お祭りに行きます
サラさんとレオナルドさんは無事結婚式を終え、レオナルドさんは領主となった。
式は教会で身内だけで行ったそうだ。
「あ"あ~~死ぬ~~」
ギルドに行くと、カイルさんが青い顔でうめき声をあげながら近づいてきた。
「フィルく~~ん~お願い~~飲み過ぎたよ~~」
二日酔いだ。よくあることである。
カイルさんの額にそっと手を当て、水魔法をかける。
「ふぅー! 生き返った。いつもありがとー」
カイルさんはスッキリとした表情に戻った。
「飲み過ぎは体によくないですよ」
「だってさー。昨日また振られちゃったんだよー。お酒飲んでる時は嫌なこと忘れられるじゃん」
「そうなんですか。私はお酒は少ししか飲んだことないんですよ。飲み過ぎると気持ち悪くなるんじゃないですか?」
この国では17歳から飲酒可能になるが、初めて飲んだお酒はとても苦かった。美味しいとは思えなかったので、それきり飲んでいない。
リーンちゃんの父ガイウスさんも、よく飲み過ぎて青い顔で助けを求めてきていたので、飲み過ぎはつらいものなのだと思っていた。
「人によるだろうね。俺は最後まで幸せな気持ちで、ふわふわ~って感じで飲んで、寝る瞬間まで幸せだよー。そんで次の日地獄だけどねっ!」
さっきまでその地獄にいたはずなのに、カイルさんはけらけらと笑っている。
* * * * * * *
エル兄さまは今日も相変わらずソファーに転がりながら、魔獣素材図鑑の虹龍の鱗のページを眺めている。
ふと、そういえば来月はエル兄さまの誕生日だと思い出した。
資金を稼ぐことばかり考えていて、すっかり忘れてしまっていた。
エル兄さまはしばらくすると工房に籠りに行ったので、リーンちゃんに尋ねる。
「リーンちゃん、エル兄さまの誕生日プレゼントは何にするか決めた?」
「えっとね、いつもみたいに珍しい食材を使ってご馳走とケーキを作る予定だけど、何を作るかはまだ決めていないよ。欲しいもの聞いても、美味しいものが良いとしか言わないんだもん。エルさん、ヒノモト食堂の料理を食べて感動してたでしょ。だから、エリアンナさんから故郷の料理を教えてもらう約束してるんだ。調味料も分けてくれるみたい」
「そっか。どんな料理か私も楽しみにしてるね」
「うんっ」
リーンちゃんのご馳走は、エル兄さますっごく喜ぶだろうな。私はプレゼント何にしよう……
* * * * * * *
祭りの十日前に、大型スクリーンが完成した。
大きなパネルをリーンちゃんが闘技場まで担いで運び、闘技場にて兄さまが組み立てて設置する。
そして、領主レオナルドさんの立ち会いのもと、エル兄さまが起動の確認を済ませた。
その後、ギルドに行くと後ろから声をかけられた。大好きな優しい声だ。
私は山頂でアルトさんへの淡い気持ちに気づいた。
だからといってどうこうするわけでもなく、気持ちを知られないように気を付けながら普通に接して過ごしている。
「こんにちは。闘技場の大型スクリーンが完成しましたよ。さっき起動しているところを見てきましたが、闘技場で動く人がそのまま映っていて凄かったです! すっごく大きいし、皆っと驚くはずです!」
つい興奮ぎみに話してしまった。でも本当にすごかったから仕方がない。
「そうなんだ。それは楽しみだな」
「あれ? そういえば、祭りの闘技場でのイベントって何をするんですか?」
肝心のイベント内容を聞いていないことを思い出した。
「冒険者や騎士団の人達が参加するイベントだよ。戦って勝ち進めていって優勝者を決めるんだ。優勝賞品も出るよ」
「それは盛り上がりそうですね。私も参加できますか? あぁでも、あの大型スクリーンに自分が映って大勢の人に見られるのは恥ずかしいですね……」
私がそう言うと、アルトさんは少し悩み、困ったような顔をした。
「えっとね、誰でも参加できるし、参加は当日まで受け付けしているよ。ただね、参加条件があってさ、魔道具と防具の装着は禁止なんだ」
「あー……それでは私は参加できませんね」
