デートと呼びたい
アリアちゃんと出掛けることになった。
出掛けると言ってもお洒落をするわけでもなく、いつものローブ姿だが。アリアちゃんもそうだろう。
しょうがないとはいえ、少し物足りなく思ってしまうのも事実。
一緒に出掛けられるだけでも嬉しいことなんだから、贅沢なことを言ってたらダメだよなぁ、などと思いながらアリアちゃんを迎えに店に行ったんだけど。
なんてことだ。
アリアちゃんは水色のワンピース姿だ。髪は黒色に変えているけど、ハーフアップにしている。
え? その格好で行くの?
嬉しい。すごく嬉しいんだけど、それはまずいのでは……
「アリアちゃんおはよう。その格好……」
「アルトさん、おはようございます。実はですね」
アリアちゃんは経緯を話した。
俺と出掛けるとエルさんとリーンちゃんに言ったら、ローブ姿はダメだと言われたらしい。
せっかくなんだからお洒落しないと、って。
でもそんなの無理だしなぁ、となったところでエルさんの出番だ。
エルさんは周りへの認識阻害効果のある魔道具を三日で作り上げたらしい。
本当に凄いなあの人。
「この帽子なんです」
アリアちゃんは鍔の広い白い帽子を被った。普通にかわいいんだけど、どうすればいい。
「至近距離では普通に見えるけど、少し離れると顔が曖昧に見えるそうです」
なるほど、そういうことか。俺は少し離れてみた。
「本当だ。凄いな」
「空を飛んで行くので、下にはちゃんとズボンをはいていますからね、ほら」
アリアちゃんは得意気にスカートを捲って見せてくれた。
「……そっか、安心したよ」
いやさ、いくらズボンをはいているからって、見せちゃだめだからね。
「それでねー、アルト君はコレねー」
エルさんが奥からひょっこりと出て来て、何かを持ってきた。
「このイヤーカフ耳につけてね。髪の色が焦げ茶色に変わるからねー。それから、この眼鏡かけてね。これも少し離れると顔が曖昧に見えるようになるよー」
魔道具を受け取り、言われるがまま身に付けた。
自分では姿が変わっているか分からないけど、エルさんとアリアちゃんが頷いているから、きちんと変わっているのだろう。
「うん、ばっちりだねぇ。そのローブは脱いでいくんだよー」
「あの、エルさん。ありがとうございます」
「どういたしましてぇ。せっかくのデートなんだからねー」
エルさんは俺にしか聞こえない小さな声で言った。そっか。デートと呼んでもいいのか。
* * * * * * *
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃーい」
『キュー』
迎えに来てくれたアルトさんと共に、隣町へとやって来た。私は初めて来る町だ。
ギルドがある町は、冒険者向けの武器や魔道具の店が多いけれど、こちらの町は服屋、アクセサリーや小物の店、喫茶店などが多く建ち並んでいて、建物もカラフルなレンガがお洒落でかわいい。
「素敵な町ですね」
少し通りを歩く。家族連れや恋人達が多いようで、冒険者の格好をした人はいない。
私達が二人でローブ姿で歩いていたら、すごく目立っていただろう。兄さまに感謝だ。
アルトさんは落ち着いた焦げ茶色の髪に眼鏡姿だ。大人っぽくてすごく格好いい。
眼鏡が認識阻害の魔道具でなかったら、今ごろ女性達が群がっていただろう。
いつもとは違う雰囲気で何だかドキドキしてしまう。いや、いつもドキドキしているから、それは変わらないか。
「アルトさん、どこに行きたいですか? 私はこの街に来たことがないので、後を付いていくことしかできませんが」
「それじゃ適当に歩いて、アリアちゃんが気になったところに行こうか」
「え? 今日はアルトさんのお祝いですよ。私じゃなくてアルトさんの好きなところに行きましょう。私はどんなところでも喜んで付いていきますよ」
本当に、アルトさんと一緒ならどこへ行ったって楽しめる自信がある。なんなら原っぱでも楽しめると思う。
「そっか、それじゃとりあえずあっちに行こうか」
「はい」
大通りをしばらく歩き、お菓子屋や茶葉の店を見て回る。アルトさんは甘いものが好きなので、お菓子を沢山買っていた。
プレゼントしますよと申し出たけど、家族の分も買うからいいんだと言って自分で支払っていた。
