呪いの女王 終
「好都合じゃい! あいつをふん縛って、ワシの拳一発で再封印完了じゃ! これで報酬の三百万を貰えば、ワシらの忘年会の予算は安泰じゃのう!」
「はい。それでは、真壁さんの心臓が姦姦蛇螺に生きたまま抉り出されて完食される前に、急いで向かいましょうか」
「おう! やっぱりアイツ(真壁)が居ると、わざわざ怪異を探す手間が省けて本当に助かるわい! 最高の生き餌じゃい!」
地獄の悪鬼二人は、救出ではなく「獲物の捕獲」へと向かう極悪なハンターの笑みを浮かべ、真壁が絶体絶命の危機に瀕している洞窟の入り口へと、気持ちゆっくりと歩みを進めるのだった。
洞窟の入り口へ飛び出すと、そこには異様な光景が広がっていた。
真っ白な巫女服を身にまとった妙に顔色の悪い女が、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした真壁をがっしりと捕まえている。真壁は「ひゃあああ! 助けてえええ!」と狂ったように泣き叫んでいるが、対照的に巫女服の女は「どうしましょう……」と言いたげな、大変困ったような顔をしてオロオロとしていた。
「そこまでじゃい、ダラァッ!! ――あん? なんだ、姦姦蛇螺じゃなくて巫女の方か? つまらんのぅ」
烈子課長は構えていた拳を、拍子抜けしたように下ろした。
どうやらこの巫女服の怪異、かつてこの禁足地で命を落とした善性の霊らしく、危険な場所に迷い込んだ(と勘違いした)真壁を必死に「保護」したつもりだったのだ。だが、如何せんその見た目が完全に怪異そのものなので、最高感度の霊感を持つ真壁は恐怖のあまり泡を吹いて泣き叫ぶ羽目になっていた。
巫女の怪異は、烈子課長の圧倒的な威圧感に怯え、ますますオロオロと真壁を抱えたまま固まる。
「……なるほど。それでは、この後ろの藪から感じる凄まじい殺気が、本物ですね?」
栞さんが冷徹に視線を向け、眼鏡をクイと直した。
その言葉に反応した巫女の怪異は、真壁を背後の脅威から護ろうと、さらにギュッ!! と力任せに抱きしめた。
「コヒュッ……!?」
真壁の口から不吉な空気が漏れる音が響く。確実に肋骨の二、三本がバキッと逝った瞬間だった。
ザザザザザザッ!!!
不気味な這行音と共に、鬱蒼とした藪をなぎ倒してついに姿を現した。
上半身は六本の醜悪な腕を持つ裸の女、下半身は身の毛もよだつ大蛇。禁足地の支配者にして呪いの女王たる本物の怪異――姦姦蛇螺である。
「おうおう、テメェの封印を解いちまったバカ学生どもの肉だけじゃ、まだ食い足りんか蛇女? 数年ぶりにガチンコでやり合おうじゃねえか、あァん!?」
烈子課長がオレンジのツナギの袖をまくり、凶悪な笑みを浮かべてファイティングポーズを取る。すると、なんと姦姦蛇螺もその六本の腕のうち二本を器用に使い、ボクサーさながらの綺麗なオーソドックススタイルを取った。
「オォォォォオオオッッッ!!!」
「おらぁぁぁあああッッッ!!!」
ぶつかり合う二匹のトッププレデター。
姦姦蛇螺が繰り出す目にも留まらぬ六腕連続パンチを、烈子課長は自慢の肉体でガシガシと顔面レシーブしながら肉薄する。そして、振り回された大蛇の尻尾を、烈子課長は自らの両腕でガシィィィィィン!! と完璧にキャッチした。
ここから、幽霊社会復帰課名物、人間技ではないジャイアントスイングが始まった。
「一回! 二回! 三回! 四回! 五回ィィィッッ!!」
凄まじい遠心力で振り回された姦姦蛇螺の巨体は、凄まじい風切り音を置き去りにして、そのまま先ほどの洞窟の奥深くへと頭から弾丸のように投げ込まれていった。
ズドォォォォォォンッッッ!!!
