12 いざエルフ村③
「はじめまして、葵です」
と言うのは金髪エルフ。
「私はシランです」
と言うのは白髪エルフ。
ふ〜ん、知らんと言うか。
妹の方は自己紹介してくれたのに、姉の方はつれないようだ。
妹よりも1日ぐらい長い付き合いしてるのにさ。ちょっと傷ついた。拗ねてやろう。
私の雰囲気が変わった事を、妹の方は察したようだが、姉の方は知らぬ存ぜぬ。どこ吹く風な雰囲気を出している。
「あの、姉さん」
妹の方が、姉に呼びかける。ふ〜ん、人前では姉さん呼びなんだ。
「実音さんに、何か勘違いさせてしまったのでは?表情が…」
「え、そうかしら?」
妹に注意されて、こちらの顔をじっと見る姉。
「そんな事ないわ、普通の顔よ」
失礼な、こんなに分かりやすく不機嫌な顔をしてるのに!この鈍感エルフめ。
「いえ、とてもそうは見えません。ほら、目が釣りあがっているし、口もへの字ですよ」
「う〜ん、そうかしら?」
この二人、一緒にしておくとマズイのでは。失礼ポイントがガンガン貯まっていって、無礼打ちと言う名のサービスを受ける事になるぞ。
しかし何なんだ、この白髪エルフの平常運転感は。
失礼な言動をした自覚がない?
むむ、何か勘違いをしているかもしれない、冷静な対応をしてみるか。
「ねえ、シランって何?」
「それが私の名前です。そして、紫色の花の名前でもあります」
と答える白髪エルフ改め紫蘭。
紛らわしい、紛らわしいよこの人!これは対日本人向けでのみ発生する行き違いなのだろうか?
言語翻訳能力の問題なのかな。う〜ん、今後気をつけておこう。
「私達の種族は、子供の頃は幼名として草や花の名前を貰います。
そして成人したと認められた時、木の名前を貰うんです。
私達は森と共に生きてきました。木や植物の名前を貰うのは、私達も森の一員という意識からなのです」
金髪エルフ改め、葵からの補足が入る。
ふ〜ん、なるほど。でも惜しい事をしたね。白髪エルフに合っている名前は木瓜だと思うよ。流石に口に出しては言わないけど。
「それから」
と言って、私は左手を開き、すっとぬし様の方に向ける。
「ぬし様?」
とエルフ達に確認してみる。
「はい、ぬし様です」
返事する二人のエルフ。
「今、妾の名前を言ったな?そうじゃろう?」
エルフ語を習得していないが、自分の呼び名は何となく把握していたぬし様が反応する。
「はい、そうですぬし様。私と、この人達の言語では発音が違いますが、意味合いは同じです」
「うむうむ、やはり妾の予想は当っていたのじゃな」
得意気なぬし様である。
さて、皆の自己紹介が済んだところで、今日の予定を決める事にする。
「それでは、今日はこの二人の村に行く事にしましょう、ぬし様」
「こやつらの?何故じゃ」
今までの会話が、言語の違いからぬし様に通じていなかったので不思議な顔をされる。
「それがですね、どうもこの人達、私の事を敵だと思っているのですよ。
このままだと襲撃を受ける事になるので、今の内に話を付けておこうと思いまして」
「ほう、面白い!その時は妾が直々に村を滅ぼしてやると伝えてもらおうかの!」
という、ぬし様からのありがたい言葉を頂戴したので、エルフ達にそのまま伝えた。
ガタガタ震えて顔面蒼白になった。まあ、これなら全力で説得してくれるだろう。
朝食を終えたら出発、という事にした。
と、いう訳で村に向けての行進中だ。
葵の方はぬし様に受けたダメージがあり、ボロボロではあったが、どうしても付いてくると主張したので連れて来ていた。
まあね、村の存亡に関わる一大事だものね。ここで姉に任せるのも心配でたまらないのだろう。気持ちはよく分かる。
最初はぬし様の背中に乗って飛んで行こうかと思っていたが、
「実音以外の者を背中に乗せる気はない」
「村がパニックになる」
「手に掴んで飛ぶのは勘弁して下さい」
と、各々が否定的な意見を出して来たので徒歩での移動となったのだ。
「村までどのくらいで着くの?」
気になったので聞いてみる。日帰りのつもりで来たので荷物など持っていないのだ。
まあ、この世界における私の所有物なんて御座いませんけどね。おのれ女神教。
「そうですね、今からなら太陽が真上に来る頃までには着くと思いますよ」
紫蘭が答える。
ふむ、地球と同じ1日24時間なら2〜3時間程度の移動かな。
まだ一日の時間が判明してないし、時計も持ってきてないから、この世界の基準に慣れるしかないんだけどね。
「それにしても」
葵が道を見ながら呟く。
「いつの間にこんな道ができたのでしょう。気付きませんでした」
そう、私達は森に出来た道を歩いていた。
何故か木々が引っこ抜かれるか、粉砕されるかして、拓けた状態になっているのだ。
それがず〜っと続いている。多分、川まで続いているんじゃないかな?多分ね。私、何も悪い事していませんけど?
