀色の認定プレートを見せる。
受付の女性は内容を確認して、前のめりになった。
「フィルさん、A級ですか? しかも氷魔法が使えるということはS級相当ってことですよね?」
「そうなりますね。S級の認定試験はまだ受けられないのでまだA級なんです」
S級の認定試験は、二十歳にならないと受けられないので、あと三年はA級のままなのだ。
氷魔法は水魔法を極めた者にしか使えない魔法なので、私のレベルは実質はS級なのである。
「リーンさんもA級なんですね。お二人揃って凄いです。実は今、A級の依頼が溜まっていまして、正直助かります」
受付の女性は目をキラキラとさせた。
「こちらにはA級冒険者があまりいないのですか?」
リーンちゃんが尋ねた。
「実は一週間前から、S級とA級の冒険者のほとんどが、南聖領へ魔物討伐に出かけているんです。S級の魔獣が六体出現したそうで」
「S級が六体ですか……それは大変ですね。皆さん無事に帰って来てくれると良いですね」
リーンちゃんは不安そうに言った。
「五体は討伐したという知らせが届いているので、もうそろそろ戻って来てくれるとは思うのですが……」
「そうですか! あと一体だけなら、もう大丈夫そうですね。では今、一番急ぎの依頼はどれですか?」
私が尋ねると、三人で依頼表の貼ってあるボードの前へと移動した。
ボードにはみっちりと依頼表が貼ってあった。
「これですね。東聖山六合目での薬草採取です」
女性が指さす紙の内容を確認する。
「ファルファナ草ですか。上級解毒ポーションの材料ですね」
私はそう言いながら、ふと近くの別の依頼に目がいった。
「あれ? こっちもファルファナ草の採取依頼ですね。でも報酬金額が全然違いますが、なぜですか?」
一枚につき十万Gと書かれた用紙と、一枚三万Gと書かれた用紙を見比べる。
三倍以上も報酬金額に差があるのは、どう考えてもおかしい。
「それはですね、幼い兄弟からの依頼なんです。A級冒険者には、そういう割に合わない依頼を受けてくれる人が一人いるので貼ってあるんです。そろそろ南の討伐から帰って来てくれると思うのですが……」
「そうでしたか」
ファルファナ草が必要ということは、誰かが毒で苦しんでいるということだ。
ファルファナ草はポーションに加工せず、そのまま生で食べても解毒効果は変わらない。ただし、副作用でしばらく動けなくなるという。
今まさに毒に苦しんでいる人がいるのなら、なんとかしたい。
私は少額報酬の依頼表に手を伸ばした。
その瞬間、ふわっと優しい風が吹いた。そしてすぐ隣に灰色のローブを身につけた人物が現れた。
「アルト君! 帰ってきたのね」
受付の女性がローブの人物に駆け寄った。目深くフードを被っているため、顔は見えない。
「討伐は完了したので、先に一人で帰って来ました。ファルファナ草が必要ってことは毒ですよね。呪解士のおじさんも連れて一緒に飛んできたらよかったな……」
ローブの男性が穏やかな声で話す。どうやらA級呪解士も南に出払っているようだ。
「上級解毒ポーションの在庫は十分あったはずなの。それが、ここ数日で全部売れちゃって……」
「買い占めですか?」
「それが、全部一本ずつ違う人が買って行ったらしいの」
「なんか怪しいですね……とにかくこの依頼は俺が受けます。ひとっ飛びして採ってくるので、夕方までには戻って来れると思います」
「ありがとう! お願いするわ」
二人で話が進み、ローブの男性がすぐに出発しそうだったので、私は腕をつかんで止めた。
「あの! その依頼、私が受けたいです」
男性を引き留めた私に、受付の女性が優しく諭す。
「フィルさん、山の六合目まで行って帰って来るのに二日はかかるんです。でも彼なら風魔法で飛んで行けるから、早く帰って来れるんですよ」
「いえ、そうじゃなくて、私なら直接解毒できると思います。水魔法で血液中の異物を取り除くことができますので」
「まぁ! 本当ですか? それじゃお願いしてもいいですか? 念のためアルト君も一緒に行って案内してくれるかしら? ヒノモト食堂よ」
「分かりました。それじゃ行こうか」
「はいっ」
リーンちゃんに、エル兄さまたちへの説明を頼み、私は男性と共に依頼主の元へと急いだ。