闇の魔力
「アルト兄ちゃーん! あの木の果物取ってー」
「アルトにいちゃん、お空びゅーんってのやってぇ」
「ねぇねぇアルト兄ちゃん! お外の掃除終わらないのー。お風で葉っぱ集めてー」
孤児院にポーションを渡しに行くと、庭で子供たちに群がられて、身動きが取れなくなっているアルトさんを見つけた。
「はいはい、分かったから。一人ずつ順番ね」
ローブで表情は見えないが、その声色と口調で、きっと穏やかな表情をしているんだろうなと分かる。
「こんにちは」
「フィル君こんにちは。今暇してる? 一緒に子供達の相手してくれると嬉しいんだけど……」
「ふふっ、もう何も予定はないのでいいですよ」
「やった。ありがとう」
昼前までギルドで依頼を受けようかと思っていたけれど、両足と両腕に小さな子をぶら下げながら頼まれてしまったら断れない。おかしくて思わず笑ってしまった。
「では、いきますよ」
「「「わあぁ……!」」」
私は庭に氷の滑り台を作り出した。子供たちは目を輝かせて我先にと走っていく。
これはあと数台作った方が良いかなと思ったけれど、きちんと並んで順番を待っているので大丈夫そうだ。
他にも水に膜を張りポヨポヨと跳ねる塊を数個作り出して、子供達と一緒に遊んだ。
この塊は白さまも大好きで、よく転がして遊んでいたものだ。
アルトさんは先に落ち葉集めをさっと済ませ、その後はひたすら子供達を順番にぴゅーんと飛ばしている。
二時間ほど遊び、孤児院を後にする。
楽しかったけれど、くたくたになった。魔獣の討伐よりも疲れた気がする。子供達の体力恐るべしである。
「ありがとう、助かったよ。子供達いつも元気すぎて、一人じゃ大変だったんだ」
「どういたしまして。あそこの子達は本当に明るくてかわいい子達ばかりですね」
「そうだね。あ、あそこに寄っていこうか」
アルトさんが指さした果物屋へと向かう。
ジュースを買ってくれるというので、ありがたく受けとることにした。
種類が豊富なのでしばらく悩んでしまった。
自分では選べそうにないので選んでほしいとお願いすると、待ってるからゆっくり選んでと言われてしまった。
うーん……どれにしよう。
悩んだ挙げ句、結局は店主のおすすめを選んでもらった。
絞りたてのミックスジュースを受け取り、店の前のベンチに座り一息ついた。
「子供達とは、よくああやって遊んであげているのですか?」
「うん、たまにね。あそこの院長と兄が友人なんだ」
「そうでしたか。アルトさんにはお兄さんがいるんですね。どんな人ですか?」
「しっかりしていて優しい人だよ。もうすぐ結婚するんだ」
「わぁ、それはおめでたいですね」
「うん。すっごく嬉しいんだ」
そよそよと気持ちのよい風が吹いた。
灰色のローブの下は、今どんな表情をしているんだろう。
* * *
店に帰ってきて、掃除を始めた。
ずっと工房に籠っていたエル兄さまは、ソファーに寝転がって休憩をしている。
「あー……ホントにキレイだよねぇ……欲しいなぁ……」
『キュキュッ』
魔獣素材の図鑑を眺めながら小さく呟く兄さまの頭の上で、小福ちゃんも興味深そうに眺めている。
「兄さまは本当に虹龍の鱗が好きですね」
「だってさぁ、雲の上に棲むと言われている虹色の幻の龍だなんて、カッコいくて中二な心にグッとくるよー。生きてるうちに一度でいいから見てみたいなぁ」
「そうですね。私も会ってみたいです」
「でしょー」
チュウニって何だっけな。
兄さまはたまに意味のわからない単語を言うが、説明を聞いてもよくわからなかったりするので、基本的にスルーしている。
「ただいまー。帰りにヒノモト食堂に寄ってクッキー渡してきたら、お礼にお弁当貰っちゃった」
お昼前になり、ギルドや診療所にポーションを卸しに行っていたリーンちゃんが帰ってきた。
エリアンナさんは解毒したあと一週間ほどですっかり元気になり、食堂でバリバリ働いている。マイク君とマリアンナちゃんも接客をがんばっている。
「やったー、嬉しいなぁ」
