リーンとナルシストと虎
「えっ!? 二十四体!? アルト君ひとりで……? え? この鞄の中に素材が全部入っている……?」
終始困惑ぎみの受付の女性に報告を終え、魔道鞄の中に入れていたイビルスネークなどの素材を取り出して渡した。
イビルスネークはアルトさんが一人で倒したのに、報酬の一部を渡したいと言われた。
断っても引き下がってくれなかったので、素材をありがたく戴くことにした。エル兄さまへのお土産である。
ギルドでの用事が終わったので、皆の待つ店へと帰ってきた。
「アリアちゃん、お帰り」
「お帰りー。おつかれさま。到着初日から頑張りすぎだよー。でもよくやったねぇ、えらいえらい」
エル兄さまが頭をなでてくれた。
『キュー』
小福ちゃんがぴょんと向かってきたので、ぎゅっと抱きしめる。
「山に小福ちゃんの仲間が沢山いたんだよ。今度一緒に行こうね」
『キュキュー』
小福ちゃんはつぶらな金色の瞳をキラキラとさせた。
「兄さま、これは山の六合目にしか存在しないという鉱石です」
ポケットから小さな紫色の石を取り出して手渡す。
「わー、ありがとうねぇ。これで俺もいつでも行けるよー」
エル兄さまは石を受け取り嬉しそうに笑った。
兄さまの転移魔法は、転移先にしか存在しない魔力が多く含まれた物質を必要とする。
誰かの近くに転移したい時は、相手の髪の毛や爪などを必要とする。
他の生き物と共に転移するのは、小さな虫程度の大きさしか無理だそうだ。
兄さまの工房に行き、魔道鞄の中身を取り出した。
「わー、いっぱいだねぇ。これで何作ろっかなー」
『キュキュー』
はしゃいでいる兄さまと小福ちゃんを眺めていると、リーンちゃんが食堂から帰ってきた。
あの後すぐ、エリアンナさんは目を覚まし、ポーションを飲んでもらえたようだ。
そして、リーンちゃんが作った料理を兄妹が食べている最中に、例の商会の息子がやってきたらしい。
「殴るわけにはいかないから、近くにあったお鍋を握り潰して脅してやったんだ。『同じ姿になりたくなかったら帰れ』って言ったら、慌てて逃げていったから、もう来ないでしょ。あ、もちろんお鍋は新しいのを買って弁償したからね!」
「よくやったね、偉いよリーン」
エル兄さまはリーンちゃんの頭をなでた。リーンちゃんは少し恥ずかしそうに俯いたけど、口元は嬉しそうだ。
ギルドの受付の女性、サラさんに聞いたところ、その商会は違法ギリギリのことばかりをしているそうだ。証拠は掴めていないが悪事にも手を染めているらしい。
『そろそろいい加減、潰さないとね』と言う、サラさんの笑顔は怖かった。
* * * * * * * *
東聖領に来て一週間が経った。
南に行っていたというS級、A級の冒険者達も戻ってきた。
例の商会は三日前に潰れたらしい。ギルドが本気を出したようだ。
今日はエル兄さまの作ったポーションを卸しに、リーンちゃんと一緒にギルドへと向かった。
店の方はそろそろ商品も揃ってきたので、近々開店できそうだ。
ポーション売り場の担当者に渡し、受付のサラさんの方へ向かった。
「ねぇアリアちゃん、あの人何だろ」
「サラさん困ってるよね」
サラさんのカウンターには、前のめりで頬杖をつく男性がいた。
「ねぇ、サラちゃん。恥ずかしがっていないでさ、そろそろ一回くらい一緒にご飯行こうよ。この依頼受けてあげるからさぁ」
その男は金茶色の長い髪を手でかきあげ、ウインクをした。
「依頼を受けていただけるのは嬉しいです。ですが私には婚約者がいますので、お食事は遠慮させてください」
そう言ってにっこりと笑っているが、目は笑っていない。
サラさんは肩のあたりで切り揃えられた茶髪にオレンジ色の瞳の美人さんだ。すごくモテそうだけど、男の人に言い寄られているのは今回初めて見た。
ちなみに、リーンちゃんもたまに言い寄られているが、全て冷たくあしらっている。
あまりにしつこい時は、近くにある手頃な硬い物を握り潰し、脅している。そしてその度に弁償しているのだ。
「婚約者だなんて、僕の気を引くための嘘でしょ?」
男はそう言うと、またウインクをした。
「うわぁ……キモ……」
リーンちゃんが眉をひそめて小さく呟く。
キモいという意見には私も同意なので頷いた。
「なんですか、あの人」
近くにいた大柄な男性に尋ねてみた。たまに話すようになった、スキンヘッドが輝く陽気なおじさんだ。