「うん、残念だけどね。俺も二年前に優勝したからもう出られないんだ。そういうルールだから」
「わぁ、さすがですね。それじゃあもしかして、カイルさんとルルさんもですか?」
「そうだよ。まぁイベントに参加できなくても、屋台が沢山出たりいろんな出し物があったりするから十分楽しめると思うよ」
祭りの話を詳しくいろいろと聞いて、すごく楽しみになってきた。
* * * * * * *
「うーん……私も参加しないでおくね。楽しくなってきたらテンション上がっちゃうし。元々手加減するの苦手だしね。楽しいお祭りなのに相手の頭とか吹き飛ばしちゃうわけにいかないよね」
リーンちゃんのイベント不参加の理由は恐ろしいものであった。
うん、絶対に参加しない方が良いと思う。
そうこうしているうちに、祭り当日になった。
今日はお店はお休みなので、リーンちゃんとお祭りを楽しむ。
エル兄さまはもちろん行かない。人混みが嫌だからだ。
「わぁー! 珍しい屋台が沢山あるね」
知らない食べ物や食材の店が沢山あり、すごくわくわくしてきた。
「ほんとだね。エルさんの誕生日の料理に使えるものがあるかも」
誕生日まで日持ちのする食材を探していく。
しばらく屋台巡りをしたり、路上での出し物を見たりして楽んだ。
そして、闘技場のイベントの時間が近づいてきたので闘技場へと入った。階段を上り、観覧場所を探す。
もうほとんどの席は埋まっていた。
「おーい! フィルくーん! リーンちゃーん!」
離れたところで、カイルさんが大きく両手を振って私達を呼んでいた。呼ばれた方へ行くと、カイルさんの他にルルさんとアルトさんがいた。
「ここ空いてるよー。一緒に見よー!」
お言葉に甘えて、階段状になった観覧席の前から二番目のところで、五人で一緒に観覧することになった。
カイルさん達に屋台で買った食べ物をお裾分けする。
食べながら少し待つと、イベントが始まった。
「えーー、それでは、ただいまより闘技イベントを開始します。今回も沢山の参加者が集まってくれました」
進行役の人の声が拡声魔道具を通して闘技場内に響き渡る。
「では、さっそくですが今回の優勝賞品の発表です。今回の優勝賞品は──……なんと、あの幻の虹龍の鱗です!」
「えっ!?」
嘘。本当に?
「マジ!? 本当に存在するの?」
「すごーい!!」
「俺も参加すれば良かったー!」
会場の人達がざわざわと騒ぐ。
「ねぇアリアちゃん、あれって……」
「うん。エル兄さまがいつも図鑑で見ているやつだよ」
まさか優勝者賞品として出てくるなんて思いもしなかった。
どうしよう……
「今なら飛び込み参加を受け付けていますよー!」
「っっ!」
進行役の人のその言葉で、私はとっさに前に飛び出した。
「えっ!?ちょっ」
リーンちゃんの狼狽える声が聞こえたけれど、そのまま手すりを飛び越え、下に降りた。
「はいっ! 参加したいです!」
これは参加しないなんてあり得ない。
「うっわ、マジかよ」
「フィル参加すんのかよー」
ギルドで顔馴染みの参加者達が不満そうな顔をして口々に言った。
審判らしき男性が近づいてきて、棒型の魔道具を私に近づける。
ピーッ
魔道具から音が鳴った。なんだろう。
「おや、君、魔道具を身につけていますね。全て外して下さいね。防具もね」
「……へっ?」
ああっ、そうだった! すっかり忘れていた。
どうしよう……
しばらく呆然と立ち尽くす。
「おや?どうしました?参加をやめますか?」
男性に参加の確認をされる。
どうしよう。虹龍の鱗なんて、絶対にエル兄さまは喜ぶ。
プレゼントしたい。
次の機会なんて、あるかどうかも分からない。参加しなかったら絶対に後悔する。
…………よしっ。
意志は固まった。
「参加します」
私は身に付けた魔道具を全て外し、ローブと防御力のある胸当ても外した。
「……へ? フィル……?」
「まじで……?」
顔馴染みの冒険者たちがポカンと口を開けている。審判らしき男性も一瞬固まった。