『キュー』
兄さまは受け取ったお弁当を掲げて、頭の上の小福ちゃんと共にくるくると回っている。
ここのお弁当がすごく大好きだからだ。
元気になったエリアンナさんは、ポーションの代金を払おうと店に来てくれた。
でもそれは私が勝手にしたことなので、お金は受け取らなかった。
後日、せめてものお礼だと言いお弁当を持ってきてくれたので、それはありがたく受け取った。
貰ったお弁当のふたを開けた瞬間、エル兄さまは固まった。
そして一口食べた後、『ワショクだぁ……』と言い、涙を浮かべた。
ワショクとは、兄さまがずっと探していた思い出の味だそうだ。
「あ、そうだ。ねぇねぇ、見ててねー」
しばらく喜んでいたエル兄さまはお弁当を机に置き、小福ちゃんを頭に乗せたまま部屋の端に立った。
そして、『いくよー』と言って、部屋の反対側へと転移した。
エル兄さまは満面の笑みだ。
「え? エルさん、それが何?」
リーンちゃんは首を傾げる。私も意味が分からなかったが、しばし考えた。
「……あっ! 小福ちゃん!?」
転移した兄さまの頭の上には、転移前と変わらず小福ちゃんが乗っていた。
「あったりー! 小福ちゃんサイズの生き物なら、一緒に転移できるようになったんだー」
『キュキュキュー』
「エルさんすごい!」
やっと理解したリーンちゃんは兄さまに駆け寄った。
「いつか人間も一緒に転移できるようになったら、遠くの国に連れていってくださいね」
「もっちろん、楽しみにしててー」
* * * * * * *
「ただいまー」
『キュー』
床に転移陣が現れ、エル兄さまと小福ちゃんが北聖領から帰ってきた。
こうやってたまに様子を見に行っているのだが、今回からは小福ちゃんも同行していたのだ。
「おかえりなさい」
「おかえりなさい。どうでしたか?」
「復興はぼちぼち進んでたよー。オレ達が稼いだ資金もだいぶ役立ってるってー」
「それは良かったです。稼ぎがいがありますね」
エル兄さまは、薬士としても魔道具士としてもS級なので、とてつもない勢いで、とてつもない額の資金を稼いでいる。
「それでねぇ、ライ兄“魔王”って呼ばれてたよー。聖獣をボロ雑巾の如くコキ使いまくって、ついたあだ名だってー」
「「魔王... 」」
私達が北聖領を離れている間に、優しいライ兄さまには似つかわしくない二つ名がついていた。
確かに白さまを見る目は冷たく恐ろしかったので、納得もしてしまった。
「勇者の息子のあだ名が”魔王“って、おっかしいよねぇ」
兄さまはケラケラと笑っている。
「それでは、今日は夕方まで湖に潜って素材を集めてきますね。お昼はパンを買ってそこで食べるので、ここに帰ってこないです」
「りょーかい。行ってらっしゃいー」
「行ってらっしゃい」
『キュー』
ぴょんと飛び付いてくる小福ちゃんを抱きしめ、店を出る。
今日は水中でひたすら潜って水草を採取するので、私一人で行くのだ。
* * * * * * *
「エルさん、今日のお昼はヒノモト食堂で食べませんか?」
そう言うと、エルさんはあからさまに嫌そうな顔をした。
「えー、人混みの中歩いて人の多い店で食べるのイヤだよー。あーでも、できたての和食は食べたいなぁ……」
「でしょ。特別に個室を用意してくれるって言っていましたよ。人混みは、まぁ、ローブ被って何とか頑張ってくださいよ」
エルさんはうんうんと悩んだ末、出かけることになった。
黒いローブを目深く被り、大通りを歩いていく。頭には小福ちゃんが乗っているので目立つけれど仕方がない。
路地に入り少し歩いたところで、ひどく取り乱した男性の声が聞こえてきた。
「ねぇ、あの男と結婚するって嘘だよね?僕のこと好きなんだよね?」
「あなたのことを好きだと言ったことは一度も無いです。本当に迷惑なので、もう付きまとわないで戴けますか」
「ひどいじゃないか、サラちゃん!」
ナルジャスさんはサラさんの腕を掴んだ。
「うわー、修羅場ー」
「あんっの男!」
本当にしつこいんだから!
