黒龍
アルトさんと一緒に過ごすことが前以上に増えた。
いつも私の分もギルドで手続きをしてくれて、他の男の人にしつこくされた時は追い払ってくれる。
申し訳なく思う気持ち以上に嬉しいと思ってしまう。甘えすぎだとは思うけれど、嬉しいものはしょうがない。
私はアルトさんと過ごせる今を大事にしたい。
だって、いつまで一緒にいられるのか分からないのだから。
* * * * * * *
黒い巨体が上空から俺たちを見下ろす。
俺たちを捕食するまで、黒い瞳から殺意が消えることは無いだろう。
もう何度目か分からない攻撃を仕掛ける。とにかく必死に剣を振って、爪に切りつけられて、ポーションを飲んで、また剣を振って。
魔力をこれでもかと込めた炎を纏わせた剣でどれだけ切りつけても、致命傷を与えられないって何なのさ。
体は硬すぎるし、上空からの体当たりはえげつない。もう勘弁して。
最初に運よく口の中を焼くことができたから、咆哮を阻止できているのは、不幸中の幸いだ。じゃないととっくに死んでる。
だけどそろそろ本気でヤバイ。もうこれ以上攻撃をくらう訳にはいかない。
「くっそ、コイツ強すぎるだろー!」
「ポーション残り一個よ! アンタは?」
「っっ俺もだよー! もうやだー!」
やっべぇ……俺ら死ぬかも。
* * * * * * *
アルトさんとリーンちゃんと一緒に五合目に向けて飛んでいると、眼下にカイルさんとルルさんの姿を見つけた。
服は血にまみれ、全身ボロボロになっている。
「「「黒龍!?」」」
持っていたポーションを飲んでもらい、何とか回復した二人から話を聞くと、二人は黒龍と戦ったと言う。
黒龍とはSS級の魔獣である。
ルルさんは黒龍が落とした黒い鱗を握りしめていた。
「死にそうになりながら、ようやく大きな傷を一つつけられたわ。そうしたら空の向こうに逃げていったの。ほんと、よく生きてたわ私達」
「上級ポーション五本飲んでやっとだったよー。マジ死ぬかと思ったって。ヤバすぎるよアイツ!」
黒龍は上空にできた魔素と穢れの混ざりあった瘴気溜まりで生まれ、どんな怪我をおってもそこに戻れば数時間で回復すると言われている。
黒龍は一度狙った獲物は仕留めるまで絶対に諦めないそうだ。つまり、数時間後にはカイルさんとルルさんを再び襲いに来るということ。
「やだよー! もうムリだから来ないで欲しいよー!」
カイルさんが悲痛な叫びをあげる。
「SS級の魔獣は、S級冒険者が五人いても倒せるかどうかでしたよね。でも、空を飛ぶ魔獣だともっと人数が必要になりますね。すぐに集まれる人数でいけるかどうか……」
アルトさんが言った。
「どんなに致命傷を負わせても、空に逃げられたらどうしようもないわ。復活したらまた戻って来るし、キリがないわよ……」
厄介すぎる相手とどう戦うか、とにかくギルド長の指示を仰ごうと、ギルドに向かうことにした。
私はエル兄さまを連れてくる為に店に向かう。
戦える人間が全員揃ったところで、ギルド長ラドクリフさんの部屋で作戦会議が始まった。
「S級とS級相当だと、俺とダリウス、カイル、ルル、アルト、エルナンド、アリアの七人だな。とにかく空には逃がさず、次の襲撃で必ず仕留めよう」
騎士団長のダリウスさんもカイルさんに呼ばれて来ていた。ラドクリフさんとルルさんと同じ燃えるような赤い髪の大柄な人だ。
「アルトなら飛んで逃げようとした黒龍追いかけて、トドメさせるんじゃね?」
「俺は飛んでいるときは強い攻撃魔法は使えないんです。瘴気溜まりに逃げ切られる前にとどめをさせるかどうか」
「もし上空に逃げられたとしても、アルトさんがとどめをさせる程の致命傷を与えておかないといけませんね……あっ! そうだルルさん。さっき黒龍の鱗持っていましたよね?」
「え? うん、あるわよ」
ルルさんは、ポケットから大きな黒い鱗を取り出した。
「エル兄さま! これがあれば黒龍が空に逃げたとしても追えますよね?」
「えー? あ、そっかぁ。うん、それがあればいけるんじゃないかなー、たぶん」
エル兄さまは、部屋の隅で膝を抱えながら言った。
「なに? どゆことー?」
カイルさんが首を傾げて尋ねた。
「この鱗があれば、エル兄さまは黒龍の元へ転移できるんです」
「うん。空は飛べないけどねぇ、転移を繰り返したら、まぁ何とかなるんじゃないないかなー」
「「「転移?」」」
カイルさんとルルさん、ダリウスさんが不可解な面持ちで言い、エル兄さまをじっと見た。
「こんな感じですよー」
納得してもらうため、エル兄さまは部屋の反対側の端へと転移してみせると、三人は目を見開いた。
「うっわ! すっげー!」
「まさか転移魔法の使い手に会えるとは……」
「すごいわね……びっくりよ。でも、あなた魔道具士でしょ? 戦えるの?」
ルルさんがエル兄さまに尋ねた。
「えっとですねぇ、オレS級冒険者なんですよー。闇魔法と聖魔法がS級で、火魔法と土魔法がA級で、水魔法がB級ですよー」
「はぁ? なんっだそれ」
「アナタ、とんでもないわね」
「何と……」
「いやぁ、お約束のチートってやつですねぇ」
エル兄さまはまたよく分からないことを言った。