魔子の観察日記2
七十人ミサキの「死の呪い」が放つ強烈な瘴気のせいで、私(魔子)も真壁君も、そしてあの完璧な此花さんでさえも、頭を押さえて地面にのたうち回っていた。頭が割れるように痛い。意識が朦朧とする──。
「あん? どいつもこいつも情け無いったらねぇな?」
──え?
信じられないことに、鬼怒川課長だけは腕を組んでケロッと立っていた。そうだった、この人、【霊感ゼロだから何にも感じない】んだ……! 周囲の人間や怪異がどれだけ死の呪いを放とうが、視えないし感じないメスゴリラには1ミリも効かない。さすがお母さんのライバル……って、オェッ(吐き気)。
「おい、真壁、シャキっとせんかいッ!」
──ペッッッ!!!
信じられないことに、鬼怒川課長はのたうち回る真壁君の顔面に、思いっきり自分の痰を吐き捨てた。ひどすぎる……!
だけど──。
「ぶふぉっ!? ──う、うわあああああ激臭ッッッ!!! 鼻が、僕の鼻の粘膜が死滅するぅぅぅうう!!」
あまりの臭さに、真壁君が涙目で一瞬にして正気を取り戻した。荒治療がすぎるけど、凄いわ、あの人……。
「真壁! ワシには70人ミサキが見えんのじゃ! 気配だけじゃ全員殴れないからな! お前がナビをしろ!」
「そ、そんなー!?」
可哀想な真壁君。でも、涙目でガタガタ震えながら必死に前を見ようとするそんなところも、凄く可愛いから好き! ──ふ、ふん! 別に恋とかじゃなくて、震える子犬を見てるのと変わんないし!!
「ま、真壁君……私も行きます! 私も成仏課だから、霊感はあります!」
「魔子ちゃん……!」
必死に二人で支え合って立ち上がる。私はスカートの中の太もものホルスターから、いつも持ち歩いている対魔のナイフを引き抜いた。真壁君を、私が守る──!
シュバッ!!!
「あッ!?」
私の手から、鬼怒川課長が容赦なくナイフを奪い取った。
「ダボコハゼが! お前らはワシの目になってりゃ良いんじゃい! 危ない橋を渡るのはワシだけで充分じゃろがいいい!!」
……え。
やっぱりこの人、めちゃくちゃカッコいいかも……!
「実際は、魔子ちゃんに怪我でもさせたら、成仏課の聖課長に一生頭が上がらなくなるからだと思
ドゴォッッッ!!!
「ブゲェッ!?」
次の瞬間、鬼怒川課長は奪い取ったナイフの柄で、真壁君の鳩尾を信じられない速度で深く貫いた。
「小娘は栞を介抱してやってろ、頼むぞ?」
「……っ、はい!」
有無を言わせない鬼怒川課長の命令に、私は従うしかなかった。──っていうか、真壁君が白目を剥いて悶絶してる姿、なんだか遺伝子が騒ぐというか、最高にキュンキュンしちゃう……。
「行くぞ真壁!」
「は、はひぃ(悶絶)、もうどうにでもなれぇぇえ!!」
そこからは、まさに修羅の国の光景だった。
真壁君がゲホゲホと血を吐きながら「課長! 斜め右3メートル!」「次は真後ろから一歩前です!」と目になり、見えない烈子課長がその指示通りに、70人ミサキの行列を一人ずつ先頭から拳で殴り飛ばしていく。
途中で課長は「あー、動きすぎて酒が回ったわ」とか言って、レモンサワーを盛大に嘔吐しながらも、容赦なく怪異を粉砕し続けていた。
その間、私の膝の上で栞さんが静かに目を覚ました。
「……助かりました、魔子さん。お礼申し上げます」
栞さんはいつもの鉄の無表情のまま立ち上がると、猛烈な速度で七十人ミサキの行列の足元へと駆け込み、大きな魔法陣を描き上げた。
──瞬間、魔法陣の発光と共に、70人の怪異が一斉に「実体化」した。
そこからは、本当の地獄だったわ。
実体化して「物理攻撃が100%通るようになった」70人もの凶悪な集団怪異が、たった一人のメスゴリラ(課長)に一方的に蹂躙されていくの。
私、実戦の場で、怪異相手に【垂直落下式ブレーンバスター】なんて技を初めて見たわ……。崖の上の地面が何度も爆破されたみたいに爆ぜていた。
◇
数時間後、市役所。
全てが終わって、栞さんが特殊な呪物ロープで「七十人ミサキ(全員ボロ雑巾状態)」を全員連座で数珠繋ぎに縛り上げ、市役所まで大行進させたところは、もう不気味すぎて呆れて笑っちゃった。
しかも、地下の『幽霊社会復帰課』のオフィスだけじゃ全然スペースが入りきらなくて、70人の溺死体みたいな怪異の列が、市役所1階の綺麗な総合ロビーまでズラリと伸びちゃったの。
月曜日の朝、それを見ちゃった一般の市民の皆様や、他の部署の職員たちが「ヒィッ!?」ってなって次々とその場にぶったおれ、ロビーのあちこちで嘔吐してるところも、不謹慎だけど笑っちゃった。
「ガハハハハ! 70人分の派遣先、どこにするかなぁ栞ぃ! マグロ漁船は一隻じゃ足りんぞ!」
「問題ありません課長。遠洋漁業の組合から一括でオファーが来ております。時給は9割課長の口座へ」
「よし、今夜は叙々苑じゃあッ! 真壁、魔子! ナビのボーナスとしてサンチュを1枚食わせてやるわい!」
「「あ、ありがとうございます……」」
ロビーの喧噪の中、汗と返り血を拭いながらレモンサワーを開ける復帰課の面々を、私は遠くから見つめていた。
本当に、この人達って面白い。
毎日目が死んでる先輩たちに囲まれる成仏課より、100倍生きてる心地がする。
お母さん、私……幽霊成仏課から、こっちの『幽霊社会復帰課』に転属したいな。
真壁君の隣に、ずっといたいし。
……なんて言ったら、お母さんにめちゃくちゃに叱られるかな?
今度勇気を出して、お願いしてみよっと。