私は二人に駆け寄り、ナルジャスさんの手をサラさんの腕から外した。
「あなた、本当にいい加減にしたらどうです?」
「リーンちゃん!」
サラさんを私の後ろに下がらせ、ナルジャスさんと対峙する。
「お前っ! いっつも邪魔しやがって!」
ナルジャスさんはカッとなり、火魔法を纏わせた手を振り上げた。
かすめた頬に痛みが走る。
あぁ、そういえばこの人、A級だったな。
「痛ったぁ」
少し切れた気がする。これくらいなら気にしないけれど。
「お前、生意気なん……っっ!? 何だよこれ!?」
いつの間にかナルジャスさんの周りには無数の黒い玉が浮かびあがっていた。
これは、エルさんの魔法だ。
「……おい、オマエ」
地を這うような低い声が聞こえてくる。エルさんのいつもの優しい声とはかけ離れた、聞いたことのない声だ。
「何だ? 誰だよお前……っっひいっ」
エルさんの体から、じわじわと黒い影が這い出てくる。
無数の影は地面を這い、ナルジャスさんの方へと向かって伸びていく。
頭の上にいた小福ちゃんはぴょんと飛び降り、エルさんから離れたところでプルプルとしている。
「……オマエ今、リーンに何した?」
「何って、お前に関係ないだ……っっうわぁぁ何だこれ? っっひいぃっっ」
黒い影はナルジャスさんの体に纏わりつく。火魔法で焼きつくそうとしたようだが、彼の魔法は全て影に吸収されていく。
体も拘束していき、地面に縫い付けられたナルジャスさんは、身動きがとれなくなった。
「リーンが言ってたギルドのストーカー男ってオマエか? ろくでもないヤツはここで居なくなる方がいいよな」
エルさんはゆっくりとナルジャスさんに近づいていく。
周りに浮かぶ無数の黒い玉がどんどん大きくなっている。ダメだ。このままでは大変なことになってしまう。
「エルさん! こんな所でブラックホール出しちゃダメでしょ! 早くしまってください!」
エルさんに駆け寄り、両肩を掴んだ。
私が近づいたことにより、エルさんは黒い玉を消した。
「……リーン、アイツ生きてる価値ないと思わない?」
「思いますけど、殺しちゃダメです!」
「でもさぁ」
「でもじゃありません」
「でも……」
「ダ メ で す 」
エルさんの顔を両手で掴みぐいっと引き寄せた。鼻が当たりそうなほどの至近距離で、緑色の瞳をじっと覗きこんだ。
「……」
エルさんは目元を和らげ、ふーっと息をはいた。
「わかったよー。殺さないよー」
良かった、いつもの優しい声に戻った。
エルさんは私の頬にそっと触れた。温かい魔力を感じる。
聖魔法で、傷を癒してくれたようだ。
「……ありがとうございます」
「いいえー」
ゆっくりとナルジャスさんに近づいた。
「ひっっ」
「オマエ、5秒以内に消えろ。次見かけたら殺すからな」
そう言って、四肢を拘束していた闇魔法を解除すると、ナルジャスさんは慌てて逃げて行った。
「あの、ありがとうございました。リーンちゃんもありがとう。怪我させちゃってごめんね」
「怪我はあの男のせいなんで、気にしないでください。どこに行くところでしたか? 送って行きますね」
「ありがとう。ヒノモト食堂で友達と食事する約束をしてるの」
「私達も行くところだったんですよ。では一緒に行きましょう」
三人で食堂に向かった。
「あー……できたての温かい和食楽しみだなぁ」
エルさんは朗らかな声でそう言った。