「あぁ、アイツはナルジャスっつってな、いっつもサラちゃんに言い寄ってんだ。ナルシストでキモくてうぜぇが、ああ見えてアイツA級なんだよな。腕は確かだからさ、サラちゃんも強く言えねぇんだわ」
「なるほど、そうでしたか」
どうやら、南聖領に行っていたA級冒険者の一人のようだ。
ナルシスト男ナルジャスさんは、サラさんの冷めた目には気づかずに口説き続けている。
「ちょっとお兄さん、サラさん困ってるでしょ。いい加減にしたらどうですか?」
私がおじさんと話している間に、リーンちゃんがナルジャスさんに近づいて話しかけていた。
「なんだい君? 邪魔しないでもらえるかな。サラちゃんは照れているだけなんだから」
「そんなわけないでしょ。この冷めきった目が見えないんですか? 汚物を見るような目ですよ」
「酷いね君! 冗談にしても言い過ぎだから」
「事実を言っただけです」
二人がしばらく言い合っていると、カウンターの奥からギルド長のラドクリフさんが出てきた。
そろそろ止めなきゃと思っていたので、助かった。
「ナルジャス君、また君か……いい加減にしてもらおうか。あまりしつこいとそれ相応の対応をさせてもらうよ」
「……っっ」
ギルド長でS級冒険者でもあるラドクリフさんに睨まれてしまい、ナルジャスさんはすごすごと出ていった。
「ギルド長、ありがとうございました」
「どういたしまして。サラちゃん、アイツには丁寧に対応しなくていいって言ってるでしょ。困った時にはすぐに呼ぶんだよ」
「……はい」
ラドクリフさんは、にっこりと笑って奥へと下がっていった。
「リーンちゃん、助けてくれてありがとうね」
「いいえー」
「二人はポーションを卸しに来たのね。何か依頼は受けていく?」
サラさんは初対面の時は敬語だったが、アルトさんと接する時のようにしてほしいと頼むと、すぐにフレンドリーに話してくれるようになった。
「八時間以内で戻って来れる範囲で、一番高額な依頼はどれですか?」
「そうね……それだと、これになるかしら」
サラさんに依頼を選んでもらい、リーンちゃんと山へと向かった。
上に登れば登るほど道は険しくなっていく。
二時間半ほど走って、山の四合目に到着した。
討伐対象を探していると、近くから叫び声が聞こえてきた。声が聞こえた方へ急いで向かうと、そこには大きな魔獣がいた。
私達が探していた討伐対象、ファングティーグルだ。
「リーンちゃん、私はそこの人達の解毒するから、そっちの相手よろしくね」
「了解」
私は倒れている三人に駆け寄った。爪に切り裂かれ牙の毒にやられているようだ。
すぐさま解毒を始めると、一人が叫んだ。
「危ないっ!」
顔をあげると、ファングティーグルが爪を振り上げ、リーンちゃんに襲いかかろうとしているところだった。
ガキンッ
魔獣の爪は砕け散る。
「「「へっ?」」」
リーンちゃんには傷一つついていない。
身体強化を極めていくと、筋力のみならず肌の強化もできるようになるため、C級以下の魔獣ではリーンちゃんにかすり傷一つつけることはできないのだ。
リーンちゃんはすぐさま、虎の首に飛び蹴りをくらわす。ゴキンと音がし、虎は倒れた。
「砕けちゃったよ! どうしよう」
高値で売れるはずの爪を拾い集め、リーンちゃんは泣きそうな顔で駆け寄って来る。
「大丈夫だよ。それは砕いて使うものだから、形が悪くても値段はそんなに変わらないはず」
「良かったぁ」
リーンちゃんは安心してへにゃりと笑った。
解毒を終えた三人の冒険者達は、各自持っていたポーションを飲んで回復していた。私の聖魔法で治せるのは擦り傷だけだから。
「あの攻撃をくらって無傷だなんて……君すごいね。君も解毒ありがとう。助かったよ」
「お褒めの言葉ありがとうございます。えっと、仕留めたのは私ですけど、それまでにダメージを与えていましたか? 取り分はどのようにしましょう」
リーンちゃんが質問をすると、三人は顔を見合わせ、首を横に振った。
「いや、俺達は一撃も当てていないから、全部君達で分けてくれ。命を助けてもらったからそれで十分だよ」
「そうですか。では遠慮なく」
帰っていく三人を見送ると、魔獣の素材を回収して魔道鞄に入れた。
鉱石を集めたり、帰り道に出くわした魔獣を倒しながら、ギルドへと戻った。
その日から一週間後には、リーンちゃんに言い寄る男は一人もいなくなっていた。