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黒樹

『ふん、二手に分かれたか。小癪な』


 黒い巨木が忌々しげに言う。


「これで邪魔はいなくなった。遠慮なく倒させてもらうぞ」

『はは、ははははははは! 我を貴様ごとき小さき者が倒すと? ほざくのも大概にするがいい』

「そうやっていい気になれるのも今のうちだけよ」

「私も全力で戦います!」


 イオナとセフィラからの追加の啖呵を聞いた黒い巨木は、苛立ったように叫んだ。


『小虫どもが調子に乗るな! 我が名は魔神将、『黒樹のジガルス』――我に歯向かうことは、個が全を相手取るのと同じと思え!』


 ジガルス。

 それがあの黒い巨木の名前らしい。

 それにしても、また魔神将か。

 妖気を纏っていることから、まさかとは思っていたが……


『悶え苦しむがいい、小さき者どもよ』


 ジガルスがそう告げると同時、幹のあちこちに裂け目が走る。


 それはまるで『口』のようだった。

 次の瞬間、そこから勢いよく毒々しい紫色の煙が吐き出された。


 それが充満してくるにつれて、俺は強烈な眩暈と吐き気に襲われた。


「げほっ、げほっ!」

「なによこれ……ッ、毒!?」

「そんな、『解毒のペンダント』があるのに」


 イオナとセフィラからも悲鳴が上がる。


『我の毒に耐性をつけていたようだな。我が眷属の撒く毒ならそれでもよかろうが……我の毒はそれとは比べ物にならんぞ?』


 ジガルスの言葉からすると、霧の樹海に満ちていたのはこいつの眷属――多分新種のことだろうが、それが吐き出していたものらしい。

 それで、ジガルス自身はもっと強力な毒を吐くことができると。

 それにしたって、まさか『解毒のペンダント』を貫通してくるとは思わなかった。


 このままではまずい。


「【召喚:『癒光ノ珠獣』】」


 俺は治癒能力のある獣の召喚獣を呼び出した。


『きゅうー』

「【解毒光】を頼む。俺たち全員いっぺんに、思いっきりだ!」

『きゅううう!』


 パアアッ!


 『癒光ノ珠獣』の額の石が光り、足元に輝く円形の紋様が現れる。それは俺たち全員を内部に収めるまで広がり、ひときわ強く輝いた。

 ……よし、毒が消えた。


「治ったわ!」

「よかった。この円の中にいる限り毒は効かないはずだ」


 毒を除去できたことで、イオナとセフィラが元気を取り戻す。

 『解毒のペンダント』や【状態異常耐性】と、この【解毒光】を合わせれば、ジガルスの毒にも対抗できるようだ。


『こざかしい。だが、それがどうした? その円の中から動けんと言っているようなものだろう。我の根と眷属による攻勢をいつまで耐えられるかな?』

『――』

『――』

『――』


 ジガルスは動揺した様子もなく、眷属たちを操りけしかけてくる。

 また、何か所も同時に地面が割れ、極太の木の根が這い出してくるのが見えた。

 やつの言う通りだ。

 このまま【解毒光】の範囲内に閉じこもっていても意味がない。


 いや、落ち着け。

 俺たちならやれる。


「セフィラ、新種の対処を頼む。倒さなくても足止めだけでいい」

「わかりました」

「イオナ、俺と二人でジガルスを攻めるぞ。神気を纏う俺たちなら攻撃は通るはずだ」

「槍はないほうがいいかしらね。普通の武器だと神気が攻撃に乗らないし」


 そうなのか?


 いや、冷静に考えればそんな気がする。俺たち自身が神気を発していても、武器までそれが伝わるのは別の話だろう。


 俺の場合はシル自身が神気を帯びているから剣での攻撃が有効なだけで。


「そうだな。俺とイオナは【解毒光】から出ることになるから、極力息は吸わないようにしよう。もし耐え切れなくなったら一度ここまで戻ってくる」

「わかったわ! ……ふふふ、ボッコボコにしてやるわよ。あたし、ああいう陰湿な戦い方をするやつが大っ嫌いなのよね」

「あ、ああ」


 イオナが燃えている。過去に搦め手で痛い目でも見たことがあるんだろうか。


「あとは……【召喚:『大地ノ石騎兵』『水ノ重亀』『大地ノ穴土竜』『地ノ子甲虫』】」


 俺は数体の召喚獣を呼び出した。


「『大地ノ石騎兵』は【解毒光】から出てセフィラのサポート、『水ノ重亀』と『大地ノ穴土竜』、『地ノ子甲虫』はこの円の中から出ずに『癒光ノ珠獣』の護衛を頼む」

『――』

『ぐも、ぐも』


 石でできた体を持ち、毒が効かなさそうな『大地ノ石騎兵』は、自由に動き回って新種の相手をするセフィラを援護する役。


 残りの三体は回復担当であり、命綱でもある『癒光ノ珠獣』をジガルスや新種の攻撃から守る役だ。


 耐久力に秀でた召喚獣を選んだのできちんと役目を果たしてくれるはず。


『来るよ!』


 シルが叫ぶ。前方ではジガルスの操る木の根が数十に枝分かれし、俺たちに狙いを定めている。

 襲い掛かってくるそれらを、セフィラの【ライトニング】が撃ち落としていく。


「よし、行くぞ」

「ええ」

「援護します!」


 飛び出した俺とイオナを見てジガルスは意気揚々と毒の吐息をばら撒く。

 吸い込まないようにしないとな。

 俺は息を止めたまま毒煙の中に突っ込んだ。

 息を止めていられる時間が限られている以上、さっさとジガルスに大ダメージを与える必要がある。


 となると……これだな。

 俺は(シル)に炎を纏わせた。

 【火炎付与】。

 イオナと契約したときに得たスキルだ。


『炎か! こざかしい!』


 毒煙を突破した俺を見てジガルスが叫ぶ。それを無視して俺は剣を思い切り叩きつけた。


 ドジュウッ!


