序章:駆除と嘘
「駆除って言っても、コイツらって、そもそも生物なの?」
オレは聞いた。
なんというか、見た目はアメーバ的な生物にも見えるが、物質感が希薄で、叩いても効かなそうな印象を受けたからだ。初見時の驚きや恐怖に慣れてくると、そもそもコイツは何だ?という興味が湧いてきた。
「良い着眼点だ」
とベーグルは言った。そして続ける。
「結論から言うと質問の答えは半分YESで半分違う。順を追って説明すると、そもそも生物とは何かという話になる。彼らは情報で出来ており、その情報を保存、維持しようとする。そう言う意味ではDNAを維持しようとする君たちのレイヤーの生物と同じとも言える。ただし、君たちのレイヤーの生物のように、タンパク質といった分かりやすい物質的要素は曖昧だ。このレイヤーは物質は曖昧であり、情報はあくまで情報として存在する。そう言う意味では非生物的だ。例えるならばコンピューターゲームの世界のNPCに意志や生存本能、生殖または分裂能力即ち自己増殖能力があった場合に生物と呼ぶかと言う問題に帰結するetc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc etc・・・・・・もし興味があるなら、更に面白い観点があり、より深堀も出来るが?」
「いや、もう大丈夫!」
オレは遠慮した。
ワンセンテンス質問したら5ページぐらい返って来るのは、現代の会話型AIとそっくりだ。妙な所でコイツは機械の一種なんだと実感した。しかし、リアル会話でこれをやられると、かなり面倒くさい。
「で、オレは何をすればいい?」
なるべく端的にことを進めたいという意志を込めてオレは言った。
「まず私を手に取って欲しい」
ベーグルは今度は端的に言った。ひょっとしたらベーグルは空気と言うか、思考、感情、興味をある程度読んでいるのかもしれない。
そう言えば、ここに来てからの会話は、オレは普通に声を出しているが、ベーグルの答えは念話のように脳に響いてくるのであって、特に音が聞こえるわけではない。
(右手で?それとも左手で?)
試しにオレは声を出さずに念じてみる。
特に反応は無かった。
(聞こえないのか?)
もう一度念じる。
「どうした?私の指示が分からなかったか?」
「いや、なんでもない。手に取るってのは持てばいいんだよな。右手?左手?それとも両手?」
「妙なことに拘るな。それなら右手がいいだろう。普通そうしないか?」
「まぁ・・・そうだよな。なんでそんなこと悩んだんだろう?ちょっとフリーズしてた」
「無理もない。色々ありすぎて、状況整理が追い付いていないんだろう」
発声すると普通に会話になる。
ベーグルは『発声して伝えよう』とする際の脳波のようなものを読んでいるのかもしれない。
コンピュータで例えるなら大量の0と1の羅列である通信データの中から、ラベルとなるヘッダ情報を見つけて、メール本文を探し出すような作業だ。それが正しく行われないと文字化けして意味をなさない情報しか取れない。
オレの発声はベーグルにとっては、様々な脳波の中からコミニュケーション情報を捜す為のラベルのような物なのかもしれない。
そんなことを考えつつ、オレはベーグルを手に取った。
すると妙な違和感を感じた。
「そうか!」
オレは言った。
「ああ。この世界では重さの概念が曖昧なんだ」
ベーグルは答える。
実際、オレは『違和感の正体は重さを感じないから』と気づいたのだが、声に出したのは「そうか」だけ。
やはり、ベーグルは発声をトリガーに、その時言おうとした言葉と、その背景の考えもある程度読むようだ。
これはちょっと厄介だ。発声をして何か会話する場合、コイツには嘘がつけない。
今の所、わざわざ嘘をつく必要は無いが、今後のことを考えると、何かしら対策は考えた方がいいかもしれない。
オレは声に出さずに内心ある程度考えをまとめた上で、意識して頭をリセットして聞いた。
「で、どうしたらいい?」
「そのままで。キミに危害は加えないので驚かないで欲しい」
そう言うとベーグルは手の上で薄く広がって、そのまま黒手袋のようにオレの右手を覆った。
「この手でネイムに触れて欲しい。そうしたら私が彼らの情報を『捕食』する」
「捕食?」
「そう。彼らは情報だけの存在なので破壊が出来ない。そもそも破壊とは君たちのレイヤーで物質と、その衝突に関する振る舞いが定義されているから起こる現象だ。ここにはそれが無い」
「ほう」
「そもそも情報と言うのは、宇宙の根源的な構成要素なので、同じく情報の存在である我々が消すことは出来ないんだ。出来ることは書き換えたり取り込んだりすることだけ。その取り込むことを『捕食』と呼んでいる」
「消せないのか、厄介だな?」
「何故?」
ベーグルは不思議そうに言った。そして続ける。
「君達のレイヤーだってそうだろう?物は消えない。岩は砕けて石や砂にはなるが、無くなりはしない。死んだ生物は一見無くなったよう見えるが、微生物が捕食しているだけだ。蒸発した水だって気化しているだけで無くなってはいない。情報は変化するだけで無くなりはしないんだよ」
「なるほどな」
オレは黒手袋を纏った自分の右手を見つめ、何度か握ったり開いたりして見た。
そして、一番近くのネイムの所まで歩み寄り、撫でる世に触れてみた。
「よし、そのまま」
ベーグルが言う。
触れられたネイムは如上に色が薄くなり、やがて透明になった。
「食ったのか?」
「そうだ」
「別にデカくならないんだな」
オレは手にはめた黒手袋を見て言う。
「ああ。何故か?と聞かれたら『情報だから』としか言いようが無いが」
「ふーん。で、何匹駆除すればいい?」
色々思う所はあるが、駆除自体は思ったより簡単なので、まず作業をすませようとオレは聞いた。
「ここにいる全部だ」
「全部?」
「ああ。逆に残したいのか?」
「気味は悪いから全滅させたい所だが、大丈夫なのか?コイツらも存在するからには何か存在意義というか、役割はあるんじゃないか?全滅させて生態系に悪影響とか出ないの?」
「良い質問だ。結論から言うと全て駆除して問題は無い」
とベーグルは言った。
「順を追って理由を説明すると・・・」
ベーグルはまた会話型AIのような長文の解説をする。
ただ、オレはそれを半分も聞いていなかった。
「ちょっと難しくて、全部は理解していないが、まぁ判断は任せるよ」
そう言って、部屋にいるネイムを次々とベーグルに捕食させる。
まずは、この作業を終えて、一旦元のレイヤーに戻ろう。
とにかく油断できない。
理由はまだまとまっていないが、オレの直感がそうアラームを鳴らしている。
おそらくコイツは何か嘘をついている。
何故なら、コイツと会話しているウチに、オレは段々、いつものクソみたいな会議に出ている時と同じ気分になってきたたからだ。
「おい!」
ベーグルが突然声をかけた。
(ヤバイ!やはり何か考えを読まれたか?!)
一瞬焦ったが、続くベーグルの言葉によって、すぐに別の事案だと分かった。
「何か来るぞ!ネイムじゃない!」




