『黒の柱』
その後も新種とは遭遇したが、囲まれる前に瞬殺することでなんとか先に進む。
「やれやれ……ロイ殿たちが前に来たときもこんなに慌ただしい場所だったでござるか?」
「そんな感じじゃなかったけどな……毒はあったけど」
カナタの言葉に俺は溜め息交じりで答えた。
こんなに新種がうじゃうじゃ湧くなんて想定外だ。
ちなみに他の魔物は一切見かけていない。
新種たちに駆逐されてしまったんだろうか?
「着いたよ!」
やがて俺たちは目的地にやってきた。
シルの声とともに足を止める。
そこにあったのは――
「黒い柱、か。確かにこれは柱に見えるな……」
俺は呆然と呟く。前方には黒い円柱状のものが高く、高く空に伸びている。
それは一本の巨木だった。
最上部が見えないほどに巨大で、幹も葉も墨で塗りつぶしたように黒い。
そんな黒い巨木を、例の新種が崇拝でもするように数十体も取り囲んでいる。
「不気味ね……」
「これが『黒の柱』ですか」
「どのような相手でも構わん。斬り倒すまで」
イオナ、セフィラ、カナタがそれぞれそんなことを口にする。
シルはこんなことを言ってきた。
「ロイ。ここって確か、前に『黒い塊』があった場所だよね? ってことは、あの木はあれが変化したものなのかな?」
「そうかもしれないな。妖気は感じるか?」
「ビシバシ感じるよ」
姿は変わっているが、この黒い巨木と前に見た黒い塊は似た雰囲気を纏っている。
不意に、ボゴッ、と真横でなにかを地面から引っこ抜くような音がした。
慌ててそっちを向く。
「木が……動いた?」
今まで普通に生えているだけだった木が、まるで人間が水から足を引き上げるように、地面から根を自ら引き抜いたのだ。
それからその木はぎこちなく動くと、黒い巨木を取り囲む一団に加わる。
するとその姿は、ピキ、パキ、という音を立てて徐々にさっきさんざん見た新種のそれへと変わっていく。
木に擬態する魔物というのは知っているが、今のは明らかに違った。
ただの木が、魔物に変わったのだ。
「新種はああやって生まれている、ということでござるか。見慣れぬ魔物とは思っていたが、まさか元が木とは思わなんだ」
警戒は解かないままカナタがそう呟いた。
同時に少し納得できることもある。
黒い巨木の周辺にだけ、不自然なほど木が生えていないのだ。
半径二十メートルほどだろうか?
おそらく元々ここにも木がたくさん生えていたんたろう。それが丸ごと新種に変わっていると考えれば、森の中に大量の新種がいたことの説明がつく。
そうこうしていると――突然。
声が響いた。
『何用だ、小さき者どもよ』
なんだ? どこから聞こえた?
反射的に声のした斜め上方を見ると、黒い木の幹からこぶのようなものがせり出し、そこに老人のような顔が浮き上がっていた。
「今のは……お前が喋ったのか?」
黒い巨木に浮き上がる老人の顔が応じる。
『質問に答えろ、小さき者ども。我は忙しい。貴様らのような小虫を相手にしている暇はないのだ』
忙しい……? わけのわからないことを。
「お前は何者だ?」
『なぜ我が貴様の問いに答えねばならぬ?』
「……この森の霧に、毒が混ざるようになった。そこにいる新種の魔物もそうだ。お前のせいじゃないのか?」
『確かにそのどちらも、我が関与していよう。しかしそれがどうした? 我にはやるべきことがある。救わねばならぬ。あのお方を救わねばならぬのだ。……ああ、なんと嘆かわしい! あのお方はいつまで牢獄に囚われていればよいのだ!』
「……は?」
『知恵の実だ! 知恵の実さえ作り出すことができれば、それであのお方は救われる! 我には一秒とて無駄にできる時間などないのだ!』
地響きのような馬鹿でかい声で叫び出す黒い巨木。
会話が通じているのか通じていないのかわからない。
ただ、今のやり取りで一つだけわかることがあった。
霧に含まれるようになった毒も、新種の魔物も、こいつが原因らしい。
「なら、悪いけど倒させてもらう」
『倒す……? はは、ははははははははは! 貴様のような小虫が我を倒すだと? そんなことができるものか。貴様は串刺しにされて死ぬのだ!』
黒の巨木が叫んだ途端、周囲からピキパキと妙な音が響きだした。
次の瞬間、地面に亀裂が走り――そこから膨大な数の木の根が飛び出してきた。それらの根の先端は尖っており、まるで槍のように見える。
セフィラの使う【スタブルート】に似ている。
黒い巨木がやっているのか?
根は勢いよくしなると、俺の元へと殺到した。
「うおっ……」
慌てて剣を構えるが、それより先にカナタが俺の前に飛び込んできた。
ガンッ!