「はい、これお土産ね。ここのお菓子美味しいんだよ。エルさん達と食べてね」
「えっ? あ、はい。ありがとうございます」
私にもお土産として買ってくれていたみたいだ。せっかくなのでありがたく受け取ったが、今日はアルトさんのお祝いなのに、なぜか私が貰う側になってしまった。
「あそこに入っていい?」
「はい、行きましょう」
アルトさんが指差した店へと行った。そこはアクセサリーや小物のお店だった。よし、今度こそ私がプレゼントする側にならないと。
「わぁ、かわいいものがいっぱい……」
かわいくてキラキラと光るものたちを順に眺めていく。
アルトさんは男性向けのコーナーを見ているので、私は女性向けの可愛らしい小物が並ぶ台を見ている。
ふと小さな石の付いたネックレスが目に入り、思わず手に取った。
これ、すごくいいな……
吸い込まれるような藍色の石に惹かれ、思わずじっと見入ってしまった。
小ぶりの宝石だったが、ネックレスはなかなかのお値段だ。
欲しいけど、今は贅沢しちゃだめだ。
そっと台の上に戻し、こちらに向かってきていたアルトさんに話し掛ける。
「アルトさん、何か気になるものはありましたか?」
「うん、これが気に入ったから買おうと思ってる」
アルトさんは青い石の付いたシンプルなデザインのローブの留め具を手に持っていた。
「それでは、それをプレゼントさせてください。今度こそ私からプレゼントさせてもらいますから、断らないでくださいね」
人差し指をピンと立ててそう念押しをすると、アルトさんはふっと笑った。
「ありがとう、それじゃ遠慮なく。君は何か欲しいものは無かった?」
「私は素敵なものを沢山眺めたので、それで満足感です」
「さっき手にとって見てたやつ、気になったんじゃないの?」
食い入るように見ていた姿を見られていたんだ。ちょっと恥ずかしい。
「……そうですね。すごくきれいだなと思いました。でも今は他のことにお金を使いたいので良いんです。それ貸してくださいね」
私はアルトさんから留め具を受け取り、会計を済ませた。
アルトさんは店主の人と話があるそうなので、先に店を出て待っていた。
しばらくして出てきたアルトさんに袋を手渡す。
「アルトさん、どうぞ」
「ありがとう。大事にするね。アリアちゃん、これ受け取ってもらえるかな?」
「え?」
アルトさんから小さな袋を手渡された。おかしいな。プレゼントを渡したばかりなのに、お返しがきてしまった。
そして、これってもしかして……と、淡い期待がわいてきてしまう。
「開けてみてもいいですか?」
「うん」
袋を開けて中を見て、胸が熱くなる。
さっき見ていた藍色の石のネックレスが入っているからだ。
「これ……」
「俺からのプレゼントが嫌じゃなかったら、受け取ってもらえると嬉しい」
どうしよう。すごく嬉しい。今日はアルトさんのお祝いのはずなのに貰ってばっかりだ。
「どうしよう……」
こんなの受けとるのはダメだ。でも……
「ああ、ごめんね。男からこんなの貰っても困るだけだよね」
アルトさんが申し訳なさそうな顔をした。違う。そうじゃない。
「違うんです。今日はアルトさんのお祝いをしに来たはずなのに、私の方がいただいてばかりで。こんな高価なものを受けとるのは悪いなって思うんです。だけどそれ以上に嬉しくて。どうしたらいいのか分からなくて……どうしましょう」
こんなこと聞いても困らせるだけなのに。
「そっか、迷惑じゃないなら良かった。値段は気にしないでほしいんだ。自分で言うのもなんだけど、俺けっこう稼いでるからお金持ちだよ」
アルトさんは冗談めかしてそう言って、悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「アリアちゃんからのプレゼントは、今日こうして付き合ってもらえたことだけで十分すぎるくらいなんだ。だからそれはお礼の気持ちとして受け取ってもらえるかな」
お礼だなんて、私がしたいことなのに。
だけどそんな風に言ってもらえたら、嬉しくてもう断れない。
「……はい。ありがとうございます。すごく嬉しいです。大切にしますね」
袋を両手で大事に持ってぎゅっと抱きしめる。
宝物ができた。