「よっしゃあ! 新記録達成じゃい!」
烈子課長は汗を拭い、満足げに中指を立てる。
「流石です課長、前回に比べて、回数が二回も多かったです」
すかさず栞さんが無表情のままパチパチと拍手を送る。
「はっはっは! 褒めろ褒めろ〜! ワシの筋肉は日々進化しとるんじゃい!」
一部始終を間近で見ていた真壁と、彼を抱きしめたままの巫女の怪異は、ただただ口を開けて唖然とするばかりだった。この世に姦姦蛇螺をジャイアントスイングで洞窟に放り込む公務員が居てたまるか。
「さて、それじゃあ中に入って仕上げと行こうかい、栞」
「ええ、そうしましょう」
二人はのしのしと、再び姦姦蛇螺の心をへし折るために洞窟の中へと入っていった。
数分間、洞窟の奥から「この蛇女がぁぁ!」「二度とお散歩に行けんようにしてやるわい!」という烈子課長の怒声と、姦姦蛇螺の悲痛な悲鳴が響き渡ったのち。
信じられないほどすっきりとした爽やかな笑顔で、二人が戻ってきた。
「あー、良い運動じゃったわい。心地よい汗をかいたわ」
ドサッ。
烈子課長が、真壁の足元に何かを投げ捨てた。それは、犠牲になった大学生たちのものと思われる、ボロボロの衣服と、噛み砕かれた一部の遺骨だった。
「真壁、お前これ戻ったら、遺族のところに届けておけ。『山で遭難した状態で見つかりました』ってな」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ……!」
真壁が怯える中、巫女の怪異は「可哀想に……」という大変慈悲深い顔をして、真壁の頭を優しく撫でている。
「それと、おい、そこの巫女巫女ナス! ここ、今から完全に生コンで埋めるからな? また別のクソボケ学生が肝試しに入って封印解かれたら、ワシがわざわざ出張してこなきゃならんじゃろ。お前はどうする? 一緒に埋まるか、外に出るか?」
その問いに対し、巫女の怪異は片手で小さく「オッケー」とジェスチャーをした。
「よし話が早い幽霊は良い幽霊じゃい! 真壁! その腐った仏の骨を届ける前に、まずは生コン混ぜじゃ!! ほら、ボサッとするな! 日が暮れる前に洞窟ごと埋めるぞ! 量は大体一トンくらいな! ガッハッハ!」
「手配しておいた地元の土建屋さんが、トラックで大量のインスタントモルタルを運んでくれる手筈になっています」
栞さんの完璧な事務処理。
「うわぁぁぁん!!! やっぱり最初から、僕をこの重労働の作業員にするために連れてきたんだって気がするうううううう!!!」
真壁は再び絶叫した。横では巫女の怪異が「あわあわ、可哀想に……」と汗をかきながら、さらに真壁の頭を優しく撫で続ける。だが、巫女怪異の霊体フィジカルが強すぎるせいと、その母性溢れる愛の力により、真壁の頸椎がピキピキと限界を迎えた。
コヒュッ……。
真壁は妙な鳴き声を残し、白目を剥いて二度目の意識を途絶えさせた。
しかし――。
その数分後には、烈子課長によって頭からレモンサワーを容赦なくぶっかけられ、「冷たっ! 臭っ! 痛い痛い!」と泣き叫びながら、巫女の怪異と並んで必死にスコップで生コンクリートを1トン混ぜ続ける真壁の絶叫が、夕暮れの禁足地に虚しく響き渡るのだった。
その頃、藪の入り口では、報酬の大金を握りしめた老婆が、幽霊社会復帰課の公用車に向かって「ありがたや、ありがたや……」とまだ涙を流して深く深く拝み続けていた。
めでたし、めでたし。