カナタの振り下ろした剣が、迫ってきていた木々の槍を残らず弾き返していた。
『ぬう』
不愉快そうな声を漏らす黒い巨木。
「斬れぬとは……この手ごたえ、また妖気とやらでござるか」
カナタのほうも眉をひそめて呟く。
「悪い、カナタ。助かった」
「いやいや。これくらいなんてことないでござるよ」
そう言うカナタの頼もしさがすごい。
『そうか……小娘、貴様が……ヤツの言うことに従うのは癪だが、邪魔だな……』
黒い巨木はカナタを見てぶつぶつと呟いている。
「お主がこの森に存在する異変のようでござるな。であれば斬らねばならぬ。覚悟はよいか?」
カナタが静かに剣を構えた。殺気が感じられるわけではないが、目に見えない凄みがその小さな体から放たれているのがわかる。
「…………」
そのとき、なにかが黒い巨木の陰から飛び出してきた。
それは凄まじいスピードでこちらに突っ込んでくると、カナタ目がけて手に持ったものを振り下ろした。
咄嗟にそれを防いだカナタの手元から、ガギンッ! という音が響く。
「…………」
「重い……! 何者でござるか!」
カナタが剣を振り払うと、奇襲をかけたそれは後ろに飛びずさった。
そこにいたのは……小柄な人影だった。
ローブを羽織り、それについたフードを目深におろしているから顔は見えない。
身長はさほど高くないだろう。手には片手剣が握られている。
なんだ、あいつ。
黒い巨木の陰にずっと隠れていたようだが……
「お主、『黒の柱』を庇い立てするつもりか! それが危険な存在であると、わからぬわけではあるまい!?」
「…………」
剣士はカナタの言葉を無視して剣を構える。
「……話を聞く気はない、ということでござるか」
どうやらあれは敵ということで間違いなさそうだ。
黒い巨木だけでも厄介だっていうのに……!
剣士は次にイオナを狙った。イオナが即座に反応して槍を振るう。
「こんのっ……」
「…………」
「ああもう、ちょこまかと! って、きゃあ!?」
「イオナ!」
とんでもない速さだ。剣士のあまりのスピードにイオナが槍を弾き飛ばされそうになり、慌てて俺がフォローに向かう。
ギインッ!
手が痺れるほどの衝撃。
小柄な体からは信じられないほどの威力だ。
なんなんだよ、こいつ!
「ロイ殿! イオナ殿!」
『よそ見をしていていいのか? 小さき者よ』
「うぐっ……!」
こっちに駆けつけようとしたカナタのもとに、黒い巨木が操る木の根が襲い掛かる。それらに対処するカナタは足止めをされる。
「…………」
俺とイオナを襲っていた剣士は途端にカナタのほうに駆けだした。
しまった……!
「カナタ、悪い! そっちに行った!」
「むっ!?」
「…………」
剣士の腕が薙がれ、木の根への対処に集中していたカナタの腕を斬りつけた。血しぶきが舞う。
――あの野郎。
「カナタぁああああ!」
俺は思わず飛び出し、剣士目がけて後ろから剣を振るった。
軽々と避けられたが、それでいい。距離を取らせることができれば。
「カナタ、大丈夫か!?」
「うむ、問題ないでござるよ。心配かけてすまぬ」
「それならいいけど……これ、どうしたもんかな」
黒い巨木と謎の剣士は連携してきている。
黒い巨木だけでも厄介なのに、途中から乱入してきた剣士が強すぎる。
じっと考え込んでいたカナタがこんな提案をした。
「ロイ殿、拙者があの剣士を引き離そう。その隙に『黒の柱』を討ってほしい」
「え?」
「神気とやらを纏えぬ拙者では、あの巨木に太刀打ちできぬようだ。さっきの木の根も、拙者の剣では斬り払うことができなかった。しかし剣士相手であれば、拙者はそうそう負けんでござるよ」
あの剣士は強い。正直、俺もイオナも一人では勝てないと思えるほどだ。
黒い巨木が俺にしか相手できないように、あの剣士もこの場でどうにかできるのはカナタだけだ。
「……わかった。それでいこう」
「心得た」
「では、隙を見て拙者があの剣士を連れてこの場から離れるでござる」
「ああ」
『何を話している、小さき者どもよ!』
黒い巨木が吠え、それに合わせて木の根が四方八方の地面から突き出してくる。俺とカナタは二方向に分かれてそれを回避する。
カナタは何を思ったか自らの剣を鞘に収めた。
お、おい。あいつ何をするつもりだ……?
カナタは手に何も持たないまま剣士へと突っ込んでいく。
「…………」
当然剣士は剣を振るうが、カナタはそれを紙一重で避けてさらに接近。
そのまま素手で剣士の襟首、服の前の部分を掴み――
「せえええええええええッ!」
「…………!」
って投げた!?
カナタの細腕からは想像もできないほどの勢いで、カナタに投げられた剣士が斜め上方に吹っ飛んでいく。
「ではロイ殿、拙者はあの者を追うゆえ、後ほど!」
「あ、ああ! 気をつけろよ!」
カナタは投げ飛ばした剣士の後を追うように駆け出していった。
……カナタ、あんなこともできたのか。特技は剣だけじゃなかったようだ。




