地獄の獄卒!鬼怒川烈子という女1
昼下がり、いつもの通勤路。
鬼怒川烈子課長は、道端のお地蔵さんの頭を「カーン!」と力任せに引っ叩くと、お供え物の饅頭を強奪して口に放り込んだ。最強の罰当たりをかました彼女は、ストロングなレモンサワーにストローを差して豪快に啜り、さらにハイライトを同時に2本咥えて火をつける。
自らの体をストイックに痛めつけるそのスタイル、これぞ現世最凶のメスゴリラ公務員。
──だが。
「……なんで。なんで幽霊が見えないんだ!! あーーー!! クソがッ!!」
突如として、烈子課長が天を仰いで慟哭した。その般若の顔は、怒りではなく、今にも泣き出しそうなほどに歪んでいる。
「見えたら、もっともっとアイツらを……クソ怪異どもをこの拳でしばき倒して……【あんな事】が二度と起こらないように出来るのにッ……!! ダメだ、私、今日ちょっと、おセンチメンタルだわ……。真壁を殴っても楽しくないし……。あ、ダメだ、マジで泣きそう……。栞」
烈子課長はタバコの煙を気怠げに吐きだしながら地下の魔窟(幽霊社会復帰課)へと重役出勤をして、マイデスクの上のマイ畳に静かに胡座をかき、事務仕事をしている栞さんに消え入るような声で尋ねた。
「今日、久しぶりに……アレ頼めるか?」
その言葉を聞いた瞬間、此花栞が、かつてないほど驚愕の顔でガタッと立ち上がった。
「っ! はい!! はい、課長! 喜んで!!」
栞さんの瞳が、歓喜と使命感で燃え上がっている。
「え? なんすか? 飲み会すか?」
空気の読めない真壁霊が、鼻をほじりながら口を挟む。
「あぁ真壁、お前は今日は要らん。今日はもう閉めるから、帰って小娘と逢引きでもしてろ……」
「え? 殴らないんすか? 逆に怖いんすけど? え、なんで殴らな──」
ブキャァァァッッッ!!!!!
烈子課長の、一切の迷いがない完璧に腰の入った右ストレートが、真壁の鼻にクリーンヒットした。
「うがぁぁぁあ!!」
「真壁さん、本日の課長はご機嫌斜めのおセンチメンタルデーです。殴れば機嫌が良くなるというわけではないので。黙って帰宅された方がよろしいかと」
栞さんが、のけぞって倒れた真壁へ、冷静に事務連絡を伝えた。
「ふ、ふぁい……(怪しい!絶対何かある!)」
◇
夜、町外れの怪しげなネオンが輝くラブホテル『ホテル・首狩り族』の外。
そこに、スーツから私服に着替えた烈子課長と栞さんが、躊躇なく入っていく。
その様子を、物陰から変装した真壁と魔子がこそこそとついていっていた。
「ホテル入っちゃったよ!? と、どうしよう魔子ちゃん!」
「どうしようって、まさか真壁君……また私をラブホテルに誘おうとしてるの!? 不潔! 変態! 最低! ──で、でも、どうしてもって言うのなら、その、社会見学として……」
「しー! 大きい声出したらバレちゃうよ! 誘ってないから!!」
「もう! 知らないッ!!」
◇
ホテル内、怪しげな照明のリビングルーム。
烈子課長は、ベッドの上にのっそりと座り込んだ。
「栞……頼む」
「お任せください、課長」
栞さん烈子課長を浴室へと促した。
そこからは、究極の「癒やし」の時間であった。
栞さんは、無表情のまま、烈子課長の全身を、まるで大切に飼っている大型犬を洗うかのように、くまなく、念入りにシャンプーで泡立てて洗っていく。烈子課長はされるがままに、「ふぅ……あぁ……」と目を閉じて気持ち良さそうにしている。
「歯も磨きますね」
「あー」
栞は、烈子課長の歯も、完璧な角度で磨き上げてあげた。まるで母親と子供のような、あるいは主とペットのような、奇妙で尊い時間が過ぎていく。
そして、浴室から出た二人はベッドへ──。
……。
これ以上、ここに書き記すことは倫理規定により難しい。
ただ、部屋の外には、烈子課長の壮絶な絶叫と、栞さんの熱い吐息が、数時間にわたって漏れ続けていたとだけ、記しておこう。
◇
数時間後。
バスローブ姿で、珍しくタバコ【1本】だけに火をつけ、肌がツヤツヤになった烈子課長が、窓辺に立っていた。
ベッドでは、栞さんが静かに横になり、天井を見つめている。
「課長……やはり、まだ【あの事】を気になさっているのですか?」
「……あぁ」
烈子課長は、タバコの煙を吐き出し、遠くの街の明かりを睨みつけた。
霊感ゼロ、現世最凶のメスゴリラ公務員。彼女が、自らの体にこれほどまでの暴力を強いてまで「霊を見たい」と願う理由。
「見えなかったから、守れなかった」──彼女の、その壮絶すぎる過去とは一体何なのか!?