と、まあ。昨日ぬし様と私が走った道を進んでいる訳だ。
犯人はぬし様!言わないけどね。
「これは、ひょっとしてぬし様がやったのではありませんか?」
と、葵に言われる。
ぎくぅ!この娘、スルドイ。
「すいませんが、聞いてみて貰えませんか?」
と言われては仕方ない。ぬし様と話をする。
「どうしましょう、ぬし様。この道を作ったのぬし様じゃないかと疑われているのですが」
「疑われるも何も、やったのは妾じゃ。そう伝えてやれぃ!」
ぬし様は、むしろ誇らしげに言う。ん、まあ罪の意識とかはないんだろうな。やれやれ、ここは私が間に入ってうまく取り持とう。
「覚えがないそうです」
キリッとした顔で言う。やったかもしれないし、やってないかもしれないけど、覚えていないなら仕方ないよね。この方向でぼかしておこう。そうしよう。
すると葵と紫蘭は慌てた表情になった。
「どうしよう姉さん、ぬし様以外にも、森をこんな状態にできる生き物が居たんだ!」
「急いで村に報告しましょう。葵、ぬし様達の案内をお願い。私が先行して村に知らせてくるわ」
なるほどそう来たか。
小娘の浅知恵で事態を誤魔化そうとしたら、余計面倒な事になりそうだぞっと。
「待って!」
急いで紫蘭に抱きつく。
「離して下さい!村に危険が迫っているかもしれないんです。今は一刻も早く帰らないと」
うん、家族想いというか、一族想いというか。焦るのは分かるが、その前に私の言葉を聞いてもらおう。
「これは、ぬし様がやりました」
きょとんとするエルフ二人。
「え、さっき覚えていないって?」
「私が嘘をついて誤魔化そうとしました。ゴメンナサイ」
素直に謝罪する。頭も下げる。
なんだかよく分からないけど、ぬし様も下げるべきか迷っている。ぬし様はいいんです。そのままでいて下さい。
とりあえず、ほっとして胸を撫で下ろしている二人。
「何で誤魔化そうとしたのかしら?」
と木瓜、じゃなかった。紫蘭に聞かれる。
「その、村でのぬし様の立場が悪くなるかなと思って」
と言うと、紫蘭が笑って返してきた。
「そんな心配、いらないですよ。ぬし様は、私達に取っては神様も同然の存在なんです。
神様のやった事なら仕方がない、で済みますよ」
なるほど、ぬし様が下々の顔色を伺う必要などない、という事か。
それはそれで、何だか寂しい気もする。
駄目な事をしたら、駄目だと叱ってあげないと、無視されているような気分になると思うし。
私だけはぬし様の事を叱ってあげねば、と決意を固めていると、紫蘭が話を続けてきた。
「私もね、何度か村での約束を忘れた時に、ぬし様の方が大変だったって言った事があるのだけど、怒られなかったわ」
いや、それは駄目だろう。ぬし様に失礼だろう。
「へぇ、姉さん、そんな事してたんですね」
案の上、葵の方から冷たい声が響いてきた。
今更気付いても遅い。紫蘭が、額に汗を流しながら私の目を覗き込んで訴えてきているが、当然助け舟は出さない。閉鎖、この港は閉鎖しました。
ぽんっ、と。軽やかに紫蘭の肩を叩き、笑顔でひとこと言ってあげる。
「怒られてきなさい」
と。
「罪を清算して禊が済むまで、ぬし様の家の敷居はまたがせないからね」
はっきり告げると、紫蘭はしょんぼりした顔になった。
葵が来て、「きりきり歩きなさい」と言っている。
気分は連行される犯人か、荷馬車に引かれる子牛だろう。
例の悲しい歌を口ずさみながら歩いていると、ぬし様に文句を言われてしまった。
えっと、明るい歌明るい歌。
熊ってこっちの世界にもいるのかな?
ある~日、森の~中、ドラゴ~ンに、出会~った。