『ぬうう』


 浅い……!? いや、ジガルスが巨大すぎるのだ。

 刀身を根本まで刺して振り抜いたところで、ジガルスにとっては致命傷にはならない。


「――――んッ!」


 ガァンッ!


 今度はイオナの飛び蹴りがジガルスを襲う。巨木全体がわずかに揺れるほどの威力。

 けれど……


『はは、はははははははは! 効かん! その程度で我を倒そうなどとは片腹痛い!』


 くそ、全然効いてない!


 体格の差というのがこんなに影響するとは思わなかった。俺たちがどれだけ高威力の攻撃を叩きこんだところで、元の体格が違いすぎてろくなダメージにならない。


 冷静に考えれば、イオナはともかく俺の攻撃力って実はさほどでもないんだよな。

 スキルもイオナの【火炎付与】を除けば補助系ばっかりだし。

 攻撃力といえばイオナのブレスだが……場所が場所だけに使いにくい。


 このままやるしかないのか?


「イオナさん! ブレスを使ってください!」


 後ろからセフィラの叫び声が聞こえた。


「ジガルスの『木を魔物に変える』能力のおかげで、この近くには燃える木がありません! もしそれでも火事になったら私の水魔術で消火します!」


 確かにジガルスの周辺に普通の木は残っていない。

 ジガルスが魔物に変えてしまったからだ。


「……」


 イオナが俺を見てくる。


 ……ブレス以外に手はないか。


 最悪火事になって、セフィラの魔術でも持て余したら、森から離脱しよう。

 火が回る前にカナタたちと合流する必要はあるだろうが、シルの能力があれば問題ないはずだ。

 その場合でも、火事でジガルスが倒れてくれるなら悪くない……と思う。


 よし、やってやれ。


 俺が頷くと、イオナは【解毒光】の範囲内に駆け戻った。

 俺もその後を追う。

 ブレスのためには大きく息を吸う必要があるが、毒煙のある場所ではそれはできないからな。


『どうした? 怖気づいたのか? 無駄だ、神気を纏う貴様らを逃がすはずがないだろう』


 ジガルスが余裕のある声色でそう言い、木の根を操って追撃してくる。

 それらをセフィラや召喚獣たちに混じり俺も迎撃する。


 すうっ、とイオナが息を吸いこんで前に出る。



 ゴバッッ!!



『な、ああ、あああああああああああああああああああああああああ!?』


 突如放たれたすさまじい熱量のブレスによって、ジガルスが悲鳴を上げる。


 射線の奥にある木々に当たらないよう、イオナは斜め上方目がけてブレスを吐いた。それによりジガルスの巨体を舐めるように灼熱の炎が駆け上っていく。


『ああ、あああ、あああああ……ッ』


 炎が収まった後、そこにあったのは炎によってボロボロになったジガルスの姿だった。


「ふー……ふん、ざっとこんなもんよ」


 イオナがそう告げる。


「やっぱりすごいな……イオナ、助かったよ」

「ふふん、もっと褒めなさい」

「わかったわかった」


 イオナの頭を撫でる。


 平気そうな顔をしているが、イオナは肩を上下させている。人の姿でブレスを吐くのは負担が大きいのかもしれない。


「セフィラもありがとうな。ブレスを指示できたのはセフィラが声をかけてくれたおかげだ」

「い、いえ。そんな。むしろ出過ぎたことを言ってすみませんでした」

「そんなことを気にするなよ。セフィラは自分のことを下僕か何かだと思ってるみたいだけど……俺はセフィラのことを仲間として扱ってるんだから」

「……あ、ありがとうございます」


 そう言ってセフィラは頬を染めてはにかんだ。


 ――と。


『こんなもので我を止められると思ったか?』


 声が響く。

 慌てて視線を前に戻すと――


「……は?」

『え、なにあれ……』


 俺とシルが同時に呻いた。

 修復が始まっている。焼け焦げて、あちこちが裂けたジガルスの巨躯が肉のように蠢き、繋がっていく。

 その後ジガルスは十秒足らずで全身を再生させた。


『ははは、残念だったな。この程度では我にとって致命傷でもなんでもないのだよ』


 馬鹿にするようにジガルスは告げた。


 再生能力。

 ……そういえば、ここに来るまでに戦った新種も自己再生を行っていた。

 あれは新種だけでなく、ジガルスも持っている能力だったということだろうか。


 おいおい。

 冗談じゃないぞ。


「ちょ、ちょっと、あれどうなってるのよ」

「与えたダメージが、あっという間に回復してしまいました……!」


 イオナとセフィラも目を見開いている。


「イオナ、もう一度だ!」

「わ、わかったわ」


 再度イオナがブレスを吐く。


 さっきと同じように、あらゆる生物を焦がし尽くす熱線が走る。

 しかし……やはりジガルスはそれを浴びても、傷ついた体をあっという間に再生させてしまう。


「どうなってるのよ……!」


 ブレスの名残である煙を吐き出しながら、イオナが毒づいた。


『いい攻撃だった。しかし無駄なのだ。所詮個の集まりに過ぎない貴様らが、我にかなう道理などない。大人しく知恵の実を作り出すための養分となるがいい』


 まるで何事もなかったように、ジガルスは攻撃を再開してくる。


 ……どうするかな。


 これ、倒しようがなくないか?

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